「次の授業だるくね?」
「とか言うわりに高得点取るからムカつくわ、早川」
「それな」
「まあ、俺だから」
廊下を歩いていた途中。この短期間で聞きなれた声が前からした──あの後ろ姿は潤だ。三人で歩いている。他の生徒はどちらも知らない。そりゃそうだ。
とっさに隠れて、気づかれないようにしたが進行方向は同じらしい。気配を消して、彼らの後ろを歩いていく。そうしなければ遅刻してしまう。
「てか早川さ、なんであの人と関わってんの?」
「誰?」
「あれだよほら、なんかあのあんま目立たない……二組の」
ぎく、と足が止まりそうになる。鼓動が早くなっていく。もしかして。いや、もしかしなくても。
話を振られた潤は、逡巡する素振りを見せてから言葉を紡いだ。
「あ? あー……竹井のこと言ってる?」
「多分そう」
「あー、あの人ね。話したことないわ俺」
潤を挟んだふたりの言葉が胸に刺さった。目立たない。名前も覚えられていない。……いや、考えるまでもなく当然なのだけれど。話をしている生徒たちと俺は別のクラスのうえ、関わったこともないし。
沈む気分を振り切って、止まりそうな足をなんとか動かした。
「昼も向こうのクラス行って食ってんじゃん。なに、いつから仲良いの?」
「なんつーか、でこぼこだよな。一緒にいるのすげーわ」
「数週間前。仲良いっつーか、俺が隣にいてやってる」
体格の良い背中を睨む。どれだけ俺様なんだ。隣にいてくれって頼んだ覚えはない。気持ちは妙にささくれだって、敵意の篭った目を向けてしまう。
……いけない。少し冷静にならなければ。ひとりで百面相をしている自分は間違いなく不審者だ。冷静を装って、聞き耳を立てた。
「……なんで?」
「俺がいれば楽しいだろ? 実際お前らも楽しいじゃん」
間が空いて、沈黙が落ちる。潤の話を聞いていた彼らは、何かを伝えるように互いに目を合わせてから口を開いた。
「……いや楽しいけど。お前の自信ほんとすげーな。竹井くんにあんま迷惑かけんなよ……」
あ、結構優しい人たちだ。
「おー。アイツの口から楽しいって聞くまでは構い倒すから」
「…………おん」
「……早川って感じするわ」
呆れが混じっている。それを最後に話は別の方向へ行って、彼らと道も別れてしまった。
ふと実感する。やはり、俺と潤が一緒にいるのはおかしなことなのだろう。いや、考えるまでもなく当然のことなのだけれど。妙な注目を集めるのも気まずい。彼に悪評も立つかもしれない。ならば。
──試してみるか。
思いつきを実行する時間は、次の昼休みだ。決めた意思は固かった。
***
「竹井、外行かね? 俺と散歩したら絶対──」
「大丈夫」
言葉を遮る。面食らったような彼に、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「……潤の隣に居るだけで楽しいから。もう大丈夫」
沈黙。顎に手を当てて、じ、とふたつの瞳が俺を真っ直ぐ見つめた。なんだか、居心地が悪い。……だが、これで満足してくれたはずだ。俺の口から待ち望んでいた言葉を聞けたのだから──
「え、めちゃくちゃ嘘じゃん。お前そんなんで信じると思ってんの?」
心臓が跳ねた。なんでわかったんだ。そんなに鋭い男だったのか。
「お前暗いままだし。変わってねーじゃん、楽しいと思ってないのわかるわ普通に」
「……わかるんだ」
「遠慮すんなよ。俺が隣にいて恐れ多いのはわかっけど、ちゃんと人生変えてやるから」
あ、肝心なとこは何もわかってない。知ってたけど。暗いままっていうのも聞き流しかけたけどだいぶ失礼だし。
……そこまで執着しなくてもいいのに。自信満々の笑みを浮かべるそいつに、つられて笑ってしまったのを必死に隠した。
「とか言うわりに高得点取るからムカつくわ、早川」
「それな」
「まあ、俺だから」
廊下を歩いていた途中。この短期間で聞きなれた声が前からした──あの後ろ姿は潤だ。三人で歩いている。他の生徒はどちらも知らない。そりゃそうだ。
とっさに隠れて、気づかれないようにしたが進行方向は同じらしい。気配を消して、彼らの後ろを歩いていく。そうしなければ遅刻してしまう。
「てか早川さ、なんであの人と関わってんの?」
「誰?」
「あれだよほら、なんかあのあんま目立たない……二組の」
ぎく、と足が止まりそうになる。鼓動が早くなっていく。もしかして。いや、もしかしなくても。
話を振られた潤は、逡巡する素振りを見せてから言葉を紡いだ。
「あ? あー……竹井のこと言ってる?」
「多分そう」
「あー、あの人ね。話したことないわ俺」
潤を挟んだふたりの言葉が胸に刺さった。目立たない。名前も覚えられていない。……いや、考えるまでもなく当然なのだけれど。話をしている生徒たちと俺は別のクラスのうえ、関わったこともないし。
沈む気分を振り切って、止まりそうな足をなんとか動かした。
「昼も向こうのクラス行って食ってんじゃん。なに、いつから仲良いの?」
「なんつーか、でこぼこだよな。一緒にいるのすげーわ」
「数週間前。仲良いっつーか、俺が隣にいてやってる」
体格の良い背中を睨む。どれだけ俺様なんだ。隣にいてくれって頼んだ覚えはない。気持ちは妙にささくれだって、敵意の篭った目を向けてしまう。
……いけない。少し冷静にならなければ。ひとりで百面相をしている自分は間違いなく不審者だ。冷静を装って、聞き耳を立てた。
「……なんで?」
「俺がいれば楽しいだろ? 実際お前らも楽しいじゃん」
間が空いて、沈黙が落ちる。潤の話を聞いていた彼らは、何かを伝えるように互いに目を合わせてから口を開いた。
「……いや楽しいけど。お前の自信ほんとすげーな。竹井くんにあんま迷惑かけんなよ……」
あ、結構優しい人たちだ。
「おー。アイツの口から楽しいって聞くまでは構い倒すから」
「…………おん」
「……早川って感じするわ」
呆れが混じっている。それを最後に話は別の方向へ行って、彼らと道も別れてしまった。
ふと実感する。やはり、俺と潤が一緒にいるのはおかしなことなのだろう。いや、考えるまでもなく当然のことなのだけれど。妙な注目を集めるのも気まずい。彼に悪評も立つかもしれない。ならば。
──試してみるか。
思いつきを実行する時間は、次の昼休みだ。決めた意思は固かった。
***
「竹井、外行かね? 俺と散歩したら絶対──」
「大丈夫」
言葉を遮る。面食らったような彼に、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「……潤の隣に居るだけで楽しいから。もう大丈夫」
沈黙。顎に手を当てて、じ、とふたつの瞳が俺を真っ直ぐ見つめた。なんだか、居心地が悪い。……だが、これで満足してくれたはずだ。俺の口から待ち望んでいた言葉を聞けたのだから──
「え、めちゃくちゃ嘘じゃん。お前そんなんで信じると思ってんの?」
心臓が跳ねた。なんでわかったんだ。そんなに鋭い男だったのか。
「お前暗いままだし。変わってねーじゃん、楽しいと思ってないのわかるわ普通に」
「……わかるんだ」
「遠慮すんなよ。俺が隣にいて恐れ多いのはわかっけど、ちゃんと人生変えてやるから」
あ、肝心なとこは何もわかってない。知ってたけど。暗いままっていうのも聞き流しかけたけどだいぶ失礼だし。
……そこまで執着しなくてもいいのに。自信満々の笑みを浮かべるそいつに、つられて笑ってしまったのを必死に隠した。