「……え? なにそれ、そんな顔してる?」

 そこまでの感情を抱いた覚えはない。自分は家族などそれなりには恵まれている方だと思っているし、学校では息を潜めているだけだ。
 俺の言葉に頷いて、じっと俺を見つめた。その視線に少しだけ居心地が悪くなる。

「まずさ、自分のこと好きなん?」

「……いや、あんま……」

「好きじゃねーんだ。なんでだよ」

 純粋に気になっているのだろう。自己肯定感の塊のような彼は、俺みたいな人間の思考回路がきっと全く理解できないのだ。
 悪意も何もない瞳が向けられて、居心地の悪さがさらに増した。

「……運動も勉強もできないし、顔もこんなんだし」

 地面に視線を落とし、自分で言ってて悲しくなる。完璧人間の彼にこんなことを言うなんて、なんだか拷問を受けているような気持ちだ。

「ふーん。そんなんなるほど?」

 そんなんなるほどだ。顔なんかは見ればわかるだろう。
 でもさあ、と間延びした声。顔を上げる。

「お前他のやつよりめちゃくちゃ恵まれてんじゃん」

「……なに?」

 思い当たる節はない。考えてもわからず、声色はどうしても訝しげになった。
 飄々とした表情を崩さず、潤が薄い唇を開く。

「俺がいること」

「なに?」

 思わず聞き返した。

「この俺が、いること」

「……本当その前向きさは見習いたいわ」

「事実だろ? 自信持てよ」

 肩をぽん、と叩かれる。なぜそんなに平然と言えるんだ。彼自体が長所になるなんて聞いたことがない。どれだけ自信があればそんなことが言えるのか、思考回路がわからない。

 溢れる自信にあてられながら、そんなアホな話をしていれば、そこは分かれ道だった。いつもここで別れの挨拶をして、ひとりになる。落ち着ける時間が訪れるのだ。

「じゃあな」

「……また明日」

「おう」

 茜に染まった彼が手を振る。さっきとは正反対に、静寂が訪れる。

 俺も、おかしくなってしまったのだろうか。

 最初は困惑しか覚えなかったあの騒がしさが、今は。ほんの少しだけ恋しいだなんて──


「……人生変えられてんのかなあ」


 なんて。ひとりごちながら、足を進めた。