気がつけば、自分は妙な場所にいた。

 ただ、どこまでも真っ白な空間の中。後ろを見れば、点々と続く足跡がある。どうやら自分は随分遠くから歩いてきたらしい。
 おかしなことだ。俺は確か、不審者に刺されたはずだったのだが。ここが病院──とは、到底思えないし。ぼんやりとした意識の中では、どうも考えがまとまらなくて。

 どこへ向かうのかは分からない。だけれど、きっと長い距離を歩いたのだから進むべきなのだろう。そうして一歩一歩進むごとに、ぼんやりと辺りに景色が浮かぶ。それは、自分が過去に体験したことばかりだった。
 保育園のとき。両親と動物園に行ったとき。ああ、これは誕生日のときの。足を進めるたびに、疑念は核心へと変わった。ああ、自分は今──走馬灯を見ているのだと。
 どれもこれも奇想天外とは程遠い思い出だ。だけど、まあ。家族にも恵まれたし、不幸ではなかっただろう。

 ふと、足が止まる。ひとつの思い出の前で。それは、やけに自信に満ちた男と出会った日だった。

「竹井。今日から俺がお前の人生を楽しくしてやる。よかったな」

 本当に、どんだけ自信があるんだよ。思わず笑ってしまう。それから足を進めるごとに、その男はずっと思い出に現れて。呆れると同時に、また頬が緩む。そうして、自分の変化に気づいた。笑顔が増えているのだ。

「っ達也……!」

 潤の悲痛な声を最後に、映像は暗くなって消えていった。ああ、刺されたところか。動揺しているところなんて初めて見たかもしれない。普段は苗字で呼んでいるのに、下の名前で呼ぶほど焦っていたのか。
 焦りすぎだろ、と笑って。ひとしきり笑ってから──息をつく。

 否定のしようがない。俺は、潤に変えられたのだ。それに気づけただけでも儲けものだろう。感謝の気持ちは、伝えられなかったけど。
 だけど、楽しい人生だった。このまま進んで行けば、自分はきっと死ぬのだろう。それでも良い。戻ったところで生き返れるという保証も無いのだ。

 眩い光が続く方へ。足を一歩、踏み出した──

「俺が人生楽しくしてやるって言っただろうが。まだ足らねーだろ」

 聞き覚えのある声。腕を強く掴まれている感覚。振り向けば、そこにはどこまでも執念深い男がいた。

 思わず面食らう。走馬灯にまで出てくるのかよ。しかも実体で。本当にしつこくて、騒がしくて──面白い男だ。

「いいか、戻るぞ。はい以外言わせねーから」

「戻ったところで生き返れるかは──」

「俺がいるからいける」

 なんだそれ。どこからその自信が湧いてくるんだ。呆気にとられるままに、腕を引かれて。引き返して、引き返して、どれほど進んだかわからないほどに足を動かしたところで──意識が、浮上した。