次の日。曇り空に昇る日差しを感じながら、校門では登校指導が始まっていた。いつものように制服をきちんと着て、身だしなみの指導をしている僕は、ちゃんと風紀委員長に見えているだろうか。
 ――『不良は、嫌いだ』どうしてあんなことを言ってしまったのかは、自分がよくわかっている。僕は羽澄から逃げたんじゃない。自分の気持ちから、逃げたんだ。
 ……その時。周りが突然、騒がしくなった。なぜか生徒たちが左右に道を開け始め、混雑している校門が急にひらけた。
 こっちに向かって歩いてくる、ひとりの男子生徒。遠くからでもわかるくらい見慣れたシルエットのはずなのに、いつもと違う。
「は、羽澄。その髪の毛……」
「不良が嫌いだって言うから染めてきた」
 あれだけ頑なに頭髪だけは直してこなかったのに、羽澄は黒髪になっていた。あまりの変化に、僕だけじゃなく、みんなが驚いている。風紀委員長としての仕事も大事だけど、今は羽澄と話したい。二人きりになりたいと思った。

「すみません。後は任せます」
 一緒に登校指導を行っていた先生に一言告げて、僕は自分から羽澄の手を取った。向かったのは、誰もいない生徒指導室。いつも僕の気持ちなんてお構い無しに迫ってくるのに、羽澄はずっと大人しかった。
「黒髪、変?」
「変じゃないよ。でも、なんか僕の知ってる羽澄じゃないみたいだ」
「いんちょーは俺のことなんて、なにも知らないだろ」
「そんな言い方……」
「俺もまだいんちょーのこと、全然知らない」
 羽澄の、射るような瞳にドキッとした。それは食べられると感じた昨日と同じ。唇が触れそうなほど近くにあって、息をするのも忘れそうだ。
「まずは、いんちょーの気持ちを教えてよ」
 なんで羽澄といると、いつもの僕じゃいられなくなるのかなんて、考えなくても答えは出ている。
「僕は羽澄のことが好きだ」
「本当に? 俺たち両思い?」
 その質問に小さく頷く。力が抜けたように僕のほうへ寄りかかって羽澄のことを両手で支えた。彼の頭が僕の肩に軽く乗っているため、頬に髪の毛が当たって少しだけくすぐったい。
「だ、大丈夫か?」
「嬉しくて死ぬ」
「死なれたら困る」
「あーやばい。いんちょーが可愛くて変になりそう」
「それって、蘭丸と同じ可愛いって意味じゃない?」
「同じなわけないだろ。蘭丸にはキスしたくならないし」
 お互いに自然な感じで顔を近づける。唇がもう少しで触れ合うというところで、羽澄がなにかに気づいた。
「あ、またいんちょーの肩に蜘蛛いる」
「ったく。その手には引っ掛からないぞ」
「いや、マジだって。ほら」
「ひいー!」
 羽澄が見せてきた蜘蛛に、思わず腰が引ける。
「な、なんで、こんなに僕の肩に蜘蛛がいるんだ!」
「さあ、繁殖期?」
「とにかく、どっかやって!」
「はいはい」
 羽澄はこの前のように蜘蛛を窓の外に逃がしていた。せっかくいい雰囲気だったのに、蜘蛛のせいで台無しだ。
「ねえ、これからも弱いいんちょーを知ってるのは俺だけにしてね」
 ちゅっ……と、おでこからリップ音が降ってくる。不意を突かれた僕は、反射的に両手でおでこを押さえた。羽澄はそれを見て、満足そうに笑っていた。
「僕も言いたいことある」
「なに?」
「赤髪のほうが似合ってた」
「ぷはっ。歩く模範生がそんなこと言っていいの?」
「良くないけど、握られたから」
「弱点?」
「ううん、僕の心臓」