きちんとアイロンがけされた制服のシャツ。ネクタイは規定の結び方でしっかりと締められ、しわやたるみが一切ないズボンの裾からは、黒光りしたローファーが見えている。
まさに、生徒たちのお手本。いや、周りが勝手につけた『歩く模範生』というニックネームがぴったり当てはまる。
新調したばかりのメガネを指で押し上げたところで、生徒たちがぞろぞろと登校してきた。
「おはようございます! シャツはズボンに入れてください」
「校則に従って、スカートの丈を守ってください」
「髪を整えてから教室に入りましょう!」
週に三回。月、水、金曜日に行われる登校指導。風紀委員長である僕は、生徒ひとりひとりに目を光らせ、厳格と誠実さを持って、冷静に指摘していく。指導を受けた生徒の中には不満そうにする人もいるが、大抵はこんな反応になる。
「菖蒲先輩、今日も素敵……」
「桜小路に言われたらなんも言えねえ!」
「きみのおかげで今日も風紀が守られているよ。本当にありがとう」
生徒から憧れられているだけじゃなく、教師からも厚い信頼を得ている僕こと桜小路菖蒲は、威厳を保ちながらも内心ではどや顔を決めまくっていた。そんな中、制服をだらしなく着ている赤髪の男子が目に入った。
やつの名前は羽澄久弥。僕と同じ二年生である。
今は赤髪だが、一か月前は青、その前はオレンジ、そのさらに前はピンクと、マーブルチョコのように髪色が変わるだけじゃなく、両耳に着いているピアスも日によって違う。
羽澄久弥を見ると、生徒たちが自然と道を開ける。教師でさえ注意できない羽澄は学校一の問題児であり、僕とは対照的に『歩く校則違反』というニックネームがあるくらいだ。
風紀を乱すやつは、なにがなんでも許さない! なんて、規律主義者というわけではないが、現時点で羽澄に物を言えるのが自分しかいないこともあり、教師たちからもその役目を一任されていた。
「その頭髪を直さないと、ここから先には入れません」
羽澄の行く手を遮るように仁王立ちをした。彼は背が高く、鋭い眼光で僕を見下ろしている。
「うわ、出た出た、いんちょー」
羽澄はいつもこう。僕を見ると半笑いを浮かべ、バカにしたような態度を取る。周囲からの高評価に慣れている僕にとって、こんなふうに明らかに侮られると、対抗心に火がついてしまう。
「大体カバンはどうした! 手ぶらで登校してくるとか、色々とふざけすぎだろ」
「持ち物なんて、スマホだけで十分じゃん」
「では、生徒手帳の10ページ目を開いてください」
「生徒手帳? なにそれ。そんなんいつ配られたっけ」
「じゃあ、僕が代読しよう。髪の毛は、脱色、染色は一切禁止。靴、靴下、肌着は白色のみ。また生徒手帳は常に所持し、学校の校則を守り校内の秩序と平和を――」
「ふあ」
「あくびをしない!」
「そんなに言うなら、いんちょーが俺の風紀を直してよ」
「は?」
「いんちょーが直々にやってくれたら、真面目に生きられるかも?」
羽澄は尖った犬歯を見せながら、またにやついた顔をしていた。
なめてる、なめてる。なめ腐っている。こんなやつを相手にするほど暇ではないが、風紀委員長としての責任を果たすことで、周りの生徒たちにも良い影響を与えられるだろうことは確かだ。
「わかった。僕が責任を持って面倒を見ます」



