その言葉の通り、先生はスッキリした顔をしていた。彼女がどんな十字架を背負っていたのかは分からない。だけど、天真爛漫に見える人が見た目通りに何一つ闇を抱えていないことなどありえない。それが人間である限り。

「ああ、もう化粧崩れちゃった」

 先生は手鏡で自分の顔を見て笑う。その時見せた顔は、今まで見た彼女の顔で一番好きな表情だった。

「じゃあ、俺は戻るんで、落ち着いたら来て下さい」

 そのままここに居続けるのもデリカシーがないなと思ったので、さっさと教室に戻った。

 戻って来ると、化学室からエタノールでも持ってきたのか、落書きは綺麗に消されていた。少し前に漂っていた地獄の空気は嘘のようになくなっていて、松本らの発するやかましいお喋りで教室は騒がしくなっている。

 彼らにとっては黒蜜先生が泣いて出て行ったこともちょっとしたイベントに過ぎないのだろう。これで黒蜜先生が辞めようが自殺しようが「彼女が勝手にやったこと」と言い張るつもりに違いない。無垢で純粋な人を精神的に追い込んでおいて。

 ふざけてやがる。

 遠くから松本と森内ペアを睨みつける。今朝の騒動にはこいつらが間違いなく関与している。

 ――いつか思い知らせてやるからな。

 燃え上がる復讐の炎を隠しつつ、俺は密かにそう誓った。