先生のSNSアカウントは知らない。だけど、俺は一つだけ先生への連絡経路を知っていた。

 ブラックハニーさん――小説サイトで黒蜜先生が使っているアカウント名だ。このサイトではユーザー同士でメッセージをやり取り出来る。

 ネットの世界にはどうしてもヤバい奴が多いから、実際に使っている人をあまり見ない機能ではあったが、これを使えば小説サイト経由で先生と連絡が取れる。

 俺はブラックハニーさんにメッセージを送る。手っ取り早く済ませたいので、「黒蜜先生、ちょっとやり取りしたいんですけどいいですか?」と送った。先生はサイト内でのアカウントを教えてはいなかったが、俺が突き止めるであろうことぐらいは容易に想定できるはず。

 しばらくすると、小説サイトから通知が来た。メッセージが1件あります――間違いなく黒蜜先生からのものだった。

『びっくりした。何かあったの?』

 そりゃそうだろう。先生からすればアカウントが特定されていることも知らなかっただろうし、こんな形でコンタクトがなされるとは思ってもみなかったはず。

 だけど、時間がないのでさっさと話を進める。

『はじめに確認ですが、先生は月海カリンという名前でアイドルをやっていましたね?』

 しばらく返事が来なかった。気持ちは分かる。彼女を信じて待とう。

『はい』

 やはり先生の正体は月海カリンで間違いなかった。

『月海カリンのことをいくらか調べさせてもらいました。例の動画の話も』
『そうなの』
『本当のことを教えて下さい。先生は本当にやっていないのですか?』

 枕営業を、とはさすがに訊けなかった。

『君はどう思う?』

 返答に困って動けなくなる。正直絶対にシロだろは言えない気もするが、それでも先生の性格からしてそんなことが出来るとは思えない。たとえ関係者からの圧力があったにしても、だ。

『俺は先生を信じています。だからこそ、先生を守りたいと本気で思っています』
『私は、君が思っているみたいに綺麗な存在じゃないかもしれないよ?』
『構いません。誰にだって秘密はあります。だけど、先生に限って言えば、少なくとも他の人を傷付けるようなことはしないと断言出来ます』

 実際は結構グラついているけど、そんなことを言っている場合じゃないので発言を盛った。

『ありがとう。ちょっと泣いた(笑)』

 おどけているような文章だけど、案外画面の向こうでは本当に泣いているのかもしれない。彼女は子供みたいなところがあるけど、その分純粋でもあるから。

『俺は先生を助けたいです。そのために情報を下さい』

 俺は中傷の手紙のことは伏せて、松本と森内を放置していると危険であることを説明した。先生は返答に困っている様子も見せたけど、慣れてきたら心を開いてくれたのか、俺の話を受け入れるようになってきた。

 このやり取りがどこに向かうかは分からない。だけど、先生の過去を知ることで解決策が見つかる予感がした。

『事件が起こってからの話なんですけど、先生はそもそもどうしてウチの高校に来たんですか?』
『それはね、意外にも校長先生なんだよね』
『校長が? どういうことですか?』
『これは本当に、誰にも絶対に言わないでね』
『約束します。絶対に口外しません』
『校長先生はね、昔、私のファンだったの』

 ……は?

 パソコンの前で凍り付いた俺に、先生のメッセージが連続して届いてきた。