須藤(すとう)君って小説書いてるんだよね」
「うわっ!」



 知らぬ間に黒蜜先生の顔が真横にあったので、心臓が止まりそうになる。

 ――やっちまった。完全に油断していた。

 小説家志望の俺は、高校の授業の合間や放課後で、密かに自分の書いた小説をチェックしていた。そうした方が早く作品が出来上がるからだ。

 作家になるためにはとにかく量を書くのが大事だけど、家ですべての作業をこなそうとすると推敲やら誤字つぶしの作業に思いのほか時間を取られる。

 だから俺は家で原稿を印刷して、隙間時間に教室で作業をする習慣があった。いつもは一人になったのを確認してから作業に入るんだけど、珍しく自分の書いた作品が面白かったのでゲラを読むのにのめりこんでしまった。

 それで油断したところを後ろから来た担任に見つかってしまったというわけだ。間抜けな凡ミスだった。

「私ね、結構小説好きなんだ」

 パニックになった俺の心理など知らず、先生が笑顔を見せる。この笑みで何人もの男たちが陥落してきたのだろう。あざとさではなく、天然で距離感がバグっているところも、男の勘違いしやすい要素となっている。

 冷静に分析してはいるが、俺の心臓はバクバクだった。この人は会ったばかりだというのに、まったく警戒というものを感じさせない。

 そう、このいくらか距離感のバグった先生と出会ったのは、ついこの間の話だった。