俺と塩野で買ってきたものや届いた荷物を分けて、それぞれの数を数えてメモに記帳していく。文化祭まであとわずかだ。順調に来ていたはずが、途中で気が緩んだのか現時点では遅れが生じていた。
塩野を女子が囲んでどこかへ連れて行っても俺は気にせず作業を続けた。あ、このプラスチックコップは端に寄せておこう。
ダンボールの中を整理しつつ、塩野が行った方に耳を傾ける。教室の奥からは、絵の具が足りないと言う声や、チラシの枚数を確認する声が聞こえてきた。忙しない空気の中で、塩野と女子たちの笑い声がひときわ目立つ。
「シオ、当日は看板持ってお客さん呼んでくれない?」
「いや、俺は受付やるし……」
「シオがやってくれたら話題になるから!」
一瞥すると、困ったように眉を下げた表情をする塩野。断れなさそうだった。人気者は大変だな。無理してねーといいけど。
その点、俺は気楽でいい。当日の担当は塩野も俺も受付だから、塩野が宣伝に回るなら他に誰か受付やってくれるんだろうか。いない場合、俺の休憩ってどうなるんだろう。
友達がやる甘味処、行けんのかな。初日で様子見て、もし行けなさそうなら次の日はとっといてって連絡しとくか。
塩野から一緒に回ろうって誘われて2日目は別のクラスの友達と回る予定だったのに。まあ、忙しそうなら初日は1人でもいいかな。
「とにかくパスで! 遠藤、ちょっとは助けてよ」
逃げてきたらしい塩野が隣に立って、がっくり項垂れた。
「俺に助けられるわけねーだろ。断ったの意外だった」
「えー、だって引き受けて遠藤と回れなくなったら困る」
塩野はずるずると持ってきた椅子に座って机に倒れ込んだ。拗ねたようにこっちを向く塩野に「そんなに重要じゃねーだろ」と俺はクスクス笑った。
「それ断る理由にしたのか」
「だってすげー楽しみだから」
「そんなに? 塩野って俺のこと好きなんだなー」
お疲れ、と塩野の背中を叩いてから、近くのマドラーをケースにしまう。しおれた塩野には冗談が届かなかったのか、今のは外したのか、どちらにせよ返事がなかった。
「俺、これあっちに運んどくから。ちゃんと休めよ」
さっきの発言をなかったことにして塩野に声をかける。ゆっくり起き上がった塩野が真剣な表情で「そうだよ」と言った。
どっと心臓が脈を打つ。そうだよって?
「あ、うん。そうだよな、休んどけよ」
逃げるようにダンボールを持って、俺は教室の前に下ろした。そうだよ、の一言が耳に残っている。びっくりした。鼓動が速くなった自分にも。
一瞬、好きって言葉を肯定されたのかと思ってしまった。
文化祭の買い出し担当になってからというもの、塩野の存在がすっかり身近になった。だからって、さすがにそんなわけねーだろ。
冗談に乗っかってくれただけかもしれない。きっと、そうだ。もしくは休んどくよって言った聞き間違えとか。
「遠藤、今って暇? ってか顔赤くない?」
「ヒマじゃねーし、赤くもねーよ」
「あ、そー。暇ならお願いしたいことあるんだよね」
ヒマじゃねーって言ったのを思いっきりスルーされた。女子3人から囲まれてしまい、戻るに戻れない。どうせこの熱が冷めるまでは戻れないからいいか。
塩野に宣伝を頼んでいた女子たちだ。ろくなお願いじゃないことはわかる。
塩野と仲良くなって、多少こうした煩わしいことは増えたものの、浮きもせず輪から外れすぎずでちょうどよかった。
「ねぇ、これつけてよ!」
「うわー、今度は俺に来たってこと?」
塩野がだめで何でこれが俺に回ってくるんだ。ネタにしたって俺がやったところでかわいくねーのに。
「俺は絶対やんねーから、塩野を説得して」
「シオはだめなの! だからね、遠藤だけでもいいよ」
猫耳のカチューシャを持った女子から「これつけていい?」と訊ねられてしまった。顔をそむけつつ答える。
「やだって言っていいならやだ」と断った瞬間、両脇からがっちり押さえ込まれた。
「やだ禁止。はい、屈んで」
許可とった意味何なんだよ。俺は観念して頭を下げた。つけられたカチューシャは小さめできつくて、頭が締め付けられる。
「さすがにこれはお客さん減るんじゃねーの?」
俺はため息まじりに呟いた。どんな恥晒してんだこれ。
押さえが緩んだ隙に外そうとカチューシャに手をかけると「取らないで」とピシャリと言われた。
「意外と遠藤かわいいよ! ありあり」
きゃっきゃとはしゃぐ女子3人たちは満面の笑みだ。褒められたところで何も嬉しくない。
「一緒に写真撮ろ」と、スマホまで触りだした。こうなったらもう止められないだろう。諦めて俺は早く終わるように口を閉ざした。
「俺も入れて」
復活したらしい塩野が現れたかと思えば、すかさず女子たちの目が光った。
「えー、どうしようかな。シオはカチューシャつけてくれるの?」
まったく抜かりがない。そういうのはやめてやれよと言おうとして、塩野と目が合った。塩野は優しく微笑んで「わかった」とうなずく。
「塩野、断ったんじゃねーの?」
「まあ、当日じゃないならいいよ。あ、遠藤の借りようかな」
俺からそっとカチューシャを外して、自分につける塩野。外した後に俺の髪を撫でて整えるまでしてくれた。
助けてくれたのだと理解して、俺は隣に並んだ塩野に「ありがとう」と耳打ちする。
「はい、撮るからカメラ見てねー!」
こちらを向こうとしていた塩野が前を見る。きれいな横顔がすぐそこだった。絵を描いていたときよりもずっと近い。
これでお客さんを呼びたいと思う気持ちは理解できる。
スマホのシャッター音より、自分の心臓の音が大きく聞こえるような気がした。
「ちょっと遠藤!? どこ見てんの。カメラここだから、隣は見ない!」
「ごめん、ぼけっとしてた」
せーの、の声に合わせてカメラに顔を向ける。俺の失敗のせいか、ものすごい数のシャッター音が聞こえた。
「はいおっけー。あとで全部送るね」
「失敗したのも全部送っといて」
「はいはい、シオには撮ったの全部送ってあげる」
ふふん、と満足げに笑った女子が「感謝してよね」と塩野の腕を叩く。塩野は「痛いから」と言いつつ、なぜか顔をほころばせていた。
「あ、遠藤にも送ってあげるよ。失敗したやつ」
「俺は失敗したやつだけなのかよ」
「ちゃんと全部あげるけど、失敗したのもよく撮れてるから見といてよね」
その場で見せてもらおうとしたが、見せてもらえなかった。どう考えても俺がカメラを見損ねただけだろう。大した失敗でもないはず。
「見せてくれねーのかよ」
「いいから、あとで見て」
女子だけで盛り上がって嵐のように去って行ってしまった。
ポケットのスマホが震えて、自分のスマホを確認する。早速画像を送ってくれたらしい。
「遠藤、何で俺のこと見てんの?」
「タイミングでそうなってただけだよ」
みんなきちんとカメラ目線なのに、俺だけが塩野を見上げていた。かと思えば、今度は塩野が俺の方を見ているのもあって「何で塩野もこっち見てんの?」と訊ねる。
「見られてたら気になるじゃん」
ぼっと火がついたみたいに体温が上がる。何で塩野見てたんだ、俺は。先に見てしまったばかりに言い訳が思いつかない。
「誰か手伝ってー」の声がして、俺は「今行く!」と声を張り上げた。よし、来た。ここは一旦逃げよう。
風船がたくさん入った箱を抱えるクラスメイトを手伝いに行くと、当たり前のように塩野がついてきた。お前についてこられたら意味ねーだろうが!
「これ廊下に飾ってもらっていい? 上の部分だから、身長高い2人助かるよー」
「まあ、遠藤は俺より小さいけどね」
「それ今必要な情報か?」
結局、2人でやることになってしまった。俺は1人になりたかったのに。
椅子の上に立って、塩野と反対側から風船を壁に貼り付けていく。色とりどりの風船をどう並べるかは俺のセンスにかかっている。
普段に比べて人通りも多く、にぎやかな廊下。あちらこちら楽しげだ。ここだけ妙な緊張感が走っている気がした。
「遠藤」
静かでよく通る塩野の声が響いて、ぴたっと俺の手が止まる。またすぐに動かして、風船を貼り付けてから口を開いた。
「何?」
視線を合わせられずにいると、椅子をずらした塩野が隣に立った。嫌じゃない胸の苦しさで息を吐く。
「……俺にありそう?」
「何が」
「脈」
短い言葉で、わかりづらい言い方をする塩野。俺には伝わると思ってんだろう。大正解だ。顔を隠すように片手を当てて「イケメン怖くてやだ」と声を絞り出した。
そんなわけあった。塩野、俺のこと好きなのか。
「何でだよ、怖くねーだろ。遠藤的にどう思う?」
指の隙間から見える塩野の笑みは、冗談なのか本気なのかわからなかった。答えをはぐらかすのは許してくれないらしい。
「……ありそう、だと思うよ」
「そっか」
それ貸して、と俺の持っている箱から塩野が風船を取る。最後の1つを真ん中のあたりに貼り付けて「終わり」と塩野は満足げに言った。
「遠藤、行こ」
先に椅子から下りた塩野の指先が俺の指先にちょんと触れて、無意識に肩が跳ねた。
「なっ、なん……」
うまく言葉が紡げない上に自分でも意外なほど掠れてしまっていた。指先からあっという間に熱が回って、顔まで熱くなる。
「ん? 教室戻ろーってだけ」
「普通に口で言え」
「言ったじゃん。危ないから、下りるとき気をつけなよ」
誰のせいで危ねーと思ってんだよ。睨み付ければ目を合わせることになるため、俺は床に目を落とした。
今の塩野が俺を面白がっていることだけは、見なくても明らかだった。
塩野を女子が囲んでどこかへ連れて行っても俺は気にせず作業を続けた。あ、このプラスチックコップは端に寄せておこう。
ダンボールの中を整理しつつ、塩野が行った方に耳を傾ける。教室の奥からは、絵の具が足りないと言う声や、チラシの枚数を確認する声が聞こえてきた。忙しない空気の中で、塩野と女子たちの笑い声がひときわ目立つ。
「シオ、当日は看板持ってお客さん呼んでくれない?」
「いや、俺は受付やるし……」
「シオがやってくれたら話題になるから!」
一瞥すると、困ったように眉を下げた表情をする塩野。断れなさそうだった。人気者は大変だな。無理してねーといいけど。
その点、俺は気楽でいい。当日の担当は塩野も俺も受付だから、塩野が宣伝に回るなら他に誰か受付やってくれるんだろうか。いない場合、俺の休憩ってどうなるんだろう。
友達がやる甘味処、行けんのかな。初日で様子見て、もし行けなさそうなら次の日はとっといてって連絡しとくか。
塩野から一緒に回ろうって誘われて2日目は別のクラスの友達と回る予定だったのに。まあ、忙しそうなら初日は1人でもいいかな。
「とにかくパスで! 遠藤、ちょっとは助けてよ」
逃げてきたらしい塩野が隣に立って、がっくり項垂れた。
「俺に助けられるわけねーだろ。断ったの意外だった」
「えー、だって引き受けて遠藤と回れなくなったら困る」
塩野はずるずると持ってきた椅子に座って机に倒れ込んだ。拗ねたようにこっちを向く塩野に「そんなに重要じゃねーだろ」と俺はクスクス笑った。
「それ断る理由にしたのか」
「だってすげー楽しみだから」
「そんなに? 塩野って俺のこと好きなんだなー」
お疲れ、と塩野の背中を叩いてから、近くのマドラーをケースにしまう。しおれた塩野には冗談が届かなかったのか、今のは外したのか、どちらにせよ返事がなかった。
「俺、これあっちに運んどくから。ちゃんと休めよ」
さっきの発言をなかったことにして塩野に声をかける。ゆっくり起き上がった塩野が真剣な表情で「そうだよ」と言った。
どっと心臓が脈を打つ。そうだよって?
「あ、うん。そうだよな、休んどけよ」
逃げるようにダンボールを持って、俺は教室の前に下ろした。そうだよ、の一言が耳に残っている。びっくりした。鼓動が速くなった自分にも。
一瞬、好きって言葉を肯定されたのかと思ってしまった。
文化祭の買い出し担当になってからというもの、塩野の存在がすっかり身近になった。だからって、さすがにそんなわけねーだろ。
冗談に乗っかってくれただけかもしれない。きっと、そうだ。もしくは休んどくよって言った聞き間違えとか。
「遠藤、今って暇? ってか顔赤くない?」
「ヒマじゃねーし、赤くもねーよ」
「あ、そー。暇ならお願いしたいことあるんだよね」
ヒマじゃねーって言ったのを思いっきりスルーされた。女子3人から囲まれてしまい、戻るに戻れない。どうせこの熱が冷めるまでは戻れないからいいか。
塩野に宣伝を頼んでいた女子たちだ。ろくなお願いじゃないことはわかる。
塩野と仲良くなって、多少こうした煩わしいことは増えたものの、浮きもせず輪から外れすぎずでちょうどよかった。
「ねぇ、これつけてよ!」
「うわー、今度は俺に来たってこと?」
塩野がだめで何でこれが俺に回ってくるんだ。ネタにしたって俺がやったところでかわいくねーのに。
「俺は絶対やんねーから、塩野を説得して」
「シオはだめなの! だからね、遠藤だけでもいいよ」
猫耳のカチューシャを持った女子から「これつけていい?」と訊ねられてしまった。顔をそむけつつ答える。
「やだって言っていいならやだ」と断った瞬間、両脇からがっちり押さえ込まれた。
「やだ禁止。はい、屈んで」
許可とった意味何なんだよ。俺は観念して頭を下げた。つけられたカチューシャは小さめできつくて、頭が締め付けられる。
「さすがにこれはお客さん減るんじゃねーの?」
俺はため息まじりに呟いた。どんな恥晒してんだこれ。
押さえが緩んだ隙に外そうとカチューシャに手をかけると「取らないで」とピシャリと言われた。
「意外と遠藤かわいいよ! ありあり」
きゃっきゃとはしゃぐ女子3人たちは満面の笑みだ。褒められたところで何も嬉しくない。
「一緒に写真撮ろ」と、スマホまで触りだした。こうなったらもう止められないだろう。諦めて俺は早く終わるように口を閉ざした。
「俺も入れて」
復活したらしい塩野が現れたかと思えば、すかさず女子たちの目が光った。
「えー、どうしようかな。シオはカチューシャつけてくれるの?」
まったく抜かりがない。そういうのはやめてやれよと言おうとして、塩野と目が合った。塩野は優しく微笑んで「わかった」とうなずく。
「塩野、断ったんじゃねーの?」
「まあ、当日じゃないならいいよ。あ、遠藤の借りようかな」
俺からそっとカチューシャを外して、自分につける塩野。外した後に俺の髪を撫でて整えるまでしてくれた。
助けてくれたのだと理解して、俺は隣に並んだ塩野に「ありがとう」と耳打ちする。
「はい、撮るからカメラ見てねー!」
こちらを向こうとしていた塩野が前を見る。きれいな横顔がすぐそこだった。絵を描いていたときよりもずっと近い。
これでお客さんを呼びたいと思う気持ちは理解できる。
スマホのシャッター音より、自分の心臓の音が大きく聞こえるような気がした。
「ちょっと遠藤!? どこ見てんの。カメラここだから、隣は見ない!」
「ごめん、ぼけっとしてた」
せーの、の声に合わせてカメラに顔を向ける。俺の失敗のせいか、ものすごい数のシャッター音が聞こえた。
「はいおっけー。あとで全部送るね」
「失敗したのも全部送っといて」
「はいはい、シオには撮ったの全部送ってあげる」
ふふん、と満足げに笑った女子が「感謝してよね」と塩野の腕を叩く。塩野は「痛いから」と言いつつ、なぜか顔をほころばせていた。
「あ、遠藤にも送ってあげるよ。失敗したやつ」
「俺は失敗したやつだけなのかよ」
「ちゃんと全部あげるけど、失敗したのもよく撮れてるから見といてよね」
その場で見せてもらおうとしたが、見せてもらえなかった。どう考えても俺がカメラを見損ねただけだろう。大した失敗でもないはず。
「見せてくれねーのかよ」
「いいから、あとで見て」
女子だけで盛り上がって嵐のように去って行ってしまった。
ポケットのスマホが震えて、自分のスマホを確認する。早速画像を送ってくれたらしい。
「遠藤、何で俺のこと見てんの?」
「タイミングでそうなってただけだよ」
みんなきちんとカメラ目線なのに、俺だけが塩野を見上げていた。かと思えば、今度は塩野が俺の方を見ているのもあって「何で塩野もこっち見てんの?」と訊ねる。
「見られてたら気になるじゃん」
ぼっと火がついたみたいに体温が上がる。何で塩野見てたんだ、俺は。先に見てしまったばかりに言い訳が思いつかない。
「誰か手伝ってー」の声がして、俺は「今行く!」と声を張り上げた。よし、来た。ここは一旦逃げよう。
風船がたくさん入った箱を抱えるクラスメイトを手伝いに行くと、当たり前のように塩野がついてきた。お前についてこられたら意味ねーだろうが!
「これ廊下に飾ってもらっていい? 上の部分だから、身長高い2人助かるよー」
「まあ、遠藤は俺より小さいけどね」
「それ今必要な情報か?」
結局、2人でやることになってしまった。俺は1人になりたかったのに。
椅子の上に立って、塩野と反対側から風船を壁に貼り付けていく。色とりどりの風船をどう並べるかは俺のセンスにかかっている。
普段に比べて人通りも多く、にぎやかな廊下。あちらこちら楽しげだ。ここだけ妙な緊張感が走っている気がした。
「遠藤」
静かでよく通る塩野の声が響いて、ぴたっと俺の手が止まる。またすぐに動かして、風船を貼り付けてから口を開いた。
「何?」
視線を合わせられずにいると、椅子をずらした塩野が隣に立った。嫌じゃない胸の苦しさで息を吐く。
「……俺にありそう?」
「何が」
「脈」
短い言葉で、わかりづらい言い方をする塩野。俺には伝わると思ってんだろう。大正解だ。顔を隠すように片手を当てて「イケメン怖くてやだ」と声を絞り出した。
そんなわけあった。塩野、俺のこと好きなのか。
「何でだよ、怖くねーだろ。遠藤的にどう思う?」
指の隙間から見える塩野の笑みは、冗談なのか本気なのかわからなかった。答えをはぐらかすのは許してくれないらしい。
「……ありそう、だと思うよ」
「そっか」
それ貸して、と俺の持っている箱から塩野が風船を取る。最後の1つを真ん中のあたりに貼り付けて「終わり」と塩野は満足げに言った。
「遠藤、行こ」
先に椅子から下りた塩野の指先が俺の指先にちょんと触れて、無意識に肩が跳ねた。
「なっ、なん……」
うまく言葉が紡げない上に自分でも意外なほど掠れてしまっていた。指先からあっという間に熱が回って、顔まで熱くなる。
「ん? 教室戻ろーってだけ」
「普通に口で言え」
「言ったじゃん。危ないから、下りるとき気をつけなよ」
誰のせいで危ねーと思ってんだよ。睨み付ければ目を合わせることになるため、俺は床に目を落とした。
今の塩野が俺を面白がっていることだけは、見なくても明らかだった。



