文化祭の役割分担を決めている中で、俺が立候補で手を挙げる前に宣伝担当としてイラストを描いてほしいと学級委員の思いつきで頼まれてしまった。
「ほら、遠藤、体育祭のときのクラスTデザインで描いてくれたの、みんな喜んでたじゃん。文化祭でもチラシとかポスターのイラストやってくんない?」
黒板前にいる学級委員だけでなく色んな人の視線がこちらを向いて、俺は苦笑する。
「あー……イラストか」
大変な作業ではあるだろう。絶対やりたくねーってほどではない。
絵を描く人間だと知られたときは周りの反応が怖かったけど、クラスでも目立つタイプの塩野が褒めてくれたおかげでクラスTのデザインを任されて、みんなから好評をもらえた。
塩野に見つかったときは絵を描いてるだけで気持ち悪がられるかと思ったのに、周りの人に見せるときも俺に許可をとってくれたし、悪意のある晒し方じゃなかった。いいやつだ。
それはそれとして、クラスTデザインを実は描きたがっていた人がいたことを知ってしまった。次のチャンスがあると友達に励まされたのも聞いてしまった。
今回はその人ができたほうがいい。とはいえ、俺はうまいこと自分が拒否するにもその人へパスするにも何も浮かばない。沈黙もそろそろ限界になってきた頃。
「遠藤は俺と買い出し担当するからダメだよー」と、横から助け舟を出してくれる人が現れた。
お前と約束した覚えはねーけどな。ちらりと塩野を見てから、俺は言葉を飲み込む。塩野と買い出しにするか宣伝担当を受け入れるか、数秒悩んだ。
メインは別の人にしてもらって宣伝担当を手伝う手もある。けど、俺と一緒だとそれも気まずくなったりすんのかな。
「……うん、今回は買い出しにするからごめん。俺以外にも絵を描ける人もいるし、俺は他の人の描いたの見たいな」
思いついたことをくっつけて両手を合わせて謝ると、学級委員からはすんなり納得してもらえた。教室の雰囲気もさほど悪くなった感じはない。
もう何人か買い出し担当が必要かと思っていたら「ネットもあるし2人でいけるでしょ」と塩野が断っていた。足りなそうならと学級委員の2人が一応いてくれることになった。
その後、宣伝担当も無事に決まった。俺はホッと胸をなでおろして、続く役割決めにぼんやりと耳を傾ける。
何で塩野が助けてくれたんだろう。
俺は塩野とそんなに話したことはない。描いた絵を見られたときは偶然って感じで普段は関わりの少ない人だ。
塩野は、クラスのど真ん中にいる人間だ。昼休みにも男女問わず誰かが塩野の机の周りに集まって笑い声を上げているのをよく見かける。
俺はその輪の外から、何度か塩野を勝手に描かせてもらったことがあるくらい。横顔の輪郭が美しいと思った。俺が知っているのは、誰かと話して笑う横顔が嘘みたいにきれいなことだけ。
俺にわざわざ構ってくる理由でもあるんだろうか。
困ってる人は放っておけないとか。ありえる。塩野は面倒そうなことでも自分から声をかけている。あ、俺もノート運びに手間取ってたときに手伝ってもらったことあったか。
何だかんだと予定より早くすべての役割が決まって、自由時間になった。教室があっという間にがやがやと騒がしくなって席を移動する人が出始めると、空いた隣に塩野が座った。
「遠藤、買い出し担当よろしく。のんびりやろ」
そう言われても、俺は塩野と目を合わせられず机の上に視線を落とす。他に話すやつがいるだろ。なんでいきなり俺?
「よろしく」
ひとまずそれだけ返して、俺は首の後ろに手を当てた。落ち着かなさすぎる。
「もーっシオ、何で買い出し担当なんかやったのよー」
膨れっ面の女子が塩野の視界に入るようにしゃがみこんだのが視界の端に入った。塩野が「んー」と曖昧な声を出す。
「重たい荷物とかは任せてよ。俺と遠藤でちゃんと買ってくるから」
「えーっ、一緒にしたかったのに。あ、ねぇ遠藤。あたしと交換しない? 楽なのやらせてあげるからさー」
俺に振ってくんのか。てか、楽なのって何担当なんだかわかんねーよ。
内心毒づきつつ、女子を見やる。笑顔を作って「塩野と約束しちゃったから、ごめんね」と無難に返しておいた。約束なんてしてねーけど、もうめんどいからそれで乗り切ろう。
どうやら塩野の近くにいると俺も無駄に絡まれる羽目になるらしい。俺じゃ話にならないと思ってくれたのか、すぐに女子が塩野へ向き直った。
やっぱきれいな顔してんなあ、塩野って。
ご機嫌斜めそうな女子を雑にあしらう塩野の横顔を見つめて、そう思った。「シオは冷たい」だとか「もういい」だとか言われても、塩野はまるでどうでもいいみたいに顔色一つ変えない。
「買い出しいつにする? 遠藤っていつ暇なの?」
「え……まあ、ある程度はヒマしてる。いつ行けばいいの?」
女子が行ってしまうと塩野がぱっとこちらを向くものだから、俺は視線をどこへやっていいかわからず少しの間彷徨ってしまった。
塩野が着ているパーカーのひもがちょうちょ結びになっているのに気がついて、そこを見つめる。自分でやったのかな。
「文化祭の準備までにあればいいから、もうちょい先かな。けど、どこに何があるかわかんねーしさ、下見でもしとこっか」
うっかりパーカーに気を取られて、聞き流してうなずいてしまうところだった。
「買い出しの下見って何? そんなんいるのか」
「買うもの早めに聞いといてさ、目星つけとくの。通販で良さそうなのもあるだろうし。いいだろ、行こうよ」
「別に、それなら俺が行っとくよ」
さっきは助けてもらったわけだし、そのくらいのことは俺がすべきだろう。わざわざ2人で行くことでもない。
「そういうことじゃねーのに」と、不満そうな声を出す塩野に顔を上げれば、拗ねたような顔をしていた。何でその顔になるんだ。
意味がわからずに俺は首を傾げる。
「どういうこと? あ、何か他にやりたいことあった?」
「……遠藤と一緒に行きたい」
頬をかいた塩野と目が合って、ばちっと電流が走ったみたいに目をそらせなくなってしまった。周りのざわめきが遮断されて、塩野の大きな黒目が俺を捉えているような錯覚に陥る。こうやって真正面から塩野を見るって新鮮だ。
ふ、と微笑みかけられて心臓がぎゅんと縮こまるのを感じた。イケメンの破壊力、恐るべしだ。勘違いした俺の心臓がちょっと騒がしくなってしまった。
「俺と出かけてどうすんだよ」
にらめっこのような状態に耐え切れず、またしても俺は塩野のちょうちょ結びに目をやる。
そもそも俺と行きたいって、何で。塩野にとって俺と出かける意味なんかあるのか。
「あ、塩野は何か買いたいもんでもあんの? 1人1つ限定とかってことだったら、まあ、付き合ってもいいけど」
「え、いやそういうのはねーけど。ただ、遠藤と出かけられたら楽しいかなって」
「なぜ?」
率直に疑問をそのまま口にしてしまった。楽しいかなって思われるようなことが思い当たらない。
「俺と行くの嫌?」
「あ、えー……嫌ではねーけど、まず俺の質問に答えろよ」
「遠藤の熱い視線に応えようと思った、的な。描くの楽しかった?」
冗談めかして笑う塩野だったが、視線は真剣に思えた。俺の答えを待つようにゆっくりと長いまつげが上下する。
俺の肩が強張っていく。まじか。塩野のこと描いてたのバレてるやつじゃん、これ。謝ったほうがいいのかな。
いつも遠目からだったし、こちらを見てない隙を狙ってバレてないつもりだった。机の中に手を入れて、そっとイラストを描き溜めているノートの表紙に触れる。周囲のざわつきがうっとうしく感じられて、吐いた息が震えた。どうするのが正解か。
ぐるぐる思考を巡らせた結果、俺は頭を下げた。
「ごめん」
ごまかしたところで、往生際が悪いだけだ。
「あ、それは全然。けど、描いたの気になるから見せてほしい。日曜に持ってきてよ」
思ってた反応と全く違って、瞬きを繰り返す。ノートに触れていた手のひらが汗ばんで、ぎゅっと握りしめた。
見せられるレベルのものじゃねーんだけど。下手じゃない自負はあるけど、こっそり描いてたのがバレた上に本人から見せてと頼まれるってどんな罰ゲームだ。
「俺、日曜日は夜からバイトあるし……」
「バイト先まで送ってくから大丈夫だよ」
「俺がへーきじゃねーから」
そもそも、そういう問題じゃねーだろ。わざわざツッコミをする気力も失せて「まあわかった」と答えておいた。
「ほら、遠藤、体育祭のときのクラスTデザインで描いてくれたの、みんな喜んでたじゃん。文化祭でもチラシとかポスターのイラストやってくんない?」
黒板前にいる学級委員だけでなく色んな人の視線がこちらを向いて、俺は苦笑する。
「あー……イラストか」
大変な作業ではあるだろう。絶対やりたくねーってほどではない。
絵を描く人間だと知られたときは周りの反応が怖かったけど、クラスでも目立つタイプの塩野が褒めてくれたおかげでクラスTのデザインを任されて、みんなから好評をもらえた。
塩野に見つかったときは絵を描いてるだけで気持ち悪がられるかと思ったのに、周りの人に見せるときも俺に許可をとってくれたし、悪意のある晒し方じゃなかった。いいやつだ。
それはそれとして、クラスTデザインを実は描きたがっていた人がいたことを知ってしまった。次のチャンスがあると友達に励まされたのも聞いてしまった。
今回はその人ができたほうがいい。とはいえ、俺はうまいこと自分が拒否するにもその人へパスするにも何も浮かばない。沈黙もそろそろ限界になってきた頃。
「遠藤は俺と買い出し担当するからダメだよー」と、横から助け舟を出してくれる人が現れた。
お前と約束した覚えはねーけどな。ちらりと塩野を見てから、俺は言葉を飲み込む。塩野と買い出しにするか宣伝担当を受け入れるか、数秒悩んだ。
メインは別の人にしてもらって宣伝担当を手伝う手もある。けど、俺と一緒だとそれも気まずくなったりすんのかな。
「……うん、今回は買い出しにするからごめん。俺以外にも絵を描ける人もいるし、俺は他の人の描いたの見たいな」
思いついたことをくっつけて両手を合わせて謝ると、学級委員からはすんなり納得してもらえた。教室の雰囲気もさほど悪くなった感じはない。
もう何人か買い出し担当が必要かと思っていたら「ネットもあるし2人でいけるでしょ」と塩野が断っていた。足りなそうならと学級委員の2人が一応いてくれることになった。
その後、宣伝担当も無事に決まった。俺はホッと胸をなでおろして、続く役割決めにぼんやりと耳を傾ける。
何で塩野が助けてくれたんだろう。
俺は塩野とそんなに話したことはない。描いた絵を見られたときは偶然って感じで普段は関わりの少ない人だ。
塩野は、クラスのど真ん中にいる人間だ。昼休みにも男女問わず誰かが塩野の机の周りに集まって笑い声を上げているのをよく見かける。
俺はその輪の外から、何度か塩野を勝手に描かせてもらったことがあるくらい。横顔の輪郭が美しいと思った。俺が知っているのは、誰かと話して笑う横顔が嘘みたいにきれいなことだけ。
俺にわざわざ構ってくる理由でもあるんだろうか。
困ってる人は放っておけないとか。ありえる。塩野は面倒そうなことでも自分から声をかけている。あ、俺もノート運びに手間取ってたときに手伝ってもらったことあったか。
何だかんだと予定より早くすべての役割が決まって、自由時間になった。教室があっという間にがやがやと騒がしくなって席を移動する人が出始めると、空いた隣に塩野が座った。
「遠藤、買い出し担当よろしく。のんびりやろ」
そう言われても、俺は塩野と目を合わせられず机の上に視線を落とす。他に話すやつがいるだろ。なんでいきなり俺?
「よろしく」
ひとまずそれだけ返して、俺は首の後ろに手を当てた。落ち着かなさすぎる。
「もーっシオ、何で買い出し担当なんかやったのよー」
膨れっ面の女子が塩野の視界に入るようにしゃがみこんだのが視界の端に入った。塩野が「んー」と曖昧な声を出す。
「重たい荷物とかは任せてよ。俺と遠藤でちゃんと買ってくるから」
「えーっ、一緒にしたかったのに。あ、ねぇ遠藤。あたしと交換しない? 楽なのやらせてあげるからさー」
俺に振ってくんのか。てか、楽なのって何担当なんだかわかんねーよ。
内心毒づきつつ、女子を見やる。笑顔を作って「塩野と約束しちゃったから、ごめんね」と無難に返しておいた。約束なんてしてねーけど、もうめんどいからそれで乗り切ろう。
どうやら塩野の近くにいると俺も無駄に絡まれる羽目になるらしい。俺じゃ話にならないと思ってくれたのか、すぐに女子が塩野へ向き直った。
やっぱきれいな顔してんなあ、塩野って。
ご機嫌斜めそうな女子を雑にあしらう塩野の横顔を見つめて、そう思った。「シオは冷たい」だとか「もういい」だとか言われても、塩野はまるでどうでもいいみたいに顔色一つ変えない。
「買い出しいつにする? 遠藤っていつ暇なの?」
「え……まあ、ある程度はヒマしてる。いつ行けばいいの?」
女子が行ってしまうと塩野がぱっとこちらを向くものだから、俺は視線をどこへやっていいかわからず少しの間彷徨ってしまった。
塩野が着ているパーカーのひもがちょうちょ結びになっているのに気がついて、そこを見つめる。自分でやったのかな。
「文化祭の準備までにあればいいから、もうちょい先かな。けど、どこに何があるかわかんねーしさ、下見でもしとこっか」
うっかりパーカーに気を取られて、聞き流してうなずいてしまうところだった。
「買い出しの下見って何? そんなんいるのか」
「買うもの早めに聞いといてさ、目星つけとくの。通販で良さそうなのもあるだろうし。いいだろ、行こうよ」
「別に、それなら俺が行っとくよ」
さっきは助けてもらったわけだし、そのくらいのことは俺がすべきだろう。わざわざ2人で行くことでもない。
「そういうことじゃねーのに」と、不満そうな声を出す塩野に顔を上げれば、拗ねたような顔をしていた。何でその顔になるんだ。
意味がわからずに俺は首を傾げる。
「どういうこと? あ、何か他にやりたいことあった?」
「……遠藤と一緒に行きたい」
頬をかいた塩野と目が合って、ばちっと電流が走ったみたいに目をそらせなくなってしまった。周りのざわめきが遮断されて、塩野の大きな黒目が俺を捉えているような錯覚に陥る。こうやって真正面から塩野を見るって新鮮だ。
ふ、と微笑みかけられて心臓がぎゅんと縮こまるのを感じた。イケメンの破壊力、恐るべしだ。勘違いした俺の心臓がちょっと騒がしくなってしまった。
「俺と出かけてどうすんだよ」
にらめっこのような状態に耐え切れず、またしても俺は塩野のちょうちょ結びに目をやる。
そもそも俺と行きたいって、何で。塩野にとって俺と出かける意味なんかあるのか。
「あ、塩野は何か買いたいもんでもあんの? 1人1つ限定とかってことだったら、まあ、付き合ってもいいけど」
「え、いやそういうのはねーけど。ただ、遠藤と出かけられたら楽しいかなって」
「なぜ?」
率直に疑問をそのまま口にしてしまった。楽しいかなって思われるようなことが思い当たらない。
「俺と行くの嫌?」
「あ、えー……嫌ではねーけど、まず俺の質問に答えろよ」
「遠藤の熱い視線に応えようと思った、的な。描くの楽しかった?」
冗談めかして笑う塩野だったが、視線は真剣に思えた。俺の答えを待つようにゆっくりと長いまつげが上下する。
俺の肩が強張っていく。まじか。塩野のこと描いてたのバレてるやつじゃん、これ。謝ったほうがいいのかな。
いつも遠目からだったし、こちらを見てない隙を狙ってバレてないつもりだった。机の中に手を入れて、そっとイラストを描き溜めているノートの表紙に触れる。周囲のざわつきがうっとうしく感じられて、吐いた息が震えた。どうするのが正解か。
ぐるぐる思考を巡らせた結果、俺は頭を下げた。
「ごめん」
ごまかしたところで、往生際が悪いだけだ。
「あ、それは全然。けど、描いたの気になるから見せてほしい。日曜に持ってきてよ」
思ってた反応と全く違って、瞬きを繰り返す。ノートに触れていた手のひらが汗ばんで、ぎゅっと握りしめた。
見せられるレベルのものじゃねーんだけど。下手じゃない自負はあるけど、こっそり描いてたのがバレた上に本人から見せてと頼まれるってどんな罰ゲームだ。
「俺、日曜日は夜からバイトあるし……」
「バイト先まで送ってくから大丈夫だよ」
「俺がへーきじゃねーから」
そもそも、そういう問題じゃねーだろ。わざわざツッコミをする気力も失せて「まあわかった」と答えておいた。



