【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑤】
かず彦さんの態度は、変わらず頑なだった。
「かずくん……ちょっとだけでいいんです、出てきてくれませんか……っ?」
「……」
「顔だけでも見せてくれたら、お母さんもさっちゃんも皆さんも、すっごく嬉しいんですけど……っ!」
「……」
「ダメですか……っ?」
エヘヘ、となつ子さんは力なく笑った。
親子のやりとりを、スタッフたちは固唾を飲んで見守っている。
だが、ふいにカメラが後藤さんに向けられた。後藤さんがカメラ目線になって――前島さんの無言の要求を察して、口を開いた。
「かず彦くんさぁ、もういい加減にしたらどうかな?」
金髪の頭を掻いて、後藤さんはうっとうしそうな声音で言った。
「いつまでも子どもみたいに黙り込んで、そんなカビだらけの部屋に引きこもっていたら、いつか誰かがどうにかしてくれるって思ってるの?」
襖の向こうで、声を呑む気配がした。
「っていうかお母さんがどうにかしてくれるって思ってる? 何年もニートでヒッキーな自分のままでいても、家族が守ってくれるって信じてんの?」
後藤さんのキツい物言いに、中葉さんはハラハラしたという。
実は中葉さんは、元引きこもりだ。
大学受験に失敗し、人間関係でトラブルが続き、自室から一歩も出られなかった時期があったそうだ。
その後、家族や周囲の助けを借り、アルバイトから始めて、なんとか社会復帰を果たした。
だからかず彦さんの状況や心境が痛いほど理解できる。
……かつての自分に言われているようで胸が苦しくなった、とのことだ。
「でも、そんなわけないよね」
一転して、後藤さんは口調を和らげた。
「かず彦くんも薄々わかってるんでしょ? このままじゃダメだって。
だったらさぁ、いま変えようよ! 怖いだろーけど部屋から出て、家から出ようよ!
ご家族だけじゃない、私たちだって協力するからさ!」
後藤さんは面倒見のいい姉御肌を見せつけて、かず彦さんを励ました。
微かにすすり泣く声。
ところが、後藤さんがさらに言葉を重ねようとしたとき。
「やめてください……!」
なつ子さんが後藤さんを止めた。
「かずくんを責めないでください……責めるなら、どうかわたしにしてください……!」
後藤さんに懇願したあと、なつ子さんは鼻にかかった声で息子を慰めた。
「かずくん、大丈夫だよ。無理にお部屋から出なくても、いいんだよ……!」
直後、
「ァアアアアアアアア……ッ!」
と、金切り声ともうめき声ともつかない叫びが響いた。
「もうやめてくれやめてくれやめてやめてやめろ」
「うんざりだもううんざりなんだうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざり」
決して大声を上げず、読経のようにかず彦さんはそうくりかえした。
「お母さんはいつもそうだ」
「耳触りのいい言葉ばっかり並べ立てるくせに」
「ぼくとの約束、へいきで破る」
足音がして、上町さんたちと庭の掃除をしていたさち乃さんが駆けつけてきた。青ざめた顔で。
「約束……っ?」
なつ子さんが首を傾げた。
「部屋には入らないでって約束したのに、入った」
「え……っ?」
「せ、先々週、この人たちが来るずっと前だったのに、ぼくの部屋に入ったじゃないか。ぼくがおしっこをしている間に」
さち乃さんが両目を吊り上げた。
「あんたの布団を換えてたんだろ。あんたいっつも布団敷きっぱなしだから、絶対にカビが生えてるだろうってママがわざわざ買ってきたんだ」
「そんなの頼んでない」
「黙れゴミクズ。ガキみたいなこと言うんじゃねーよ」
さち乃さんの声は震えていた。
「さっちゃん、お兄ちゃんにそんな口きいちゃいけませんよ……!」
「うるさいな。こんなやつお兄ちゃんでもなんでもない!」
母親の注意が火に油を注ぎ、さち乃さんは耳まで真っ赤になった。
「だいたいママがお兄ちゃんを甘やかすからこんなことになってんじゃん。
親なら子どもの将来を考えなよ。力づくで部屋から引きずり出して、働かなきゃ追い出すくらい言いなよ」
「そ、そんなこと言えないよ……!」
「なんで? ひたすら優しくするのが親の愛情だとか思ってんの? ハッ、ウケる」
満面に嘲りを乗せて、娘は母親を糾弾する。
番組スタッフは誰ひとり口をはさまない。はさめるわけがない。
なつ子さんは娘と襖――の奥にいる息子――を交互に見て、おずおずと告げた。
「かずくん。大丈夫。大丈夫だからね。何があってもお母さんとさっちゃんは、一生ずっと、かずくんの味方だからね……!」
そう言葉をかける母親の横顔に、さち乃さんの表情は固まった。
「……ハァ?」
泣く寸前のようだったと、中葉さんは付け加えた。
「……それって、ママが死んだ後も、あたしにお兄ちゃんに面倒を見ろってこと……?」
「ふざけんな」
「ふざけんなよ」
さち乃さんは叫んだ。
「あたしはお兄ちゃんのために生まれたんじゃない!」
かず彦さんの態度は、変わらず頑なだった。
「かずくん……ちょっとだけでいいんです、出てきてくれませんか……っ?」
「……」
「顔だけでも見せてくれたら、お母さんもさっちゃんも皆さんも、すっごく嬉しいんですけど……っ!」
「……」
「ダメですか……っ?」
エヘヘ、となつ子さんは力なく笑った。
親子のやりとりを、スタッフたちは固唾を飲んで見守っている。
だが、ふいにカメラが後藤さんに向けられた。後藤さんがカメラ目線になって――前島さんの無言の要求を察して、口を開いた。
「かず彦くんさぁ、もういい加減にしたらどうかな?」
金髪の頭を掻いて、後藤さんはうっとうしそうな声音で言った。
「いつまでも子どもみたいに黙り込んで、そんなカビだらけの部屋に引きこもっていたら、いつか誰かがどうにかしてくれるって思ってるの?」
襖の向こうで、声を呑む気配がした。
「っていうかお母さんがどうにかしてくれるって思ってる? 何年もニートでヒッキーな自分のままでいても、家族が守ってくれるって信じてんの?」
後藤さんのキツい物言いに、中葉さんはハラハラしたという。
実は中葉さんは、元引きこもりだ。
大学受験に失敗し、人間関係でトラブルが続き、自室から一歩も出られなかった時期があったそうだ。
その後、家族や周囲の助けを借り、アルバイトから始めて、なんとか社会復帰を果たした。
だからかず彦さんの状況や心境が痛いほど理解できる。
……かつての自分に言われているようで胸が苦しくなった、とのことだ。
「でも、そんなわけないよね」
一転して、後藤さんは口調を和らげた。
「かず彦くんも薄々わかってるんでしょ? このままじゃダメだって。
だったらさぁ、いま変えようよ! 怖いだろーけど部屋から出て、家から出ようよ!
ご家族だけじゃない、私たちだって協力するからさ!」
後藤さんは面倒見のいい姉御肌を見せつけて、かず彦さんを励ました。
微かにすすり泣く声。
ところが、後藤さんがさらに言葉を重ねようとしたとき。
「やめてください……!」
なつ子さんが後藤さんを止めた。
「かずくんを責めないでください……責めるなら、どうかわたしにしてください……!」
後藤さんに懇願したあと、なつ子さんは鼻にかかった声で息子を慰めた。
「かずくん、大丈夫だよ。無理にお部屋から出なくても、いいんだよ……!」
直後、
「ァアアアアアアアア……ッ!」
と、金切り声ともうめき声ともつかない叫びが響いた。
「もうやめてくれやめてくれやめてやめてやめろ」
「うんざりだもううんざりなんだうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざり」
決して大声を上げず、読経のようにかず彦さんはそうくりかえした。
「お母さんはいつもそうだ」
「耳触りのいい言葉ばっかり並べ立てるくせに」
「ぼくとの約束、へいきで破る」
足音がして、上町さんたちと庭の掃除をしていたさち乃さんが駆けつけてきた。青ざめた顔で。
「約束……っ?」
なつ子さんが首を傾げた。
「部屋には入らないでって約束したのに、入った」
「え……っ?」
「せ、先々週、この人たちが来るずっと前だったのに、ぼくの部屋に入ったじゃないか。ぼくがおしっこをしている間に」
さち乃さんが両目を吊り上げた。
「あんたの布団を換えてたんだろ。あんたいっつも布団敷きっぱなしだから、絶対にカビが生えてるだろうってママがわざわざ買ってきたんだ」
「そんなの頼んでない」
「黙れゴミクズ。ガキみたいなこと言うんじゃねーよ」
さち乃さんの声は震えていた。
「さっちゃん、お兄ちゃんにそんな口きいちゃいけませんよ……!」
「うるさいな。こんなやつお兄ちゃんでもなんでもない!」
母親の注意が火に油を注ぎ、さち乃さんは耳まで真っ赤になった。
「だいたいママがお兄ちゃんを甘やかすからこんなことになってんじゃん。
親なら子どもの将来を考えなよ。力づくで部屋から引きずり出して、働かなきゃ追い出すくらい言いなよ」
「そ、そんなこと言えないよ……!」
「なんで? ひたすら優しくするのが親の愛情だとか思ってんの? ハッ、ウケる」
満面に嘲りを乗せて、娘は母親を糾弾する。
番組スタッフは誰ひとり口をはさまない。はさめるわけがない。
なつ子さんは娘と襖――の奥にいる息子――を交互に見て、おずおずと告げた。
「かずくん。大丈夫。大丈夫だからね。何があってもお母さんとさっちゃんは、一生ずっと、かずくんの味方だからね……!」
そう言葉をかける母親の横顔に、さち乃さんの表情は固まった。
「……ハァ?」
泣く寸前のようだったと、中葉さんは付け加えた。
「……それって、ママが死んだ後も、あたしにお兄ちゃんに面倒を見ろってこと……?」
「ふざけんな」
「ふざけんなよ」
さち乃さんは叫んだ。
「あたしはお兄ちゃんのために生まれたんじゃない!」



