御蔵入 ある親子を探しています

【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ③】


 同日夕方。
 初日の撮影が終了し、前島さんがハンディカメラの電源を落とした。

 埃だらけになった中葉さんたちが作業着のツナギを脱いだときだ。
 中葉さんが九重家の庭先で、あるものを見つけた。

 「これ、動物の死骸……?」
 「ああ、こりゃあネズミだな。結構多いぞ。いち、に、さん、……うわ、あっちにもある」

 雑草が鬱蒼と生えている庭のあちこちを、前島さんが指さす。

 「猫にでもやられたのか? にしては多いな」
 「ちょっとそんなの教えないでよ。ウジがわいてると思うだけでゾクゾクする」

 後藤さんが逃げるように車に乗り込んだ。

【中葉さんとの会話①】


 2024年秋。
 市内の喫茶店にて、中葉さんと対面で打ち合わせをした。

 事前に、撮影初日の出来事(テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ①〜③)を書き起こした原稿を送っていたので、出来栄えを聞いてみた。


 ――初日の出来事を書き起こしてみましたがいかがでしょうか?

「よく書けていると思います。ありがとうございます。あの日のこと、ありありと思い出せました」

 ――よかったです。

「なんでも注文してください……って言いたんですけど、実は今年はじめに所属していた事務所が倒産してしまって、正直に言いますと懐が厳しいんです。
 個人で映像制作の仕事も受けているんですけど、映像クリエイターっていま多いでしょ。ほとんど依頼がなくて」

 ――お構いなく。

 注文した飲み物が来る間、中葉さんはプリントアウトした原稿に目を通した。
 真剣な表情で赤ペンでラインを引き、付箋を貼る。

 ため息混じりに言った。

「改めて読むと……やっぱりこの家、おかしいですよね」

 ――それはそうですが……
 ――この類の、機能不全に陥っている家族は決して珍しくないですよ。

「……いや、そうじゃなくて」

 中葉さんは、鋭い目つきで尋ねてきた。

「本当に、気づきませんか?」

 何をですか、と聞いても答えてくれなかった。
 未編集テープの映像がすべて書き起こしになってから話したい、と返された。
【妹の日記①】


 6月8日(金曜日)
 『再生P!』の人たちが来た。
 タレントの人とか来るのかなとか期待したけど、フツーにスタッフだけだった。
 アイドルのショウくんが来たらいいのに。
 それであたしを連れ出してほしい。
 この家から。
 あたしを解放してほしい。
 ママとお兄ちゃんから。



 6月9日(土曜日)
 『再生P!』の人たちはゴミだけ片づけていった。
 人手ってちょーすごい。見る見るうちにトラック1台分のゴミが出ていった。
 ペットボトルとかあとは捨てるだけなのに、どうしてゴミ捨て場に持っていかなかったんだろう。
 ジブンでも不思議。
 デカいゴミ袋見ていると、持っていく気がなくなるんだよね。
 やる気ってゆーか、力がなくなる。
 無力感ってゆーか、虚無っちゃう。
 何をやっても無駄なんだ……って気持ちになる。
 なんでこんなふうになるんだろ?



 6月10日(日曜日)
 わかった。
 何をやっても無駄って気持ちになる理由。
 お兄ちゃんが引きこもりになった頃、さんざんそんな思いをさせられたからだ。
 お兄ちゃんに。あのゴミクソゴキブリ野郎に。

 あたしもママも、なんとかしようとした。
 中学校を卒業して、高校も入学する前に中退して、一階の和室にひきこもった。
 原因は絶対に話さなかった。
 どうにか事情だけでも話してほしいと、何回も頼んだ。
 それが無理なら、せめて元気を出してほしいって思った。
 「お兄ちゃんが大好きだから、またいっしょに遊びたい」って、あたしは頼んだのに。泣きながら。

 ぜんぶ、無視された。
 ぜんぶ。
 ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ無駄だった。

 あんなやつ、大嫌い。
 あんなやつを甘やかすママも、大嫌い。



 6月11日(月曜日)
 過去のイヤな記憶のせいで、ぜんぜん眠れなかった。サイアク。
 次の『再生P!』の撮影は15日だから、それまでにちょっとでも物を捨てて、減らさなきゃ。
 でも、掃除するのはあたしばかりだ。
 それどころかママは最近、ヘンに忙しそうだ。
 あのおばさんと、よく電話してるし……
 やけに焦った声で電話していた。今日も。



 6月12日(火曜日)
 ぜんぜん協力してくれないから、イラっとしてママの財布からお金を抜き取った。
 今月のお風呂代とランドリー代、制服クリーニング代もサロン代ももうもらっているけど。

 ムカついたから。
 1万円とってやった。

 あのお荷物のおやつ代よりよっぽどユウイギに使ってやる。
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ④】


 撮影2日目。
 どんよりとした曇り。気温も高いようで、中葉さんたちは作業前から汗まみれだった。
 この年のこの地域は全体的に空梅雨の傾向で、湿度が異様に高くて飲食物がすぐにダメになってしまったと、中葉さんは当時のことを話した。

 2日目は、主に2階にある大型家具・収納を出していく。

 合間にインタビューも挟まれた。


「これはパパの……あ、別れた夫のコレクションラックです……! 結構いい物なんですよ……っ!」

 中葉さんたちが、二階の廊下を圧迫していたガラス張りのラックを搬出する。中に何も飾られておらず、空っぽだったのですぐに完了した。

 数年分の埃が舞う中、納戸にあった脚の取れた椅子、天板が割れたテーブル、ゴムが破れた二輪用タイヤなどを運び出す。

 さち乃さんの部屋にあったシールだらけのカラーボックスも処分することになった。

「よくお兄ちゃんとふたりで、シール貼って遊んでましたね、さっちゃん……!」

 にこやかに話しかけるなつ子さんに、さち乃さんはプイッと顔を背けた。

 1階から犬の激しい鳴き声。なつ子さんが階段を下りて、ピピちゃんのもとに向かった。
 前島さんがさち乃さんに、「お母さんのこと、好きじゃない?」と尋ねた。

「……好きとか、嫌いとかじゃない……」

 さち乃さんがうつむく。

「お兄さんのことは?」と前島さんが続ける。

「だいっきらい」

 間髪入れずに妹は答えた。
 しかしその目線は、キャラクターシールだらけのカラーボックスにまっすぐ注がれていた。


「なつ子さんの部屋はどうします?」

 後藤さんが指示を仰いだ。
 さち乃さんは「えーと」と思案しながら、ためらいなく母親の部屋のドアを開けた。後藤さんたちが軽く戸惑う気配が伝わった。

 6畳ほどの洋室だ。
 なつ子さんの私室は、他の部屋と打って変わって、物が極端に少なかった。

 布団も収納にしまっており、小さなローテーブルと座椅子、一段カラーボックスくらいしかない。
 壁の高い位置に棚が備えつけてあり、数冊の本とガラス製のオブジェが飾られている。
 化粧品や、おそらく衣服も最低限しか持っていないのだと推察された。なつ子さんは1週間前と同じ服装だったし、化粧っ気もない。

 中葉さんは、(子どもを優先しすぎて自分のことまで気が回らないんだろう……)と同情を覚えたという。

 その後、2階に戻ってきたなつ子さんも自分の部屋は特に手を入れなくて良いと笑った。その後、鍵をかけた。

 2階の清掃が完了し、一行はぞろぞろと階下へ下りていく。

 中葉さんは、薬指の怪我が痛そうななつ子さんに代わってどんどん不用品を外に出した。

 あとは、かず彦さんの部屋を残すばかりになった。

【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑤】


 かず彦さんの態度は、変わらず頑なだった。

「かずくん……ちょっとだけでいいんです、出てきてくれませんか……っ?」
「……」
「顔だけでも見せてくれたら、お母さんもさっちゃんも皆さんも、すっごく嬉しいんですけど……っ!」
「……」
「ダメですか……っ?」

 エヘヘ、となつ子さんは力なく笑った。
 親子のやりとりを、スタッフたちは固唾を飲んで見守っている。

 だが、ふいにカメラが後藤さんに向けられた。後藤さんがカメラ目線になって――前島さんの無言の要求を察して、口を開いた。

「かず彦くんさぁ、もういい加減にしたらどうかな?」

 金髪の頭を掻いて、後藤さんはうっとうしそうな声音で言った。

「いつまでも子どもみたいに黙り込んで、そんなカビだらけの部屋に引きこもっていたら、いつか誰かがどうにかしてくれるって思ってるの?」

 襖の向こうで、声を呑む気配がした。

「っていうかお母さんがどうにかしてくれるって思ってる? 何年もニートでヒッキーな自分のままでいても、家族が守ってくれるって信じてんの?」

 後藤さんのキツい物言いに、中葉さんはハラハラしたという。

 実は中葉さんは、元引きこもりだ。
 大学受験に失敗し、人間関係でトラブルが続き、自室から一歩も出られなかった時期があったそうだ。
 その後、家族や周囲の助けを借り、アルバイトから始めて、なんとか社会復帰を果たした。
 だからかず彦さんの状況や心境が痛いほど理解できる。
 ……かつての自分に言われているようで胸が苦しくなった、とのことだ。

「でも、そんなわけないよね」

 一転して、後藤さんは口調を和らげた。

「かず彦くんも薄々わかってるんでしょ? このままじゃダメだって。
 だったらさぁ、いま変えようよ! 怖いだろーけど部屋から出て、家から出ようよ!
 ご家族だけじゃない、私たちだって協力するからさ!」

 後藤さんは面倒見のいい姉御肌を見せつけて、かず彦さんを励ました。

 微かにすすり泣く声。

 ところが、後藤さんがさらに言葉を重ねようとしたとき。

「やめてください……!」

 なつ子さんが後藤さんを止めた。

「かずくんを責めないでください……責めるなら、どうかわたしにしてください……!」

 後藤さんに懇願したあと、なつ子さんは鼻にかかった声で息子を慰めた。

「かずくん、大丈夫だよ。無理にお部屋から出なくても、いいんだよ……!」

 直後、

「ァアアアアアアアア……ッ!」

 と、金切り声ともうめき声ともつかない叫びが響いた。

「もうやめてくれやめてくれやめてやめてやめろ」
「うんざりだもううんざりなんだうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざりうんざり」

 決して大声を上げず、読経のようにかず彦さんはそうくりかえした。

「お母さんはいつもそうだ」
「耳触りのいい言葉ばっかり並べ立てるくせに」
「ぼくとの約束、へいきで破る」
 足音がして、上町さんたちと庭の掃除をしていたさち乃さんが駆けつけてきた。青ざめた顔で。

「約束……っ?」

 なつ子さんが首を傾げた。

「部屋には入らないでって約束したのに、入った」
「え……っ?」
「せ、先々週、この人たちが来るずっと前だったのに、ぼくの部屋に入ったじゃないか。ぼくがおしっこをしている間に」

 さち乃さんが両目を吊り上げた。

「あんたの布団を換えてたんだろ。あんたいっつも布団敷きっぱなしだから、絶対にカビが生えてるだろうってママがわざわざ買ってきたんだ」
「そんなの頼んでない」
「黙れゴミクズ。ガキみたいなこと言うんじゃねーよ」

 さち乃さんの声は震えていた。

「さっちゃん、お兄ちゃんにそんな口きいちゃいけませんよ……!」
「うるさいな。こんなやつお兄ちゃんでもなんでもない!」

 母親の注意が火に油を注ぎ、さち乃さんは耳まで真っ赤になった。

「だいたいママがお兄ちゃんを甘やかすからこんなことになってんじゃん。
 親なら子どもの将来を考えなよ。力づくで部屋から引きずり出して、働かなきゃ追い出すくらい言いなよ」
「そ、そんなこと言えないよ……!」
「なんで? ひたすら優しくするのが親の愛情だとか思ってんの? ハッ、ウケる」

 満面に嘲りを乗せて、娘は母親を糾弾する。
 番組スタッフは誰ひとり口をはさまない。はさめるわけがない。

 なつ子さんは娘と襖――の奥にいる息子――を交互に見て、おずおずと告げた。

「かずくん。大丈夫。大丈夫だからね。何があってもお母さんとさっちゃんは、一生ずっと、かずくんの味方だからね……!」

 そう言葉をかける母親の横顔に、さち乃さんの表情は固まった。

「……ハァ?」

 泣く寸前のようだったと、中葉さんは付け加えた。

「……それって、ママが死んだ後も、あたしにお兄ちゃんに面倒を見ろってこと……?」
「ふざけんな」
「ふざけんなよ」

 さち乃さんは叫んだ。

「あたしはお兄ちゃんのために生まれたんじゃない!」

【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑥】


 結局、撮影2日目は予定の半分しか進まなかった。

 さち乃さんは自室に鍵をかけて、応答しなくなった。
 かず彦さんも無言と無視を貫いた。
 撤収間際、前島さんはなつ子さんにカメラを向けた

「どうもすみませんでした……わたしって、本当にダメですよね……!」

 エヘヘ、と笑っていると、チワワのピピちゃんがなつ子さんの足にじゃれついた。

「ごめんなさい、ピピちゃん。みんなでうるさくしていたから、怖くなっちゃいましたね……!」

 ゆっくりと犬を抱き上げる。

「怖くないよ。怖くないよ。ずうっと抱っこしてるからね……!」

 怯える犬を抱きしめ、全身全霊であやすなつ子さんの姿は、まさに聖母のようだった。――と言うのは前島さんと中葉さんの言だ。

 きっと心を閉ざす息子にも「おまえのせいだ」となじる娘にも、こんなふうに接するのだろう……と想像できる。

 前島さんが「これからどうしますか?」と問いかけた。

 それは撮影を続けるかどうか、という意味だ。
 だがなつ子さんは、迷うそぶりなど見せなかった。

「続けます……わたしは、わたしの家族を再生したいんです……!」

 なつ子さんは、犬を抱きしめてはっきりと宣言した。

【企業のホームページ】


 【2018年6月17日 弊社名誉会長・羽多江光児について】

 長らく入院しております羽多江に関してですが、全国の支持者・支援者の皆さまから心配のお声を寄せられております。

 まるで家族のように気にかけてくださり、グループ一同、心より感謝申し上げます。

 羽多江は現在、集中治療室に入っており、いわゆる危篤状態となっております。

 お一人お一人にご返信するのは難しいため、このような場でのお知らせになってしまい、大変心苦しく思っております。

 今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。


















 どうかよろしくおねがいします

【妹の日記②】


 6月15日(金曜日)
 サイアクすぎて涙も出ない。
 宝物だったぬいぐるみ、ハサミで切り刻んじゃった。
 生まれたときから一緒だったのに。
 ママの言葉がどうしても許せない。
 味方なんかじゃねーよ。
 あたしに一生面倒見ろなんて。
 ゼッタイにイヤ。
 そんな人生を歩むくらいなら、死んだ方がマシ。



 6月16日(土曜日)
 死んでやろうかな。
 ママとゴミクズの目の前で。
 死んでやりたい。
 ……
 ママがいつもの猫撫で声で、謝ってきた。
 あたしに用がある、協力してほしいことがあるから出てきてほしいって。
 知るもんか。



 6月17日(日曜日)
 ママが泣いてた。
 おばさんと電話しているうちに、どんどん泣いている声になった。



 6月18日(月曜日)
 イヤだけど。許せないけど。
 出ることにする。
 ママと話をする。
 何度も言っている、協力してほしいってことが何なのかわからないけど。

 このままじゃ、あたしも同じ、部屋に閉じこもって逃げるようなやつになってしまう。

 それだけはイヤ。
 あたしはあいつとは違うんだから。



 6月19日(火曜日)

 (白紙)


【新聞記事②】


 2018年6月20日
【***市・公園で女子高生の死体発見 自殺か?】

 20日未明、***市内の公園で、「女の子が木で首を吊っている」と目撃者が110番通報しました。

 管轄する***署によると、発見された女子高生は同市に住む高校3年生、九重さち乃さん(18)。

 公園の中央に植えられたシンボルツリーである欅の木に、制服のネクタイを引っかけて首を吊った模様です。

 外傷は左手の爪が一部剥がれかけており、おそらく苦しさに耐えかねて自ら首を引っ掻いたという見解です

 警察は自殺の動機などを調べています。