【推理/中葉さんの真実】
前島さんが重苦しいため息をついた。
「それで中葉。おまえ、この後はどうするつもりなんだ?」
「もっと情報を集めるつもりです。例のコンテストにも参加してもらって、読者から情報提供を呼びかけます」
ですよね、と目配せで確認されて、そういう『契約』だったことを思い出した。
報酬は既にいただいているので最後までやり切るが、予想以上に大掛かりな話になってしまった。
運営サイトから公開禁止を喰らうのでは、この身に危険が及ぶのではと心配していると、中葉さんが改まった態度で、「その前に、ひとつ確認したいんですけど」と訊いた。
「このハナシ、面白いですか?」
……前島さん共々、間抜けな声が出た。
ハナシ? 面白い?
まさかこれまで長々と話していたことは、と疑いかけたが。
「ハナシって作り話って意味じゃないですよ。記事として、ドキュメンタリーとして、世間の耳目を集められるかって意味です」
中葉さんがすかさず注釈した。
「ベテランテレビマンとして、前島さんはどう思いますか?」
「あ、ああ……最初のフックが『家の片づけと家族の問題』で、身近な話だから興味は惹けるかと思うが。視聴者は手を止めそうではある……」
「作家としては? どうですか?」
――物語の展開……じゃなくて、話の広がり方は意外性も手伝って、とても良いかと思います……
気の弱い新人編集者のような口調になってしまった。
「そうですか。うん。よかった」
中葉さんは頷きながら、手際よく原稿や資料を鞄にしまった。
「中葉……おまえの目的は、かず彦くんを探すことだよな?」
前島さんが念を押した。
だが中葉さんは曖昧な返事をした。
「いやぁ……それももちろんありますよ。というか親子の消息をつかむためにも、この作品は注目してもらわないと困ります」
中葉さんがタブレットに触れる。
「ネットでバズれば、このネタを買い取ってくれる会社が現れるかもしれない。
九重親子の行方もわかるかもしれないし、俺の映像クリエイターとしての寿命も伸びるかもしれない。
誰も知らなかった真実を突き止めて、世間を驚かせられるかもしれない」
中葉さんは抑揚なくつぶやいた。
彼を動かすものの正体が見えたような気がした。
かず彦さんの安否を心配する気持ちも、さち乃さんの無念を悼む気持ちも嘘ではないのだろう。
だが、なつ子さんの真実や、熱狂的カルト教団への好奇心も持っている。
加えて、自分のキャリアをアップさせたい願望。
それらすべてが、中葉さんをこの『ネタ』に執着させているのだ。
欲望でギラつく瞳に、前島さんがたじろいだ。
「全部明らかにするまで、俺は諦めません。何でもしてやりま……痛っ」
中葉さんが、ずっと死角に隠してあった左手をあげた。
薬指の先には絆創膏が貼られてあった。
「中葉っ……おまえ、その爪……」
痛みに喘ぐ中葉さんに、前島さんが追及した。
「〈はたえの会〉の集会映像を入手したツテ……って、まさか」
「行動、早くなったでしょう、俺。新人の頃、よくモタモタするな、判断は素早くしろって後藤さんに叱られてたなぁ」
ハハハ、と中葉さんが無理に笑う。
何か言いたげな前島さんをスルーして、中葉さんはこちらを向いた。
「これから、〈はたえの会〉の上層部に接触します。
羽多江光児が生きているのか死んでいるのか、九重親子はどうなったのか突き止めてみせますから――全部書いてください」
中葉さんが深々と頭を下げた。
その背後で、前島さんは渋面を作っている。
「また連絡します」
そう約束して、中葉さんは喫茶店を出ていった。
【後書き/ある親子をさがしています】
以上が、中葉さんとのやりとりのすべてである。
最後の打ち合わせをした秋から今日にかけて、筆者は契約どおり、中葉さんが調べたことと推理をあますことなく書き出した。
改めて、読んでくださった方々に呼びかけたい。
ある親子を探しています。
2018年6月まで***市内に住んでいて、テレビ番組『整うバラエティ 再生P!』に出演しました。
失踪時期は不明。失踪時の服装や状況は不明。
母親の名前は九重なつ子さん。現在は53歳。
体格は小柄。常に笑顔で周囲と接する。
カルト教団〈はたえの会〉の会員であるが――〈はたえの会〉はある時期より、世間から消えた。
現在は、ネットにも情報がほとんどない。また活動存続しているのか解散したのかさえ不明だ。
秋までは閲覧できていた関係者のSNS、ブログ、ネット大辞典は軒並み消去されている。
また、羽多江グループは数年前に解体され、経営陣は一新している。
羽多江光児の訃報は検索しても見つからなかった。
世間的には生死不明とされている。
息子の名前は九重かず彦さん。現在は30歳。
体格は痩せぎす。
生きている可能性は低い。
九重なつ子さんあるいはかず彦さんらしき人物に心当たりがある方は、どうぞ筆者までお知らせください。
どんな些細な情報でも構いません。
必ず、中葉さんにお伝えいたします。
追記があれば、この後のページでお知らせします。
どうかよろしくお願いいたします。
【追記:2025年1月25日】
たくさんの情報提供、ありがとうございます。
中葉さんにお伝えしました。
【追記:2025年1月26日】
追加の情報提供、ありがとうございます。
中葉さんにお伝えしました。
重要な手がかりが見つかったそうで、また連絡するとおっしゃっていました。
【追記:2025年1月27日】
中葉さんと連絡がつかなくなりました。
引き続き情報を募りますが、お知らせの際は見つからないようお気をつけください。
どうかよろしくおねがいします