【推理/『間に合う』の真実】


「ここまで来ると、『なつ子さんがさち乃さんに協力してほしいこと』が自動的に判明します」
「羽多江光児にささげる生命力の提供、か?」
「おそらく。〈TOE〉の活動内容からして、信者たちはいわゆる『お荷物』がいる家庭なんでしょう。
 生命力の吸収対象はその『お荷物』で、信者全員が躍起になって集めたけれど、羽多江光児を延命させるには追いつかなかった……
 だから量をもっと増やそうと、さち乃さんに協力を要請したんでしょう」


 さち乃さんの自殺の原因となった『こんなこと』とは。
 母親が心酔する老人に生命力をささげること、だったのか。

「さち乃さんの心情、察してあまりありますよ。残酷すぎます。
 あの子は母親を悪し様に言っていても、本心では母親に振り向いてほしかった。兄ばかりじゃなくて自分も構ってほしかった。金をねだるのも盗むのもその表れです」
「そうだな……」

 中葉さんは、さち乃さんの日記をそろりと撫でた。

「どんな気持ちになったんでしょうね。二の次の扱いをされ続けて本気でキレたけど、母親が泣いていたからと思い直して出てきた。
 それなのに当の母親から、見知らぬ他人の犠牲になれと言われて……」

 前回の会話では、中葉さんはさち乃さんの自殺を疑っていたが。
 話すうちに腑に落ちたのか、「……無理もない……」と掠れた声で続けた。

 もしかしたら、と仮説が浮かぶ。

 さち乃さんは、母親に『勧誘』もされたのではないだろうか。
 一緒に〈はたえの会〉の信者になって、てて様を救おうと言われたのではないだろうか。

 思い当たるのは、さち乃さんの死亡を知らせる【新聞記事②】。

 〝外傷は左手の爪が一部剥がれかけており〟――

 そして、かず彦さんの証言。【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑧】にあった記述だ。

 〝あんなに苦しんでいたのに。出ていく前に、『痛い』って叫んでいたのに……心配だったけど、怖くて様子も見にいけなかった……〟

 勧誘に熱中するあまり、母親は、娘の……?


 おぞましい想像がふくらみかけたとき、中葉さんが声を上げた。

「話を元に戻しましょう。6月20日の時点では、羽多江光児はデッドラインをさまよっていた」
「だから『間に合わなかった』と……いや、でも」

 前島さんが【とあるホームページ①】を開く。


 〝まだ間に合います〟
 〝どうかよろしくおねがいします〟


「……なつ子さんは、これを見て希望を取り戻した。だから作戦を変えたんです。
 これまでのようにちまちまと生命力を貯めて、羽多江光児に移していてはいつまで経っても『再生』できない。
 だから、『貯める』という行程を省いた」

 時短テクニックのように言うが、すなわち。

 ――生命力を、『直接』移すということですか

 中葉さんは頷いた。


「だから堤よう子を家に呼んだんです。かず彦くんを家から出して、〈はたえの会〉の本拠地あるいは羽多江光児の元に連れていくために。
 堤よう子は、まだかず彦くんにしかできない『お役目』があると言った。『仕事』でも『お勤め』でもない、『お役目』です」

 その言葉の真の意味は、言われずともわかる。

「おいおい、そこまで……いや、待て。そんな大事な用事を果たす場面で、堤よう子は何故俺たちを同席させた? 挙げ句の果てに撮影までさせて」
「さあ、そこまでは。推論でいいなら、宣伝のためでしょうか。
 番組を見て、自立支援団体〈TOE〉の認知度が高まって連絡が来れば、それだけ信者ゲットの機会も増えますし」
「……そもそも、なんで九重なつ子は俺たちの番組を介入させたんだ? 息子を秘密裏に長期的に害していたんだろ」
「番組に依頼したのは娘のさち乃さんです。まあうまくいけば、家は片づくし、かず彦くんが外に出るキッカケにもなる」

 なつ子さんにデメリットはほぼない、ということか。
 前島さんの疑問を、中葉さんは要領よく答える。

 ……これほどの推理を組み立てるには、必要な情報の収集も含めて、とてつもない労力を要しただろう。

 しかし中葉さんは、冷静を装っていたが、途中で何度も声が上擦り、唾を飛ばして九重家に隠された秘密を説いた。
 明らかに興奮しているのが見て取れて、彼をここまで突き動かすものの正体が再び気になった。