御蔵入 ある親子を探しています

【推理/『おばさん』の正体】


「結論から言うと、『おばさん』の正体は支援員の堤さんです」

 中葉さんはタブレットに、ある女性の画像を表示させた。
 白いスーツに身を包んだ、50代前半くらいの柔和そうな女性。
 ひきこもりの自立支援をするNPO法人『TOE』の職員で、かず彦さんを家の外に出るよう説得した人だ。


「実はというと、お礼を言わないといけません」

 ――はい?

「堤さんの正体にたどり着けたのは、未編集テープの書き起こしのおかげなんですよ。ほら、この部分です」

【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑨】内の記述に、中葉さんがマーカーで線を引いた。
 かず彦さんと堤さんの会話だ。

 〝ぜんぶ、手遅れなんです……間に合わないんです……〟

 妹のさち乃さんの死に絶望するかず彦さんに、堤さんが言葉をかける。

 〝間に合わない、なんて言わないで。かず彦さんには、まだかず彦さんにしかできないお役目があるわ〟

 そう言って、堤さんがかず彦さんの手を握るのが映像に残っていた。

 〝薬指にだけ布製の指カバーをつけた手が、〟


 ――ああ……

「当時目の当たりにしたときも、未編集テープを検証したときも俺は気づきませんでした。事細やかに描写していただいたおかげです」

 中葉さんに礼を述べられ、前島さんにも軽く会釈された。

 ――それは……恐縮です。

「薬指だけの指カバーは、当然ながら〈はたえの会〉の信者ファッション――剥がした爪を隠すためだろう。保護目的もあるんだろうが……」

 前島さんが言い足す。

「堤さんについて調べるため、今度は画像検索を使いました。映像にあった堤さんの、なるべく正面を向いた顔のスクショを使って」

 ――画像検索……
 ――ああ、花や鳥の写真から名称を調べたり、作ったデザインに類似したものがないか調べるあれですか

 テキストで表現しにくい内容や、名前がわからない人物・商品を探すとき重宝される。

 ――SNSで流れてきた芸能人のアー写で検索して情報を得る、といった使い方はできるそうですけど。
 ――一般の人を探すのにも応用できるんですか?

「できますが、ちょっとコツがいるそうです。その辺のノウハウがなかったので仕方なくプロに頼んで探してもらいました。依頼料はちょっと……足元を見られましたけど」

 苦笑いする中葉さんに、隣に座る前島さんは険しい視線を向けている。

 ……初の対面での打ち合わせで、中葉さんは「映像制作の仕事が少なくて懐が厳しい」と困窮を匂わせていた。
 画像検索のプロへの報酬の相場は知らないが、数千円程度ではないだろう。

 今更だが、中葉さんのこの調査に関する入れ込みは相当なものだ。

「かず彦さんを心配して」「昔の自分に似ていたから放っておけない」というのが調査する理由らしいが、所詮は数年前に一度会っただけの関係。

 この執着(と表現しても差し支えはないだろう)の動機には弱すぎるように思う。

 ……九重家の事件もだけれど、中葉さんの熱量もだんだん異様に思えてきた。



「無事に見つかりました。名前は堤よう子。家族どころか親戚一同〈はたえの会〉の信者です」

 堤よう子さんのSNSを画面に表示させる。
 以下はプロフィール欄の一部転載である。

【〈はたえの会〉会員/NPO法人〈TOE〉職員/設立初期からてて様の家族です/新しい家族との橋渡しもやっています。お気軽にDMどうぞ(ネイル)】

 文末の、『爪』にマニキュアを塗る絵文字がなんとも意味深だ。
 意味がわかる者にだけ伝わればいいと、【とあるホームページ】の①と②にも通じる排他的な思想を感じる。

「このアカウントの更新は2年前に止まっています。すべての投稿もチェックしましたが、なつ子さんらしき人は見当たりませんでした」

 投稿した画像に見切れる、テキストになつ子さんの存在の匂わせもなかったそうだ。

 ――なら、〈TOE〉という支援団体は〈はたえの会〉関連だったということですね?

「そのようです」

 ふたつを合わせたら『十重二十重』。偶然ではあるまい。
 十重二十重の意味は「幾重にも重なること」。
 あるいは、「幾重にも取り囲む様子」。
 ……やはり意味深に感じる。


「堤よう子の投稿内容は至ってマトモです。〈TOE〉の職員としての心意気の表明、被支援者のために東へ西へ走り回る記録ばかりで、たまに『てて様』への想いをつづる。それも『感謝してます』などの短文ばかり」
「そこらの一般的な信者とは格が違うってのが、さりげなく表出してるんだよな」
「はい。堤よう子の投稿と、未編集テープの内容、俺が用意した資料を合わせると、時系列がはっきりします」

 中葉さんが原稿の1ページ目、【新聞記事①】を開いた。

 2018年6月1日の記事。
 見出しは、『近代の立志伝中の人 入院』。

 羽多江光児の入院を知らせるニュースだ。
 83歳の高齢での入院……となると、『家族』は覚悟しなくてはならないだろう。


 ……と、考えたところでふと、改めて疑問がよぎった。

 羽多江光児は、存命なのだろうか?


「堤よう子によると、新聞記事の数日前から入院したようです。それと、覚えていますか?
 なつ子さんがかず彦くんにお札でおまじないをかけたとされる時期」

 急に話が飛んだ、と一瞬だけ思ったが。

 ――2018年の6月頭……

 【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑤】内の記述だ。
 なつ子さんとスタッフの後藤さんの説得でキレたかず彦さんが喚き散らすシーン。

 〝せ、先々週、この人たちが来るずっと前だったのに、ぼくの部屋に入ったじゃないか〟

 それに対してさち乃さんはこう言い返している。

 〝あんたの布団を換えてたんだろ〟


 【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑩】にも同様の記述がある。

 〝万年床は、6月頭になつ子さんが新品に換えたそうなので――〟


 ――羽多江光児の入院と、ほぼ同時期ににおまじないをかけた?

 お札によって生命力を吸うまじないを。


 「次は【企業(羽多江グループ)のホームページ】です」

 〝羽多江は現在、集中治療室に入っており、いわゆる危篤状態となっております〟

 羽多江光児の危篤を知らせ、あの謎の文章(どうかよろしくおねがいします)が続いた声明が公開されたのは、6月17日だ。

 手元にあるさち乃さんが遺した日記と見比べる。


 〝6月17日
 ママが泣いてた。
 おばさんと電話しているうちに、どんどん泣いている声になった〟


 ――なつ子さんが泣いたのは、羽多江光児が亡くなりかけていると知ったから……?

「知らせたのは堤よう子だろうな」
「はい。それで気になるのが、『なつ子さんがさち乃さんに協力してほしいこと』です」

 ――16日と、18日に書いてあることですね。

「前回言ったとおり、『協力してほしい』はおそらくかず彦くんに関することではないと考えられます」

 ――では、何に……

 中葉さんの顔を見て、途中で言葉が切れた。
 中葉さんは激しく瞬きをし、テーブルに置いた右手が震えている。
 怯えている――いや、興奮しているように見えた。

「……生命力を、吸って、貯める……」

 ――え?

「そちらが言いましたよね。『吸って貯めた生命力はどうするのか』と」

 ――はい……

「それがどうしても気になって、……調べました」

【推理/お呪いの真実】


 中葉さんがタブレットを、右手の指先で操作する。
 そういえば、と気づく。
 先ほどから、中葉さんは左手をテーブルの下に置いたままだ。

「あるツテを使って、2018年6月におこなわれた〈はたえの会〉の集会動画のデータです」


 ギョッとなったのは前島さんもだった。

「おまえ……中葉! そんなものどうやって手に入れたんだ」
「苦労……しましたよ」

 へへっと中葉さんは軽く笑い、タブレットで動画ファイルを開く。

「音が出ます。イヤホンどうぞ」
「俺が先に聞く。いいか?」

 前島さんの剣呑さに「はい」と了承する。

 短い動画のようだ。
 けれど前島さんの顔色は、見る見る変わった。

「これは……」

 前島さんがうなる。

「次、どうぞ」

 中葉さんがタブレットを渡してきた。
 自前のワイヤレスイヤホンのBluetoothをつないで、再生をタップした。


『――再生』

 唐突に、厳かな声が耳を刺した。
 『再生』違いだとすぐわかった。

 映像に映っているのは、どこかの会館の講堂だ。
 学校の講堂のように、舞台が設えてあり、パイプ椅子が並べてある。
 壇上には〈はたえの会〉の横断幕がぶら下がっている。

 かなりの人数が集まっており、百人は下らないだろう。
 皆、一様に白い服を着ている。

 そういえば、と思い出す。

 未編集テープによると、堤よう子さんの服装は白いスーツ。
 なつ子さんもそれまでは黒い服……白プードルのピピちゃんの毛が目立つ着古したものを着ていたのに、小綺麗な白いアンサンブルを着ていた。
 あれは、幹部である堤さんに面会するから、だったのだろうか。

 舞台の上、演壇に手をつく女性が信者たちを見下ろしていた。
 アングルが遠いので、堤さんかどうかは判別できない。

『先日お伝えしたとおり、わたしたちのてて様の生命が尽きようとしています』

 会場に嗚咽が響く。

『けれどわたしたち家族には、まだてて様のご指導ご鞭撻、ぬくもりが必要です』

 そうだ!
 そうだ!
 同意の声。

『ゆえにわたしたちは――てて様に〈再生〉していただかないといけません』

 そのとおり! そのとおり!
 賛成の声。


『〈再生〉……キリスト教では「復活」という意味合いになりますが、わたしたちは宗教者ではありません。
 何よりてて様の生命は、とぎれてなどいません。
 まだわたしたち家族のために、てて様は懸命に生きようとなさっているのです』

 また嗚咽。


 『復活』も『再生』も、衰えていたもの・滅びかけていたものが生き返るという意味だ。
 その違いは、前者は『いちど途切れたもの』に、後者は『とぎれかけたもの』に使うところだ。
 番組名の『再生P!』もそこから来たのだろう。
 機能不全で崩壊しかかっていても、まだかろうじて残っている家族の絆を結びなおす……そんな意図が込められていたのかもしれない。


『慈愛深いてて様に、わたしたちは何ができるでしょうか。
 何をすべきでしょうか』

 ――――――集めます!

 女性の問いかけに野太い声が答えた。

 集めます!
 てて様の生命がもっと続くように! ずっと生きてくださるように!
 集めます!

 ――――――生命力を!


 ……その答えに、女性は満足そうな吐息をもらした。

 『これが家族の絆なのですね。なんと尊い』

 女性は左手に持った薄い封筒を掲げた。
 当たり前のように、薬指の爪が剥がれていた。

 『みなさまに、こちらをお渡しします。みなさまもご存知の、てて様が信頼する占い師の方に作っていただいた特製の品です』

 それは何ですか。
 誰かが尋ねた。

 女性は封筒から一枚の細長い紙を取り出す。
 一筆箋ほどの大きさの薄い紙。
 太陽と人間を模したマークと、くずし文字が書かれてある。
 果たして何人がマークと文字の意味を理解しただろうか。

 『てて様にささげる生命力を、効率よく集めるためのものですよ』

【推理/母親の真実】


 プツン
 画面が暗転した。



 ――……

 無意識でワイヤレスイヤホンを外した。
 手元に目をやると、用意がいいことに、中葉さんがAI補正を施したお札の画像を差し出した。

 生命力を吸って貯めるための呪いの札。
 集会映像の中に出たものと一致していた。


「つまり中葉、おまえが言いたいのはこういうことか?」
「え?」
「なつ子さんは、〈はたえの会の〉の信者だった。
 なつ子さんは、かず彦くんにまじない……いや呪いをかけていた。
 実の息子の生命力を奪っていた。
 寿命が尽きかけている教祖、羽多江光児を生きながらえさせるために……」
「ええ、そうです。死にかけの老いぼれを延命させるための、いわば生贄にしていたんです。……あ、今の暴言は信者に聞かれたら粛正されちまいますね」

 ははは、と中葉さんは乾いた笑いを漏らした。
 その目に光はない。

「そんなことが……あるわけない」
「何がです? 生命力を奪って他人に移すなんていう呪術とか魔術みたいなシロモノがある点ですか? いやいや前島さん、忘れたんですか?」
「何をだ」
「俺たち、『再生P!』以外の現場で何度も遭遇したじゃないですか。現代の科学では説明できない、オカルトめいた、非科学的な、およそ信じがたい……って形容詞が似合いそうな出来事も現象も」
「それは否定しねぇけどよ……」
「まだ納得できないって顔ですね。何がそんなに疑問なんですか?」

 ――なつ子さんの人物像と、これらの行動が大きく乖離している……と言いたいのでは?
 ――彼女がそんなことをする人間に思えないと、前島さんは違和感を覚えてるのではないですか

 つい口をはさむと、図星だったようで前島さんが頷く。

「闇雲に母性を信じてるわけじゃないが……」
「いや、わかりますよ。
 なつ子さん……『我が子を過度に甘やかす母親』のイメージそのものである彼女がこんな非道な行いをするか? って話ですよね。論理じゃなくて印象の問題です」

「……二面性があるやつなんてゴロゴロいるが、なつ子さんは絶対に違った。
 あの年で、こっちが心配になるくらい善良だった。他人を騙し通せる人種じゃない」
「そうですよね。ああいうタイプの女性、ちょっと裏や地下にもぐればいくらでも見かけます。そういうドキュメンタリーも前島さんと撮りましたよね。
 常にニコニコしてて、身勝手な他人に尽くして振り回されて、何を言われても反論せずに受け入れる、我が子にさえ強く出られない……あの笑顔もしゃべり方も、そういう女性の特徴そのまんまだった。なのに」
「なのに?」

「どこにでもいる意志薄弱な、可哀想な女だったはずなのに……記憶を掘り起こしてみても、テープの映像を観ても、なつ子さんが何を考えているのか見当もつかないんです」

 画面になつ子さんの顔写真が表示される。
 眉を下げて、弱々しげな困ったような笑みだった。


「笑顔の裏で何を考えているのかつかめない。今更ですけどそんな闇みたいなものを感じて……」
「そんな……気弱ではあるが、あの愛情深さはホンモノだった。俺は長年業界にいて、多種多様な人間と会ってきた。人を見る目には自信がある。
 彼女の言葉や行動にウソはなかった。常に我が子にすら気遣って……」

 ――そうですね。
 ――たとえ愛犬相手でも、息子の部屋に近づいたら叱りつけたりして、……
 ――あ


「気づきましたか」

 中葉さんがニヤリと口の端を上げた。
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ②】のページを開いて、参照する。

 母親と娘の口論に、小型犬のピピちゃんが怯えて逃げ出すシーン。


 〝ダメぇえええええ!!〟
 〝ダメ! ダメよ! かずくんの部屋に入っちゃダメ!〟


〝さっきまでの態度が嘘のような剣幕だった〟と描写するほどの必死さで、なつ子さんは愛犬をかず彦さんの部屋に入るのを阻止した。


「そりゃそうだ。だってかず彦くんの部屋に入ったら、ピピちゃんは布団に貼ったお札の影響を受けるんですから」

 カビや虫で瞬殺。
 ネズミでも家の外に出るくらいの猶予はあったが、死んだ。
 小型犬のピピちゃんも無事では済まないだろう。

「参ったな……でも、そりゃそうか」

 前島さんがページを繰って、その続きにある、傷心のなつ子さんに対するインタビューに目を通した。
 なつ子さんは怖がるピピちゃんを抱きしめて、赤子にするようにあやしていた。
 その姿は、〝まさに聖母のようだった〟。

「前島さんならわかってくれると思ってましたよ」
「犬は……可愛いからな。余計なことをしないし、言わない。愛情をそそげばちゃんと愛情を返してくれる。犬は……愛していい『家族』だ」

 愛犬家であるという前島さんが拳を握った。その左手には結婚指輪の日焼け痕がある。
 中葉さんは嘲笑混じりに言った。

「なつ子さんが愛情深くて家族想いの人間だったのは確実に真実です――けど。
 なつ子さんの『家族』って誰だったんでしょうかね」


〝わたしは、
 わたしの家族を、
 再生したいんです〟


 なつ子さんが何度も言っていたこの願い。
『再生』が別の意味を持った今。

 なつ子さんは、自分が産み育てた実子たちをどう思っていたのだろう。

 長い間働きもせず部屋に閉じこもり、食事にばかみたいなケチをつけるかず彦さんのことを。
 優しさのカケラもない正論で母親を言及し、金銭を搾取するさち乃さんのことを。

 エヘヘと笑って「ごめんなさい」と謝る、そのくりかえしの裏側で。

 さち乃さんの遺体を確認した夜。

 〝再生、……間に合わなかった……っ!〟

 そう号泣したなつ子さんの悲しみは、どこに向けられていたのか。

【推理/『間に合う』の真実】


「ここまで来ると、『なつ子さんがさち乃さんに協力してほしいこと』が自動的に判明します」
「羽多江光児にささげる生命力の提供、か?」
「おそらく。〈TOE〉の活動内容からして、信者たちはいわゆる『お荷物』がいる家庭なんでしょう。
 生命力の吸収対象はその『お荷物』で、信者全員が躍起になって集めたけれど、羽多江光児を延命させるには追いつかなかった……
 だから量をもっと増やそうと、さち乃さんに協力を要請したんでしょう」


 さち乃さんの自殺の原因となった『こんなこと』とは。
 母親が心酔する老人に生命力をささげること、だったのか。

「さち乃さんの心情、察してあまりありますよ。残酷すぎます。
 あの子は母親を悪し様に言っていても、本心では母親に振り向いてほしかった。兄ばかりじゃなくて自分も構ってほしかった。金をねだるのも盗むのもその表れです」
「そうだな……」

 中葉さんは、さち乃さんの日記をそろりと撫でた。

「どんな気持ちになったんでしょうね。二の次の扱いをされ続けて本気でキレたけど、母親が泣いていたからと思い直して出てきた。
 それなのに当の母親から、見知らぬ他人の犠牲になれと言われて……」

 前回の会話では、中葉さんはさち乃さんの自殺を疑っていたが。
 話すうちに腑に落ちたのか、「……無理もない……」と掠れた声で続けた。

 もしかしたら、と仮説が浮かぶ。

 さち乃さんは、母親に『勧誘』もされたのではないだろうか。
 一緒に〈はたえの会〉の信者になって、てて様を救おうと言われたのではないだろうか。

 思い当たるのは、さち乃さんの死亡を知らせる【新聞記事②】。

 〝外傷は左手の爪が一部剥がれかけており〟――

 そして、かず彦さんの証言。【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑧】にあった記述だ。

 〝あんなに苦しんでいたのに。出ていく前に、『痛い』って叫んでいたのに……心配だったけど、怖くて様子も見にいけなかった……〟

 勧誘に熱中するあまり、母親は、娘の……?


 おぞましい想像がふくらみかけたとき、中葉さんが声を上げた。

「話を元に戻しましょう。6月20日の時点では、羽多江光児はデッドラインをさまよっていた」
「だから『間に合わなかった』と……いや、でも」

 前島さんが【とあるホームページ①】を開く。


 〝まだ間に合います〟
 〝どうかよろしくおねがいします〟


「……なつ子さんは、これを見て希望を取り戻した。だから作戦を変えたんです。
 これまでのようにちまちまと生命力を貯めて、羽多江光児に移していてはいつまで経っても『再生』できない。
 だから、『貯める』という行程を省いた」

 時短テクニックのように言うが、すなわち。

 ――生命力を、『直接』移すということですか

 中葉さんは頷いた。


「だから堤よう子を家に呼んだんです。かず彦くんを家から出して、〈はたえの会〉の本拠地あるいは羽多江光児の元に連れていくために。
 堤よう子は、まだかず彦くんにしかできない『お役目』があると言った。『仕事』でも『お勤め』でもない、『お役目』です」

 その言葉の真の意味は、言われずともわかる。

「おいおい、そこまで……いや、待て。そんな大事な用事を果たす場面で、堤よう子は何故俺たちを同席させた? 挙げ句の果てに撮影までさせて」
「さあ、そこまでは。推論でいいなら、宣伝のためでしょうか。
 番組を見て、自立支援団体〈TOE〉の認知度が高まって連絡が来れば、それだけ信者ゲットの機会も増えますし」
「……そもそも、なんで九重なつ子は俺たちの番組を介入させたんだ? 息子を秘密裏に長期的に害していたんだろ」
「番組に依頼したのは娘のさち乃さんです。まあうまくいけば、家は片づくし、かず彦くんが外に出るキッカケにもなる」

 なつ子さんにデメリットはほぼない、ということか。
 前島さんの疑問を、中葉さんは要領よく答える。

 ……これほどの推理を組み立てるには、必要な情報の収集も含めて、とてつもない労力を要しただろう。

 しかし中葉さんは、冷静を装っていたが、途中で何度も声が上擦り、唾を飛ばして九重家に隠された秘密を説いた。
 明らかに興奮しているのが見て取れて、彼をここまで突き動かすものの正体が再び気になった。

【推理/中葉さんの真実】


 前島さんが重苦しいため息をついた。

「それで中葉。おまえ、この後はどうするつもりなんだ?」
「もっと情報を集めるつもりです。例のコンテストにも参加してもらって、読者から情報提供を呼びかけます」

 ですよね、と目配せで確認されて、そういう『契約』だったことを思い出した。

 報酬は既にいただいているので最後までやり切るが、予想以上に大掛かりな話になってしまった。

 運営サイトから公開禁止を喰らうのでは、この身に危険が及ぶのではと心配していると、中葉さんが改まった態度で、「その前に、ひとつ確認したいんですけど」と訊いた。


「このハナシ、面白いですか?」

 ……前島さん共々、間抜けな声が出た。
 ハナシ? 面白い?
 まさかこれまで長々と話していたことは、と疑いかけたが。

「ハナシって作り話って意味じゃないですよ。記事として、ドキュメンタリーとして、世間の耳目を集められるかって意味です」

 中葉さんがすかさず注釈した。

「ベテランテレビマンとして、前島さんはどう思いますか?」
「あ、ああ……最初のフックが『家の片づけと家族の問題』で、身近な話だから興味は惹けるかと思うが。視聴者は手を止めそうではある……」

「作家としては? どうですか?」

 ――物語の展開……じゃなくて、話の広がり方は意外性も手伝って、とても良いかと思います……

 気の弱い新人編集者のような口調になってしまった。

「そうですか。うん。よかった」

 中葉さんは頷きながら、手際よく原稿や資料を鞄にしまった。

「中葉……おまえの目的は、かず彦くんを探すことだよな?」

 前島さんが念を押した。
 だが中葉さんは曖昧な返事をした。

「いやぁ……それももちろんありますよ。というか親子の消息をつかむためにも、この作品は注目してもらわないと困ります」

 中葉さんがタブレットに触れる。

「ネットでバズれば、このネタを買い取ってくれる会社が現れるかもしれない。
 九重親子の行方もわかるかもしれないし、俺の映像クリエイターとしての寿命も伸びるかもしれない。
 誰も知らなかった真実を突き止めて、世間を驚かせられるかもしれない」

 中葉さんは抑揚なくつぶやいた。

 彼を動かすものの正体が見えたような気がした。

 かず彦さんの安否を心配する気持ちも、さち乃さんの無念を悼む気持ちも嘘ではないのだろう。
 だが、なつ子さんの真実や、熱狂的カルト教団への好奇心も持っている。
 加えて、自分のキャリアをアップさせたい願望。

 それらすべてが、中葉さんをこの『ネタ』に執着させているのだ。

 欲望でギラつく瞳に、前島さんがたじろいだ。

「全部明らかにするまで、俺は諦めません。何でもしてやりま……痛っ」

 中葉さんが、ずっと死角に隠してあった左手をあげた。
 薬指の先には絆創膏が貼られてあった。

「中葉っ……おまえ、その爪……」

 痛みに喘ぐ中葉さんに、前島さんが追及した。

「〈はたえの会〉の集会映像を入手したツテ……って、まさか」
「行動、早くなったでしょう、俺。新人の頃、よくモタモタするな、判断は素早くしろって後藤さんに叱られてたなぁ」

 ハハハ、と中葉さんが無理に笑う。
 何か言いたげな前島さんをスルーして、中葉さんはこちらを向いた。

「これから、〈はたえの会〉の上層部に接触します。
 羽多江光児が生きているのか死んでいるのか、九重親子はどうなったのか突き止めてみせますから――全部書いてください」

 中葉さんが深々と頭を下げた。
 その背後で、前島さんは渋面を作っている。

「また連絡します」

 そう約束して、中葉さんは喫茶店を出ていった。

【後書き/ある親子をさがしています】


 以上が、中葉さんとのやりとりのすべてである。
 最後の打ち合わせをした秋から今日にかけて、筆者は契約どおり、中葉さんが調べたことと推理をあますことなく書き出した。

 改めて、読んでくださった方々に呼びかけたい。


 ある親子を探しています。
 2018年6月まで***市内に住んでいて、テレビ番組『整うバラエティ 再生P!』に出演しました。

 失踪時期は不明。失踪時の服装や状況は不明。

 母親の名前は九重なつ子さん。現在は53歳。
 体格は小柄。常に笑顔で周囲と接する。

 カルト教団〈はたえの会〉の会員であるが――〈はたえの会〉はある時期より、世間から消えた。
 現在は、ネットにも情報がほとんどない。また活動存続しているのか解散したのかさえ不明だ。
 秋までは閲覧できていた関係者のSNS、ブログ、ネット大辞典は軒並み消去されている。

 また、羽多江グループは数年前に解体され、経営陣は一新している。
 羽多江光児の訃報は検索しても見つからなかった。
 世間的には生死不明とされている。


 息子の名前は九重かず彦さん。現在は30歳。
 体格は痩せぎす。
 生きている可能性は低い。


 九重なつ子さんあるいはかず彦さんらしき人物に心当たりがある方は、どうぞ筆者までお知らせください。

 どんな些細な情報でも構いません。
 必ず、中葉さんにお伝えいたします。

 追記があれば、この後のページでお知らせします。



 どうかよろしくお願いいたします。

【追記:2025年1月25日】


 たくさんの情報提供、ありがとうございます。

 中葉さんにお伝えしました。

【追記:2025年1月26日】


 追加の情報提供、ありがとうございます。

 中葉さんにお伝えしました。

 重要な手がかりが見つかったそうで、また連絡するとおっしゃっていました。

【追記:2025年1月27日】


 中葉さんと連絡がつかなくなりました。

 引き続き情報を募りますが、お知らせの際は見つからないようお気をつけください。










 どうかよろしくおねがいします





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