【推理/母親の真実】
プツン
画面が暗転した。
――……
無意識でワイヤレスイヤホンを外した。
手元に目をやると、用意がいいことに、中葉さんがAI補正を施したお札の画像を差し出した。
生命力を吸って貯めるための呪いの札。
集会映像の中に出たものと一致していた。
「つまり中葉、おまえが言いたいのはこういうことか?」
「え?」
「なつ子さんは、〈はたえの会の〉の信者だった。
なつ子さんは、かず彦くんにまじない……いや呪いをかけていた。
実の息子の生命力を奪っていた。
寿命が尽きかけている教祖、羽多江光児を生きながらえさせるために……」
「ええ、そうです。死にかけの老いぼれを延命させるための、いわば生贄にしていたんです。……あ、今の暴言は信者に聞かれたら粛正されちまいますね」
ははは、と中葉さんは乾いた笑いを漏らした。
その目に光はない。
「そんなことが……あるわけない」
「何がです? 生命力を奪って他人に移すなんていう呪術とか魔術みたいなシロモノがある点ですか? いやいや前島さん、忘れたんですか?」
「何をだ」
「俺たち、『再生P!』以外の現場で何度も遭遇したじゃないですか。現代の科学では説明できない、オカルトめいた、非科学的な、およそ信じがたい……って形容詞が似合いそうな出来事も現象も」
「それは否定しねぇけどよ……」
「まだ納得できないって顔ですね。何がそんなに疑問なんですか?」
――なつ子さんの人物像と、これらの行動が大きく乖離している……と言いたいのでは?
――彼女がそんなことをする人間に思えないと、前島さんは違和感を覚えてるのではないですか
つい口をはさむと、図星だったようで前島さんが頷く。
「闇雲に母性を信じてるわけじゃないが……」
「いや、わかりますよ。
なつ子さん……『我が子を過度に甘やかす母親』のイメージそのものである彼女がこんな非道な行いをするか? って話ですよね。論理じゃなくて印象の問題です」
「……二面性があるやつなんてゴロゴロいるが、なつ子さんは絶対に違った。
あの年で、こっちが心配になるくらい善良だった。他人を騙し通せる人種じゃない」
「そうですよね。ああいうタイプの女性、ちょっと裏や地下にもぐればいくらでも見かけます。そういうドキュメンタリーも前島さんと撮りましたよね。
常にニコニコしてて、身勝手な他人に尽くして振り回されて、何を言われても反論せずに受け入れる、我が子にさえ強く出られない……あの笑顔もしゃべり方も、そういう女性の特徴そのまんまだった。なのに」
「なのに?」
「どこにでもいる意志薄弱な、可哀想な女だったはずなのに……記憶を掘り起こしてみても、テープの映像を観ても、なつ子さんが何を考えているのか見当もつかないんです」
画面になつ子さんの顔写真が表示される。
眉を下げて、弱々しげな困ったような笑みだった。
「笑顔の裏で何を考えているのかつかめない。今更ですけどそんな闇みたいなものを感じて……」
「そんな……気弱ではあるが、あの愛情深さはホンモノだった。俺は長年業界にいて、多種多様な人間と会ってきた。人を見る目には自信がある。
彼女の言葉や行動にウソはなかった。常に我が子にすら気遣って……」
――そうですね。
――たとえ愛犬相手でも、息子の部屋に近づいたら叱りつけたりして、……
――あ
「気づきましたか」
中葉さんがニヤリと口の端を上げた。
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ②】のページを開いて、参照する。
母親と娘の口論に、小型犬のピピちゃんが怯えて逃げ出すシーン。
〝ダメぇえええええ!!〟
〝ダメ! ダメよ! かずくんの部屋に入っちゃダメ!〟
〝さっきまでの態度が嘘のような剣幕だった〟と描写するほどの必死さで、なつ子さんは愛犬をかず彦さんの部屋に入るのを阻止した。
「そりゃそうだ。だってかず彦くんの部屋に入ったら、ピピちゃんは布団に貼ったお札の影響を受けるんですから」
カビや虫で瞬殺。
ネズミでも家の外に出るくらいの猶予はあったが、死んだ。
小型犬のピピちゃんも無事では済まないだろう。
「参ったな……でも、そりゃそうか」
前島さんがページを繰って、その続きにある、傷心のなつ子さんに対するインタビューに目を通した。
なつ子さんは怖がるピピちゃんを抱きしめて、赤子にするようにあやしていた。
その姿は、〝まさに聖母のようだった〟。
「前島さんならわかってくれると思ってましたよ」
「犬は……可愛いからな。余計なことをしないし、言わない。愛情をそそげばちゃんと愛情を返してくれる。犬は……愛していい『家族』だ」
愛犬家であるという前島さんが拳を握った。その左手には結婚指輪の日焼け痕がある。
中葉さんは嘲笑混じりに言った。
「なつ子さんが愛情深くて家族想いの人間だったのは確実に真実です――けど。
なつ子さんの『家族』って誰だったんでしょうかね」
〝わたしは、
わたしの家族を、
再生したいんです〟
なつ子さんが何度も言っていたこの願い。
『再生』が別の意味を持った今。
なつ子さんは、自分が産み育てた実子たちをどう思っていたのだろう。
長い間働きもせず部屋に閉じこもり、食事にばかみたいなケチをつけるかず彦さんのことを。
優しさのカケラもない正論で母親を言及し、金銭を搾取するさち乃さんのことを。
エヘヘと笑って「ごめんなさい」と謝る、そのくりかえしの裏側で。
さち乃さんの遺体を確認した夜。
〝再生、……間に合わなかった……っ!〟
そう号泣したなつ子さんの悲しみは、どこに向けられていたのか。
プツン
画面が暗転した。
――……
無意識でワイヤレスイヤホンを外した。
手元に目をやると、用意がいいことに、中葉さんがAI補正を施したお札の画像を差し出した。
生命力を吸って貯めるための呪いの札。
集会映像の中に出たものと一致していた。
「つまり中葉、おまえが言いたいのはこういうことか?」
「え?」
「なつ子さんは、〈はたえの会の〉の信者だった。
なつ子さんは、かず彦くんにまじない……いや呪いをかけていた。
実の息子の生命力を奪っていた。
寿命が尽きかけている教祖、羽多江光児を生きながらえさせるために……」
「ええ、そうです。死にかけの老いぼれを延命させるための、いわば生贄にしていたんです。……あ、今の暴言は信者に聞かれたら粛正されちまいますね」
ははは、と中葉さんは乾いた笑いを漏らした。
その目に光はない。
「そんなことが……あるわけない」
「何がです? 生命力を奪って他人に移すなんていう呪術とか魔術みたいなシロモノがある点ですか? いやいや前島さん、忘れたんですか?」
「何をだ」
「俺たち、『再生P!』以外の現場で何度も遭遇したじゃないですか。現代の科学では説明できない、オカルトめいた、非科学的な、およそ信じがたい……って形容詞が似合いそうな出来事も現象も」
「それは否定しねぇけどよ……」
「まだ納得できないって顔ですね。何がそんなに疑問なんですか?」
――なつ子さんの人物像と、これらの行動が大きく乖離している……と言いたいのでは?
――彼女がそんなことをする人間に思えないと、前島さんは違和感を覚えてるのではないですか
つい口をはさむと、図星だったようで前島さんが頷く。
「闇雲に母性を信じてるわけじゃないが……」
「いや、わかりますよ。
なつ子さん……『我が子を過度に甘やかす母親』のイメージそのものである彼女がこんな非道な行いをするか? って話ですよね。論理じゃなくて印象の問題です」
「……二面性があるやつなんてゴロゴロいるが、なつ子さんは絶対に違った。
あの年で、こっちが心配になるくらい善良だった。他人を騙し通せる人種じゃない」
「そうですよね。ああいうタイプの女性、ちょっと裏や地下にもぐればいくらでも見かけます。そういうドキュメンタリーも前島さんと撮りましたよね。
常にニコニコしてて、身勝手な他人に尽くして振り回されて、何を言われても反論せずに受け入れる、我が子にさえ強く出られない……あの笑顔もしゃべり方も、そういう女性の特徴そのまんまだった。なのに」
「なのに?」
「どこにでもいる意志薄弱な、可哀想な女だったはずなのに……記憶を掘り起こしてみても、テープの映像を観ても、なつ子さんが何を考えているのか見当もつかないんです」
画面になつ子さんの顔写真が表示される。
眉を下げて、弱々しげな困ったような笑みだった。
「笑顔の裏で何を考えているのかつかめない。今更ですけどそんな闇みたいなものを感じて……」
「そんな……気弱ではあるが、あの愛情深さはホンモノだった。俺は長年業界にいて、多種多様な人間と会ってきた。人を見る目には自信がある。
彼女の言葉や行動にウソはなかった。常に我が子にすら気遣って……」
――そうですね。
――たとえ愛犬相手でも、息子の部屋に近づいたら叱りつけたりして、……
――あ
「気づきましたか」
中葉さんがニヤリと口の端を上げた。
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ②】のページを開いて、参照する。
母親と娘の口論に、小型犬のピピちゃんが怯えて逃げ出すシーン。
〝ダメぇえええええ!!〟
〝ダメ! ダメよ! かずくんの部屋に入っちゃダメ!〟
〝さっきまでの態度が嘘のような剣幕だった〟と描写するほどの必死さで、なつ子さんは愛犬をかず彦さんの部屋に入るのを阻止した。
「そりゃそうだ。だってかず彦くんの部屋に入ったら、ピピちゃんは布団に貼ったお札の影響を受けるんですから」
カビや虫で瞬殺。
ネズミでも家の外に出るくらいの猶予はあったが、死んだ。
小型犬のピピちゃんも無事では済まないだろう。
「参ったな……でも、そりゃそうか」
前島さんがページを繰って、その続きにある、傷心のなつ子さんに対するインタビューに目を通した。
なつ子さんは怖がるピピちゃんを抱きしめて、赤子にするようにあやしていた。
その姿は、〝まさに聖母のようだった〟。
「前島さんならわかってくれると思ってましたよ」
「犬は……可愛いからな。余計なことをしないし、言わない。愛情をそそげばちゃんと愛情を返してくれる。犬は……愛していい『家族』だ」
愛犬家であるという前島さんが拳を握った。その左手には結婚指輪の日焼け痕がある。
中葉さんは嘲笑混じりに言った。
「なつ子さんが愛情深くて家族想いの人間だったのは確実に真実です――けど。
なつ子さんの『家族』って誰だったんでしょうかね」
〝わたしは、
わたしの家族を、
再生したいんです〟
なつ子さんが何度も言っていたこの願い。
『再生』が別の意味を持った今。
なつ子さんは、自分が産み育てた実子たちをどう思っていたのだろう。
長い間働きもせず部屋に閉じこもり、食事にばかみたいなケチをつけるかず彦さんのことを。
優しさのカケラもない正論で母親を言及し、金銭を搾取するさち乃さんのことを。
エヘヘと笑って「ごめんなさい」と謝る、そのくりかえしの裏側で。
さち乃さんの遺体を確認した夜。
〝再生、……間に合わなかった……っ!〟
そう号泣したなつ子さんの悲しみは、どこに向けられていたのか。



