【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ①】
以下に記すのは、『整うバラエティ 再生P!』の未放送テープを書き起こしたもの――筆者がそのテープを視聴して、小説形式に仕立てたものである。
個人の深い感情や思想、背景などはなるべく省き、ただ事実だけをフラットに書いていくつもりだ。
依頼者の中葉さんは語る。
「よく思い返せば、あの家は最初からおかしかった」
どこがおかしいのか、みなさまにも考えていただきたい。
*
2018年6月8日(金曜日)
梅雨の合間の、蒸し暑い曇天の日だった。
***市のとある住宅街で、あるテレビ番組の撮影が行われた。
『整うバラエティ 再生P!』
2020年末まで、***市北部にのみ放送された番組だ。
いわゆる『整理整頓・清掃』を扱った番組で、散らかった家に悩む家族を募集し、番組スタッフが手を貸して、家そして家族が抱える問題を解決する――という趣旨だった。
ちなみに『P』はプロジェクトのPである。
視聴率は安定していたが、コロナ禍によって取材ができなくなり、新しいものが作れず、ひっそりと終了した。
「――はい、ここが今回の依頼者、九重さんの御宅です。本日が初現場の中葉くん、どうですかー?」
ワゴン車内で、ハンディカメラが中葉さんに向けられる。
撮影しているのは、ディレクターとインタビュアーを兼任している前島さん(仮名)だ。
メインカメラとは別に小さめのカメラを手持ちし、依頼者の生の声を聞き取る。
前島さんは小さな映像制作会社の社長で、初期から『再生P!』の制作を手掛けている。
そして中葉さんは、その前島さんの会社に就職したばかりだった。
「きゃあ!」
突如、狭い車内で女性の悲鳴が響いた。
後ろの座席を振り返ると、先輩ADの後藤さん(仮名)が顔を覆っている。
「蜂、でっかい蜂が窓にひっついている! 隙間から入ってこようとしてる!」
前島さんが窓をすばやく閉めた。後藤さんがホッとして礼を述べた。
「後藤の虫嫌いは、相変わらずひどいな」
「仕方ないじゃん。苦手なものは苦手なんだから」
ひとつ結びにした金髪をいじりながら、後藤さんはブツブツ答えた。
このとき、中葉さんは内心(大丈夫だろうか……)と思ったと言う。
車を降りて、ある家の前に立った。
築三十年、木造二階建て。
荒れ果てた小さな庭には車輪のない自転車が倒れ、郵便ポストは錆びつき、格子が入ったガラス戸は手垢と雨埃で薄汚れていた。
事前に中葉さんが見せられた資料写真によると、この家は大量の必需品、不用品、廃棄物が混在する『なかなかの大物』らしい。
ピンポーン
番組のオープニングを撮り終えた後藤さんが、玄関チャイムを鳴らした。
その後ろには中葉さん。アルバイトの雑用係・上町さん(仮名)、下村さん(仮名)。殿で前島さんがカメラを回している。
映像には映っていないが、メインカメラマンや音響係、照明係、アシスタントなど、他に数名のスタッフもいたそうだ。
引き戸が軋んだ音を立てて、開いた。
中から、小型犬を抱いた40代後半の女性が出てきた。
「あ、初めまして……!」
手入れの行き届いていない髪に、毛玉だらけの黒いセーター。擦り切れた黒いジーンズ、ポケットに穴が空いているエプロン。
怪我をしているのか、左手の薬指全体に包帯を巻いている。
依頼者の家主、九重なつ子さん(47歳)だ。
夫と離別し、息子のかず彦さん(24歳)と娘のさち乃さん(18歳)と暮らしている。
「初めまして! 『整うバラエティ 再生P!』の特攻隊長、後藤です。今日は九重さんのおうちを片づけにきました!」
後藤さん番組用のキャラクターで挨拶する。
「どうかお力添えください……! わたし、家族を再生させたいです……!」
深々となつ子さんは頭を下げた。
その後ろから、緊張した面持ちのさち乃さんが出てきた。
娘のさち乃さんは高校生。茶髪で健康的に日焼けした肌の少女だ。
カメラが、玄関すぐ隣にある部屋の窓を映す。
黄ばんだカーテンの隙間から、かず彦さんがスタッフ一行を覗き見していた。
かず彦さんは、中学を卒業して以来、家から一歩も外に出ていない。
いわゆるニートのひきこもりだった。
以下に記すのは、『整うバラエティ 再生P!』の未放送テープを書き起こしたもの――筆者がそのテープを視聴して、小説形式に仕立てたものである。
個人の深い感情や思想、背景などはなるべく省き、ただ事実だけをフラットに書いていくつもりだ。
依頼者の中葉さんは語る。
「よく思い返せば、あの家は最初からおかしかった」
どこがおかしいのか、みなさまにも考えていただきたい。
*
2018年6月8日(金曜日)
梅雨の合間の、蒸し暑い曇天の日だった。
***市のとある住宅街で、あるテレビ番組の撮影が行われた。
『整うバラエティ 再生P!』
2020年末まで、***市北部にのみ放送された番組だ。
いわゆる『整理整頓・清掃』を扱った番組で、散らかった家に悩む家族を募集し、番組スタッフが手を貸して、家そして家族が抱える問題を解決する――という趣旨だった。
ちなみに『P』はプロジェクトのPである。
視聴率は安定していたが、コロナ禍によって取材ができなくなり、新しいものが作れず、ひっそりと終了した。
「――はい、ここが今回の依頼者、九重さんの御宅です。本日が初現場の中葉くん、どうですかー?」
ワゴン車内で、ハンディカメラが中葉さんに向けられる。
撮影しているのは、ディレクターとインタビュアーを兼任している前島さん(仮名)だ。
メインカメラとは別に小さめのカメラを手持ちし、依頼者の生の声を聞き取る。
前島さんは小さな映像制作会社の社長で、初期から『再生P!』の制作を手掛けている。
そして中葉さんは、その前島さんの会社に就職したばかりだった。
「きゃあ!」
突如、狭い車内で女性の悲鳴が響いた。
後ろの座席を振り返ると、先輩ADの後藤さん(仮名)が顔を覆っている。
「蜂、でっかい蜂が窓にひっついている! 隙間から入ってこようとしてる!」
前島さんが窓をすばやく閉めた。後藤さんがホッとして礼を述べた。
「後藤の虫嫌いは、相変わらずひどいな」
「仕方ないじゃん。苦手なものは苦手なんだから」
ひとつ結びにした金髪をいじりながら、後藤さんはブツブツ答えた。
このとき、中葉さんは内心(大丈夫だろうか……)と思ったと言う。
車を降りて、ある家の前に立った。
築三十年、木造二階建て。
荒れ果てた小さな庭には車輪のない自転車が倒れ、郵便ポストは錆びつき、格子が入ったガラス戸は手垢と雨埃で薄汚れていた。
事前に中葉さんが見せられた資料写真によると、この家は大量の必需品、不用品、廃棄物が混在する『なかなかの大物』らしい。
ピンポーン
番組のオープニングを撮り終えた後藤さんが、玄関チャイムを鳴らした。
その後ろには中葉さん。アルバイトの雑用係・上町さん(仮名)、下村さん(仮名)。殿で前島さんがカメラを回している。
映像には映っていないが、メインカメラマンや音響係、照明係、アシスタントなど、他に数名のスタッフもいたそうだ。
引き戸が軋んだ音を立てて、開いた。
中から、小型犬を抱いた40代後半の女性が出てきた。
「あ、初めまして……!」
手入れの行き届いていない髪に、毛玉だらけの黒いセーター。擦り切れた黒いジーンズ、ポケットに穴が空いているエプロン。
怪我をしているのか、左手の薬指全体に包帯を巻いている。
依頼者の家主、九重なつ子さん(47歳)だ。
夫と離別し、息子のかず彦さん(24歳)と娘のさち乃さん(18歳)と暮らしている。
「初めまして! 『整うバラエティ 再生P!』の特攻隊長、後藤です。今日は九重さんのおうちを片づけにきました!」
後藤さん番組用のキャラクターで挨拶する。
「どうかお力添えください……! わたし、家族を再生させたいです……!」
深々となつ子さんは頭を下げた。
その後ろから、緊張した面持ちのさち乃さんが出てきた。
娘のさち乃さんは高校生。茶髪で健康的に日焼けした肌の少女だ。
カメラが、玄関すぐ隣にある部屋の窓を映す。
黄ばんだカーテンの隙間から、かず彦さんがスタッフ一行を覗き見していた。
かず彦さんは、中学を卒業して以来、家から一歩も外に出ていない。
いわゆるニートのひきこもりだった。



