【推理/『おばさん』の正体】
「結論から言うと、『おばさん』の正体は支援員の堤さんです」
中葉さんはタブレットに、ある女性の画像を表示させた。
白いスーツに身を包んだ、50代前半くらいの柔和そうな女性。
ひきこもりの自立支援をするNPO法人『TOE』の職員で、かず彦さんを家の外に出るよう説得した人だ。
「実はというと、お礼を言わないといけません」
――はい?
「堤さんの正体にたどり着けたのは、未編集テープの書き起こしのおかげなんですよ。ほら、この部分です」
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑨】内の記述に、中葉さんがマーカーで線を引いた。
かず彦さんと堤さんの会話だ。
〝ぜんぶ、手遅れなんです……間に合わないんです……〟
妹のさち乃さんの死に絶望するかず彦さんに、堤さんが言葉をかける。
〝間に合わない、なんて言わないで。かず彦さんには、まだかず彦さんにしかできないお役目があるわ〟
そう言って、堤さんがかず彦さんの手を握るのが映像に残っていた。
〝薬指にだけ布製の指カバーをつけた手が、〟
――ああ……
「当時目の当たりにしたときも、未編集テープを検証したときも俺は気づきませんでした。事細やかに描写していただいたおかげです」
中葉さんに礼を述べられ、前島さんにも軽く会釈された。
――それは……恐縮です。
「薬指だけの指カバーは、当然ながら〈はたえの会〉の信者ファッション――剥がした爪を隠すためだろう。保護目的もあるんだろうが……」
前島さんが言い足す。
「堤さんについて調べるため、今度は画像検索を使いました。映像にあった堤さんの、なるべく正面を向いた顔のスクショを使って」
――画像検索……
――ああ、花や鳥の写真から名称を調べたり、作ったデザインに類似したものがないか調べるあれですか
テキストで表現しにくい内容や、名前がわからない人物・商品を探すとき重宝される。
――SNSで流れてきた芸能人のアー写で検索して情報を得る、といった使い方はできるそうですけど。
――一般の人を探すのにも応用できるんですか?
「できますが、ちょっとコツがいるそうです。その辺のノウハウがなかったので仕方なくプロに頼んで探してもらいました。依頼料はちょっと……足元を見られましたけど」
苦笑いする中葉さんに、隣に座る前島さんは険しい視線を向けている。
……初の対面での打ち合わせで、中葉さんは「映像制作の仕事が少なくて懐が厳しい」と困窮を匂わせていた。
画像検索のプロへの報酬の相場は知らないが、数千円程度ではないだろう。
今更だが、中葉さんのこの調査に関する入れ込みは相当なものだ。
「かず彦さんを心配して」「昔の自分に似ていたから放っておけない」というのが調査する理由らしいが、所詮は数年前に一度会っただけの関係。
この執着(と表現しても差し支えはないだろう)の動機には弱すぎるように思う。
……九重家の事件もだけれど、中葉さんの熱量もだんだん異様に思えてきた。
「無事に見つかりました。名前は堤よう子。家族どころか親戚一同〈はたえの会〉の信者です」
堤よう子さんのSNSを画面に表示させる。
以下はプロフィール欄の一部転載である。
【〈はたえの会〉会員/NPO法人〈TOE〉職員/設立初期からてて様の家族です/新しい家族との橋渡しもやっています。お気軽にDMどうぞ(ネイル)】
文末の、『爪』にマニキュアを塗る絵文字がなんとも意味深だ。
意味がわかる者にだけ伝わればいいと、【とあるホームページ】の①と②にも通じる排他的な思想を感じる。
「このアカウントの更新は2年前に止まっています。すべての投稿もチェックしましたが、なつ子さんらしき人は見当たりませんでした」
投稿した画像に見切れる、テキストになつ子さんの存在の匂わせもなかったそうだ。
――なら、〈TOE〉という支援団体は〈はたえの会〉関連だったということですね?
「そのようです」
ふたつを合わせたら『十重二十重』。偶然ではあるまい。
十重二十重の意味は「幾重にも重なること」。
あるいは、「幾重にも取り囲む様子」。
……やはり意味深に感じる。
「堤よう子の投稿内容は至ってマトモです。〈TOE〉の職員としての心意気の表明、被支援者のために東へ西へ走り回る記録ばかりで、たまに『てて様』への想いをつづる。それも『感謝してます』などの短文ばかり」
「そこらの一般的な信者とは格が違うってのが、さりげなく表出してるんだよな」
「はい。堤よう子の投稿と、未編集テープの内容、俺が用意した資料を合わせると、時系列がはっきりします」
中葉さんが原稿の1ページ目、【新聞記事①】を開いた。
2018年6月1日の記事。
見出しは、『近代の立志伝中の人 入院』。
羽多江光児の入院を知らせるニュースだ。
83歳の高齢での入院……となると、『家族』は覚悟しなくてはならないだろう。
……と、考えたところでふと、改めて疑問がよぎった。
羽多江光児は、存命なのだろうか?
「堤よう子によると、新聞記事の数日前から入院したようです。それと、覚えていますか?
なつ子さんがかず彦くんにお札でおまじないをかけたとされる時期」
急に話が飛んだ、と一瞬だけ思ったが。
――2018年の6月頭……
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑤】内の記述だ。
なつ子さんとスタッフの後藤さんの説得でキレたかず彦さんが喚き散らすシーン。
〝せ、先々週、この人たちが来るずっと前だったのに、ぼくの部屋に入ったじゃないか〟
それに対してさち乃さんはこう言い返している。
〝あんたの布団を換えてたんだろ〟
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑩】にも同様の記述がある。
〝万年床は、6月頭になつ子さんが新品に換えたそうなので――〟
――羽多江光児の入院と、ほぼ同時期ににおまじないをかけた?
お札によって生命力を吸うまじないを。
「次は【企業(羽多江グループ)のホームページ】です」
〝羽多江は現在、集中治療室に入っており、いわゆる危篤状態となっております〟
羽多江光児の危篤を知らせ、あの謎の文章(どうかよろしくおねがいします)が続いた声明が公開されたのは、6月17日だ。
手元にあるさち乃さんが遺した日記と見比べる。
〝6月17日
ママが泣いてた。
おばさんと電話しているうちに、どんどん泣いている声になった〟
――なつ子さんが泣いたのは、羽多江光児が亡くなりかけていると知ったから……?
「知らせたのは堤よう子だろうな」
「はい。それで気になるのが、『なつ子さんがさち乃さんに協力してほしいこと』です」
――16日と、18日に書いてあることですね。
「前回言ったとおり、『協力してほしい』はおそらくかず彦くんに関することではないと考えられます」
――では、何に……
中葉さんの顔を見て、途中で言葉が切れた。
中葉さんは激しく瞬きをし、テーブルに置いた右手が震えている。
怯えている――いや、興奮しているように見えた。
「……生命力を、吸って、貯める……」
――え?
「そちらが言いましたよね。『吸って貯めた生命力はどうするのか』と」
――はい……
「それがどうしても気になって、……調べました」
「結論から言うと、『おばさん』の正体は支援員の堤さんです」
中葉さんはタブレットに、ある女性の画像を表示させた。
白いスーツに身を包んだ、50代前半くらいの柔和そうな女性。
ひきこもりの自立支援をするNPO法人『TOE』の職員で、かず彦さんを家の外に出るよう説得した人だ。
「実はというと、お礼を言わないといけません」
――はい?
「堤さんの正体にたどり着けたのは、未編集テープの書き起こしのおかげなんですよ。ほら、この部分です」
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑨】内の記述に、中葉さんがマーカーで線を引いた。
かず彦さんと堤さんの会話だ。
〝ぜんぶ、手遅れなんです……間に合わないんです……〟
妹のさち乃さんの死に絶望するかず彦さんに、堤さんが言葉をかける。
〝間に合わない、なんて言わないで。かず彦さんには、まだかず彦さんにしかできないお役目があるわ〟
そう言って、堤さんがかず彦さんの手を握るのが映像に残っていた。
〝薬指にだけ布製の指カバーをつけた手が、〟
――ああ……
「当時目の当たりにしたときも、未編集テープを検証したときも俺は気づきませんでした。事細やかに描写していただいたおかげです」
中葉さんに礼を述べられ、前島さんにも軽く会釈された。
――それは……恐縮です。
「薬指だけの指カバーは、当然ながら〈はたえの会〉の信者ファッション――剥がした爪を隠すためだろう。保護目的もあるんだろうが……」
前島さんが言い足す。
「堤さんについて調べるため、今度は画像検索を使いました。映像にあった堤さんの、なるべく正面を向いた顔のスクショを使って」
――画像検索……
――ああ、花や鳥の写真から名称を調べたり、作ったデザインに類似したものがないか調べるあれですか
テキストで表現しにくい内容や、名前がわからない人物・商品を探すとき重宝される。
――SNSで流れてきた芸能人のアー写で検索して情報を得る、といった使い方はできるそうですけど。
――一般の人を探すのにも応用できるんですか?
「できますが、ちょっとコツがいるそうです。その辺のノウハウがなかったので仕方なくプロに頼んで探してもらいました。依頼料はちょっと……足元を見られましたけど」
苦笑いする中葉さんに、隣に座る前島さんは険しい視線を向けている。
……初の対面での打ち合わせで、中葉さんは「映像制作の仕事が少なくて懐が厳しい」と困窮を匂わせていた。
画像検索のプロへの報酬の相場は知らないが、数千円程度ではないだろう。
今更だが、中葉さんのこの調査に関する入れ込みは相当なものだ。
「かず彦さんを心配して」「昔の自分に似ていたから放っておけない」というのが調査する理由らしいが、所詮は数年前に一度会っただけの関係。
この執着(と表現しても差し支えはないだろう)の動機には弱すぎるように思う。
……九重家の事件もだけれど、中葉さんの熱量もだんだん異様に思えてきた。
「無事に見つかりました。名前は堤よう子。家族どころか親戚一同〈はたえの会〉の信者です」
堤よう子さんのSNSを画面に表示させる。
以下はプロフィール欄の一部転載である。
【〈はたえの会〉会員/NPO法人〈TOE〉職員/設立初期からてて様の家族です/新しい家族との橋渡しもやっています。お気軽にDMどうぞ(ネイル)】
文末の、『爪』にマニキュアを塗る絵文字がなんとも意味深だ。
意味がわかる者にだけ伝わればいいと、【とあるホームページ】の①と②にも通じる排他的な思想を感じる。
「このアカウントの更新は2年前に止まっています。すべての投稿もチェックしましたが、なつ子さんらしき人は見当たりませんでした」
投稿した画像に見切れる、テキストになつ子さんの存在の匂わせもなかったそうだ。
――なら、〈TOE〉という支援団体は〈はたえの会〉関連だったということですね?
「そのようです」
ふたつを合わせたら『十重二十重』。偶然ではあるまい。
十重二十重の意味は「幾重にも重なること」。
あるいは、「幾重にも取り囲む様子」。
……やはり意味深に感じる。
「堤よう子の投稿内容は至ってマトモです。〈TOE〉の職員としての心意気の表明、被支援者のために東へ西へ走り回る記録ばかりで、たまに『てて様』への想いをつづる。それも『感謝してます』などの短文ばかり」
「そこらの一般的な信者とは格が違うってのが、さりげなく表出してるんだよな」
「はい。堤よう子の投稿と、未編集テープの内容、俺が用意した資料を合わせると、時系列がはっきりします」
中葉さんが原稿の1ページ目、【新聞記事①】を開いた。
2018年6月1日の記事。
見出しは、『近代の立志伝中の人 入院』。
羽多江光児の入院を知らせるニュースだ。
83歳の高齢での入院……となると、『家族』は覚悟しなくてはならないだろう。
……と、考えたところでふと、改めて疑問がよぎった。
羽多江光児は、存命なのだろうか?
「堤よう子によると、新聞記事の数日前から入院したようです。それと、覚えていますか?
なつ子さんがかず彦くんにお札でおまじないをかけたとされる時期」
急に話が飛んだ、と一瞬だけ思ったが。
――2018年の6月頭……
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑤】内の記述だ。
なつ子さんとスタッフの後藤さんの説得でキレたかず彦さんが喚き散らすシーン。
〝せ、先々週、この人たちが来るずっと前だったのに、ぼくの部屋に入ったじゃないか〟
それに対してさち乃さんはこう言い返している。
〝あんたの布団を換えてたんだろ〟
【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑩】にも同様の記述がある。
〝万年床は、6月頭になつ子さんが新品に換えたそうなので――〟
――羽多江光児の入院と、ほぼ同時期ににおまじないをかけた?
お札によって生命力を吸うまじないを。
「次は【企業(羽多江グループ)のホームページ】です」
〝羽多江は現在、集中治療室に入っており、いわゆる危篤状態となっております〟
羽多江光児の危篤を知らせ、あの謎の文章(どうかよろしくおねがいします)が続いた声明が公開されたのは、6月17日だ。
手元にあるさち乃さんが遺した日記と見比べる。
〝6月17日
ママが泣いてた。
おばさんと電話しているうちに、どんどん泣いている声になった〟
――なつ子さんが泣いたのは、羽多江光児が亡くなりかけていると知ったから……?
「知らせたのは堤よう子だろうな」
「はい。それで気になるのが、『なつ子さんがさち乃さんに協力してほしいこと』です」
――16日と、18日に書いてあることですね。
「前回言ったとおり、『協力してほしい』はおそらくかず彦くんに関することではないと考えられます」
――では、何に……
中葉さんの顔を見て、途中で言葉が切れた。
中葉さんは激しく瞬きをし、テーブルに置いた右手が震えている。
怯えている――いや、興奮しているように見えた。
「……生命力を、吸って、貯める……」
――え?
「そちらが言いましたよね。『吸って貯めた生命力はどうするのか』と」
――はい……
「それがどうしても気になって、……調べました」



