【奇妙な点⑤/妹の日記】

 中葉さんとのやりとりから、一週間ほど経った日。
 再び、中葉さんから連絡があった。

「先日と同じ喫茶店に来ていただけますか。今度は前島さんも一緒です」

 急な申し出だった。
 『再生P!』のディレクター兼インタビュアー、前島さん。
 中葉さんが九重親子の失踪に疑問を持つキッカケとなった人だ。
 進展があったのかは不明だが、指定された場所へと向かった。


 シャッター通りとなった商店街の端にある喫茶店。
 前回と同じ奥まった席で、中葉さんと前島さんが待っていた。

 「ご足労いただき、ありがとうございます。こちらが前島さんです」
 「初めまして、前島と申します。名刺がなくてすみません」

 前島さんは未編集テープの映像のときより、だいぶ老けた印象の男性だった。
 中葉さんも目の下のクマがより濃くなった。しかし顔つきは精力的というか、目がギラついてる。徹夜が続いた人間特有の表情だ。
 早く本題に入りたそうだったが、注文した飲み物がそろうまで待つ。

「見てほしいのは、妹の……九重さち乃さんの日記です」

 卓上にミニサイズのキャンパスノートが置かれる。
 必要なページ以外は開かないようにふせんが貼られてあった。

 始まりは、6月8日。

 〝あたしを連れ出してほしい〟
 〝この家から〟
 〝あたしを解放してほしい〟
 〝ママとお兄ちゃんから〟

 コピーではない肉筆での本音は、ひどく生々しかった。
 まだ18歳の少女の切実さがひしひしと伝わってくる。

 数日間は母親・なつ子さんと兄・かず彦さんへの恨み節が書かれてあった。
 けれどその裏には、少女が背負うには重すぎる悲哀がある。
 6月12日に親の財布から金銭を盗むとあった。
 それ自体は咎めるべき行為だが、同情は禁じ得ない。

「注目してもらいたいのは、6月11日の記述です」

 〝過去のイヤな記憶のせいで、ぜんぜん眠れなかった。サイアク〟

 愚痴で始まった日記を読み進める。

 〝でも、掃除するのはあたしばかりだ。〟

 〝それどころかママは最近、ヘンに忙しそうだ。〟


 ――〝あのおばさんと、よく電話してるし……〟

「その『おばさん』っていうのは誰なんでしょうか?」

 中葉さんが、小声での音読をふいにさえぎった。

 ――え……普通に親戚のおばさんでは?

「親戚とか近所に住む人、つまり見知った相手なら『あの』はつけないと思います」

 ――たしかに……

「それに、九重さんには親戚はいませんでしたし」

 持参した原稿を確認すると、なつ子さん本人が〝実家の両親は他界、親戚もいない〟と初日の片づけ中に明言していた。

「続きを読んでください」

 〝やけに焦った声で電話していた。今日も。〟


「なつ子さんは『おばさん』なる人物とよく電話をしていた」
「……そういやぁ、なつ子さんは撮影中に通話で中座することが頻繁にあったな」

 前島さんが補足した。

「そのたんびにカメラを止める羽目になるからよ、困ったんだよな。仕事関係かって聞いたら『違う』って、なつ子さん答えたんだよ。『でも大事な連絡だ』っつってたな」
「撮影が中断されるとスケジュールが乱れるから控えてほしいって前島さんが言っても、なつ子さんは電話に出るのやめませんでしたね。ヘンなところで頑なだなって思いました」

 仕事ではない大事な連絡。
『おばさん』なる人物とは、それほど重要な相手だったのか……

「次に『おばさん』が出てくるのは、6月17日です」

 ページを繰る。

 〝ママが泣いてた。〟
 〝おばさんと電話しているうちに、どんどん泣いている声になった。〟

 ――泣いている声……

 笑顔を絶やさなかったなつ子さん。
 我が子とぶつかり合って傷ついても気丈に振る舞っていた。
 そんな彼女が泣いたのは何故か。
 『おばさん』とはいったい誰なのか。


 ――考えられるとしたら……

「そうです。〈はたえの会〉の関係者です」