【奇妙な点④/〈はたえの会〉について】
――〈はたえの会〉って、羽多江光児が作ったカルト教団のことですか?
羽多江光児。
【新聞記事①】に名前が出てきた、羽多江グループの名誉会長だ。
平民からの成り上がりで日本有数の企業グループを作り上げた立志伝中の人――と評される、近代における起業の父。
また、独自の信仰をもつ〈はたえの会〉という宗教団体の創立者でもある。
信者は決して多くないので、一般的にはそれほど浸透していない。
だが信者の熱心さは他に類を見ないと聞く、いわゆるカルト教団である。
――だから【新聞記事①】と【企業のホームページ】が羽多江光児に関するものだったんですね……?
これら添付資料について言及すると、中葉さんは「あとで話す」の一点張りだった。
ここでつながっていたのか。
――……もしや、【とあるホームページ】の①と②は……?
「はい。〈はたえの会〉のトップページのスクショです」
短くて奇怪な文章だった。
〝まだ間に合います〟
〝どうかよろしくおねがいします〟
〝家族のおかげで間に合いそうです〟
〝どうかよろしくおねがいします〟
分かる者にだけ伝わればいいとでも言うような、排他的な文面。
そして意味深な締めの一文。
【企業(羽多江グループ)のホームページ】の、ずっとスクロールした後で現れた、
〝どうかよろしくおねがいします〟
ひらがなの淡々とした、文章。
――家族というのは……?
「それが〈はたえの会〉の一番の特徴なんですよ。関係性が『教祖と信者』ではなく『家族』なんです。
羽多江光児を父とし、信者はみんな羽多江の『子』。信者は皆、『てて様』と呼んでいるとか」
――てて様……『父』の音変化の呼び方ですね
「はい。羽多江光児より年上でも『てて様』と呼びます……正直、個人的にはウッとなりますが、そのルールのおかげで信者同士の結束は強いです。皆、心の底から羽多江光児を慕っている」
説明しながらスマホで〈はたえの会〉を検索する。
信者によるSNSやブログの他、ネット大辞典が出た。
ざっと流し読みしたが、どれもきちんとした文体ではあるが熱が入っていて、教祖――否、父である羽多江光児への心酔がつづられていた。
――つまり、お札は〈はたえの会〉が使うもので、なつ子さんは〈はたえの会〉の信者であると?
「間違いないかと。証左は3つあります。ひとつ、茶の間にあった冊子。ふたつ、なつ子さんの部屋、みっつ……なつ子さんの『指』です」
中葉さんは順番どおりに説明した。
「茶の間にあった、腰までの高さの本棚。紙類が雑多に押し込まれた中に、〈はたえの会〉の勧誘パンフレットがありました」
中葉さんのタブレットに該当するシーンのスクショを拡大表示する。
冊子の端しか見えず、『~の会』としか読めなかったが、次に表示された〈はたえの会〉のパンフレットの表紙と見比べると、フォントデザインの特徴が一致した。
「撮影2日目に入ったなつ子さんの部屋の壁に、備えつけの本棚がありましたよね。そこに数冊の本とオブジェがありました」
2日目の撮影のときだ。
こうして該当シーンのスクショを改めて見ると、たしかに妙だ。
本を収納する棚にしては、位置が高すぎる。
なつ子さんの身長では踏み台でも使わないと手が届きそうにない。
さながら『神棚』のような……
――もしやこれ、〈はたえの会〉の『教典』ですか?
白一色の背表紙には出版社の名前しかなく、著者の名前はない。
「はい。出版社名で調べたら羽多江光児の自費出版本でした。信者本人たちは『教典』じゃなくて『てて様の教え・家訓』という位置づけのようですが」
――家訓……
中葉さんがコーヒーを飲む。
口を潤して、きっと重要なのであろう3つ目の証左について話し出した。
「最後に、なつ子さんの『指』です。包帯を巻いていたの覚えていますか」
――はい。左手の薬指ですよね。映像の中でよく痛そうにしていました。
「これもオカルトライターの知人からの情報ですが、信者の間で浸透している『ファッション』があるんです。これを見てください」
タブレットが切り替わり、数枚の羽多江光児の全身ポートレートが出る。
写真の年の頃は70代だが、背筋がピンと伸びて大物の貫禄を感じさせる。
三つ揃いのスーツを着こなす紳士的な雰囲気だが、どこか威圧感も放っている……カリスマ性というやつだろうか。
「羽多江光児の手元に注目してください。どの写真も左手を下にして重ねているでしょう」
――はい。左手を隠してるような……
「羽多江光児は昔、事故か何かで左手の薬指の爪が剥がれたんだそうです。本人はそれをコンプレックスに思っているようで、人目につかないようにしてるんですが、信者たちは……」
そこで中葉さんは言い淀んだ。
――どうしたんですか?
「いや……配慮とか、気遣いみたいなものでも……行き過ぎると狂気になるなって」
中葉さんがスマホを操作し、SNSのブックマーク一覧を開く。
〈はたえの会〉の信者による投稿を見て、腰が浮きかけた。
【#てて様とおそろい】
というハッシュタグがついた画像。
中年の男女が、芸能人の結婚会見で指輪のお披露目さながらに左手の甲を見せている。
その薬指に爪がない。
生々しい肉の色と、喜色満面の男女。
――これは……
【#剥がしたとき痛かった】
【#今も痛いけど平気だよ】
【#だからてて様気にしないで】
【#てて様とおそろい】のハッシュタグをたどると、その男女だけではない。
いくつものアカウントが似た内容を投稿している。
特にいいね、コメントの数が多いのは、どこかの家族の投稿だった。
老夫婦、中年夫婦、20代と思しききょうだい……家族が皆一様に、爪を剥がした薬指を誇らしげに掲げている。
――羽多江光児が爪のことを気にしているから……配慮ということですか?
――他の『家族』も同じだから、おそろいだから……と?
「そうです。理解できませんけど。本気で意味不明ですけど。そういうことなんです」
これだけで〈はたえの会〉の本質を垣間見たような気がした。
『父』をなぐさめるために自ら進んで爪を剥がす。
その根底にあるのは『敬愛』辺りなのだろうが、度が過ぎれば、たいていの感情は狂気と呼ばれるものになる。
そんなものになつ子さんは傾倒していたのか。
遠慮がちに笑いながら家族の世話をする、その裏で。
「これまでのことを整理してみます」
――はい。
――九重なつ子さんは、カルト教団〈はたえの会〉の熱心な信者だった。
――なつ子さんは、〈はたえの会〉が作ったおまじないを息子のかず彦さんにかけていた。
原稿の裏に箇条書きにしていく。
――現在、なつ子さんとかず彦さんは消息不明である。
――もっとも奇妙な点は、お札を使ったおまじない……
「このお札は、本当におまじないなんでしょうか」
――え?
「対象の『生命力』を吸うだなんて……悪意を感じます。『おまじない』じゃなくて『呪い』ですよ」
呪い
その単語に、衝撃と共に反発心を覚えた。
――実の母親が我が子に呪いなんて……
「我が子を虐げて命を奪う親なんてたくさんいますよ、世間には」
――そうですけども……
今の時代、いやとうの昔から母性神話など妄信できるはずがない。
けれどこのケースに限っては、おいそれと飲み込めないでいた。
〝わたしは、わたしの家族を再生したいんです〟
と言った際のなつ子さんのひたむきな瞳が、そう結論づけるのを阻んでいる。
――吸って、貯める……
「え?」
ふいに浮かんだ疑問を口にした。
――お札でかず彦さんから吸い取った後、貯めるんですよね。
――貯まった生命力は、どうするのでしょうか……?
中葉さんのまぶたがピクピク動く。そして頭を抱えた。
「……今のところ、状況証拠から推察できたのは以上です。
俺が九重親子を……いや、かず彦くんを探す理由、わかっていただけましたか?」
頷き、同意する。
「彼が心配なんです。たった数日しか関わらなかったけど、昔の自分を見ているような気持ちにかられました。
立場上おおっぴらにはできなかったけど、俺は、彼が社会復帰できることを心底祈ってました……」
中葉さんが憔悴しかけた、けれど熱のこもったまなざしを原稿の束に向けた。
「彼が、何かとんでもなく大きなことに巻き込まれたような気がしてならないんです」
だから行方を突き止めたいと、中葉さんは語った。
――〈はたえの会〉って、羽多江光児が作ったカルト教団のことですか?
羽多江光児。
【新聞記事①】に名前が出てきた、羽多江グループの名誉会長だ。
平民からの成り上がりで日本有数の企業グループを作り上げた立志伝中の人――と評される、近代における起業の父。
また、独自の信仰をもつ〈はたえの会〉という宗教団体の創立者でもある。
信者は決して多くないので、一般的にはそれほど浸透していない。
だが信者の熱心さは他に類を見ないと聞く、いわゆるカルト教団である。
――だから【新聞記事①】と【企業のホームページ】が羽多江光児に関するものだったんですね……?
これら添付資料について言及すると、中葉さんは「あとで話す」の一点張りだった。
ここでつながっていたのか。
――……もしや、【とあるホームページ】の①と②は……?
「はい。〈はたえの会〉のトップページのスクショです」
短くて奇怪な文章だった。
〝まだ間に合います〟
〝どうかよろしくおねがいします〟
〝家族のおかげで間に合いそうです〟
〝どうかよろしくおねがいします〟
分かる者にだけ伝わればいいとでも言うような、排他的な文面。
そして意味深な締めの一文。
【企業(羽多江グループ)のホームページ】の、ずっとスクロールした後で現れた、
〝どうかよろしくおねがいします〟
ひらがなの淡々とした、文章。
――家族というのは……?
「それが〈はたえの会〉の一番の特徴なんですよ。関係性が『教祖と信者』ではなく『家族』なんです。
羽多江光児を父とし、信者はみんな羽多江の『子』。信者は皆、『てて様』と呼んでいるとか」
――てて様……『父』の音変化の呼び方ですね
「はい。羽多江光児より年上でも『てて様』と呼びます……正直、個人的にはウッとなりますが、そのルールのおかげで信者同士の結束は強いです。皆、心の底から羽多江光児を慕っている」
説明しながらスマホで〈はたえの会〉を検索する。
信者によるSNSやブログの他、ネット大辞典が出た。
ざっと流し読みしたが、どれもきちんとした文体ではあるが熱が入っていて、教祖――否、父である羽多江光児への心酔がつづられていた。
――つまり、お札は〈はたえの会〉が使うもので、なつ子さんは〈はたえの会〉の信者であると?
「間違いないかと。証左は3つあります。ひとつ、茶の間にあった冊子。ふたつ、なつ子さんの部屋、みっつ……なつ子さんの『指』です」
中葉さんは順番どおりに説明した。
「茶の間にあった、腰までの高さの本棚。紙類が雑多に押し込まれた中に、〈はたえの会〉の勧誘パンフレットがありました」
中葉さんのタブレットに該当するシーンのスクショを拡大表示する。
冊子の端しか見えず、『~の会』としか読めなかったが、次に表示された〈はたえの会〉のパンフレットの表紙と見比べると、フォントデザインの特徴が一致した。
「撮影2日目に入ったなつ子さんの部屋の壁に、備えつけの本棚がありましたよね。そこに数冊の本とオブジェがありました」
2日目の撮影のときだ。
こうして該当シーンのスクショを改めて見ると、たしかに妙だ。
本を収納する棚にしては、位置が高すぎる。
なつ子さんの身長では踏み台でも使わないと手が届きそうにない。
さながら『神棚』のような……
――もしやこれ、〈はたえの会〉の『教典』ですか?
白一色の背表紙には出版社の名前しかなく、著者の名前はない。
「はい。出版社名で調べたら羽多江光児の自費出版本でした。信者本人たちは『教典』じゃなくて『てて様の教え・家訓』という位置づけのようですが」
――家訓……
中葉さんがコーヒーを飲む。
口を潤して、きっと重要なのであろう3つ目の証左について話し出した。
「最後に、なつ子さんの『指』です。包帯を巻いていたの覚えていますか」
――はい。左手の薬指ですよね。映像の中でよく痛そうにしていました。
「これもオカルトライターの知人からの情報ですが、信者の間で浸透している『ファッション』があるんです。これを見てください」
タブレットが切り替わり、数枚の羽多江光児の全身ポートレートが出る。
写真の年の頃は70代だが、背筋がピンと伸びて大物の貫禄を感じさせる。
三つ揃いのスーツを着こなす紳士的な雰囲気だが、どこか威圧感も放っている……カリスマ性というやつだろうか。
「羽多江光児の手元に注目してください。どの写真も左手を下にして重ねているでしょう」
――はい。左手を隠してるような……
「羽多江光児は昔、事故か何かで左手の薬指の爪が剥がれたんだそうです。本人はそれをコンプレックスに思っているようで、人目につかないようにしてるんですが、信者たちは……」
そこで中葉さんは言い淀んだ。
――どうしたんですか?
「いや……配慮とか、気遣いみたいなものでも……行き過ぎると狂気になるなって」
中葉さんがスマホを操作し、SNSのブックマーク一覧を開く。
〈はたえの会〉の信者による投稿を見て、腰が浮きかけた。
【#てて様とおそろい】
というハッシュタグがついた画像。
中年の男女が、芸能人の結婚会見で指輪のお披露目さながらに左手の甲を見せている。
その薬指に爪がない。
生々しい肉の色と、喜色満面の男女。
――これは……
【#剥がしたとき痛かった】
【#今も痛いけど平気だよ】
【#だからてて様気にしないで】
【#てて様とおそろい】のハッシュタグをたどると、その男女だけではない。
いくつものアカウントが似た内容を投稿している。
特にいいね、コメントの数が多いのは、どこかの家族の投稿だった。
老夫婦、中年夫婦、20代と思しききょうだい……家族が皆一様に、爪を剥がした薬指を誇らしげに掲げている。
――羽多江光児が爪のことを気にしているから……配慮ということですか?
――他の『家族』も同じだから、おそろいだから……と?
「そうです。理解できませんけど。本気で意味不明ですけど。そういうことなんです」
これだけで〈はたえの会〉の本質を垣間見たような気がした。
『父』をなぐさめるために自ら進んで爪を剥がす。
その根底にあるのは『敬愛』辺りなのだろうが、度が過ぎれば、たいていの感情は狂気と呼ばれるものになる。
そんなものになつ子さんは傾倒していたのか。
遠慮がちに笑いながら家族の世話をする、その裏で。
「これまでのことを整理してみます」
――はい。
――九重なつ子さんは、カルト教団〈はたえの会〉の熱心な信者だった。
――なつ子さんは、〈はたえの会〉が作ったおまじないを息子のかず彦さんにかけていた。
原稿の裏に箇条書きにしていく。
――現在、なつ子さんとかず彦さんは消息不明である。
――もっとも奇妙な点は、お札を使ったおまじない……
「このお札は、本当におまじないなんでしょうか」
――え?
「対象の『生命力』を吸うだなんて……悪意を感じます。『おまじない』じゃなくて『呪い』ですよ」
呪い
その単語に、衝撃と共に反発心を覚えた。
――実の母親が我が子に呪いなんて……
「我が子を虐げて命を奪う親なんてたくさんいますよ、世間には」
――そうですけども……
今の時代、いやとうの昔から母性神話など妄信できるはずがない。
けれどこのケースに限っては、おいそれと飲み込めないでいた。
〝わたしは、わたしの家族を再生したいんです〟
と言った際のなつ子さんのひたむきな瞳が、そう結論づけるのを阻んでいる。
――吸って、貯める……
「え?」
ふいに浮かんだ疑問を口にした。
――お札でかず彦さんから吸い取った後、貯めるんですよね。
――貯まった生命力は、どうするのでしょうか……?
中葉さんのまぶたがピクピク動く。そして頭を抱えた。
「……今のところ、状況証拠から推察できたのは以上です。
俺が九重親子を……いや、かず彦くんを探す理由、わかっていただけましたか?」
頷き、同意する。
「彼が心配なんです。たった数日しか関わらなかったけど、昔の自分を見ているような気持ちにかられました。
立場上おおっぴらにはできなかったけど、俺は、彼が社会復帰できることを心底祈ってました……」
中葉さんが憔悴しかけた、けれど熱のこもったまなざしを原稿の束に向けた。
「彼が、何かとんでもなく大きなことに巻き込まれたような気がしてならないんです」
だから行方を突き止めたいと、中葉さんは語った。



