【奇妙な点③/裏側のお札】
――病気治癒のおまじないに使われるお札だったんですね……
悪いものではなさそうで、少しホッとしたのだが。
「かず彦くんは病気じゃありませんでしたよ」
中葉さんが断つように言い切る。
「至って健康体でした。体は、ですけど」
悪いものではないと知って安堵したのは、このお札を貼ったのが――おそらく母親のなつ子さんだからだ。
6月頭にかず彦さんの布団を新しい物と換えたのは彼女だと明示されている。
身体は健康なはずの息子に、何故まじないをかけたのか。
「考えたんです……このふたつめの『守』っぽい文字」
どんどん顔色が悪くなっていく中葉さんが黒ペンで該当する文字を書いた。

「これでピンと来たんです。この複数の漢字って、部首と旁で分割されているんじゃないかって」
合体漢字。
テレビのクイズ番組によく出題される謎かけだ。
「真ん中の太陽と人のマークで分けて、上ふたつ、下ふたつをペアにして合体させるんです」
『口』『及』を合体させる。
『貝』を謎の文字と合わせると。
吸 貯
――吸う……貯める……?
「このマークが『生命力』を意味しているとしたら、
……お札の上で寝ている人の生命力を吸って、貯めるという効能を持つんじゃないでしょうか……」
――……
突拍子がなさすぎて黙りこくってしまった。
話が異次元に飛びすぎて、理解が及ばない。
だが中葉さんは構わずに続ける。説明の勢いも増してきた。
「そう仮定したら、あの家に『生きている虫』がいなかったのも、敷き布団の裏側にカビがなかったのも頷けるんです」
――えっと、……このお札が作用して、虫やカビの生命力を吸った、つまり駆除していたと……?
「はい」
中葉さんはどこまでも真剣だ。
「撮影初日、あの家の庭にネズミの死骸があちこちにありました。前島さんが『多すぎる』と訝しんでいたやつです。……たぶん、お札に生命力を吸われて死んだんでしょう。
何よりかず彦くんの外見に、違和感を覚えませんでしたか?」
脳裏に未編集テープに映ったかず彦さんの姿がよぎる。
かず彦さんはひどく痩せていた。
長期間何も食べていない人間のように。
生気を吸い尽くされたような――という比喩が似合うほどに。
「ひきこもりの人って……俺も経験あるからわかるんですけど、動かないから太るんですよ。
ましてやかず彦くんは、キャラメルを箱買いさせるほどの甘党だった。普通に食事も摂っていたようだった。
初めから、全部おかしかった」
その場にいたのにどうして気づかなかったんだろう……と、中葉さんはうつむく。
まだ、飲み込めないでいた。
話が一気にオカルトに転じたこと、超常的な現象が現実にあるかもしれないことに。
……とりあえず、仮定してみよう。
このお札を貼った布団で寝ると、その人間の生命力を奪う。
そんなおまじないが本当にあるとして、なつ子さんはそれを知っていたのか?
故意に、かず彦さんにおまじないをかけたのか……?
――そもそも……こんなお札、どうやってなつ子さんは手に入れたんでしょうか。
「お札の出どころについては、俺の友人がヒントをくれました。
そいつはライターで、主にオカルトについての記事を書いています」
中葉さんが、お札の中央にある『生命力』を意味するマークを指す。
「そいつによると、『生命力』を意味するマークは複数あるそうです。
たとえば太陽、水、火、木……その中で、太陽と人間を組み合わせたこれは、くずし文字と同じくマイナーなようで。好んで使うのは、現代だと〈はたえの会〉だとメールに書いていました」
〈はたえの会〉。
そう聞いて、つい原稿をたぐり寄せて1ページ目を開けた。
――病気治癒のおまじないに使われるお札だったんですね……
悪いものではなさそうで、少しホッとしたのだが。
「かず彦くんは病気じゃありませんでしたよ」
中葉さんが断つように言い切る。
「至って健康体でした。体は、ですけど」
悪いものではないと知って安堵したのは、このお札を貼ったのが――おそらく母親のなつ子さんだからだ。
6月頭にかず彦さんの布団を新しい物と換えたのは彼女だと明示されている。
身体は健康なはずの息子に、何故まじないをかけたのか。
「考えたんです……このふたつめの『守』っぽい文字」
どんどん顔色が悪くなっていく中葉さんが黒ペンで該当する文字を書いた。

「これでピンと来たんです。この複数の漢字って、部首と旁で分割されているんじゃないかって」
合体漢字。
テレビのクイズ番組によく出題される謎かけだ。
「真ん中の太陽と人のマークで分けて、上ふたつ、下ふたつをペアにして合体させるんです」
『口』『及』を合体させる。
『貝』を謎の文字と合わせると。
吸 貯
――吸う……貯める……?
「このマークが『生命力』を意味しているとしたら、
……お札の上で寝ている人の生命力を吸って、貯めるという効能を持つんじゃないでしょうか……」
――……
突拍子がなさすぎて黙りこくってしまった。
話が異次元に飛びすぎて、理解が及ばない。
だが中葉さんは構わずに続ける。説明の勢いも増してきた。
「そう仮定したら、あの家に『生きている虫』がいなかったのも、敷き布団の裏側にカビがなかったのも頷けるんです」
――えっと、……このお札が作用して、虫やカビの生命力を吸った、つまり駆除していたと……?
「はい」
中葉さんはどこまでも真剣だ。
「撮影初日、あの家の庭にネズミの死骸があちこちにありました。前島さんが『多すぎる』と訝しんでいたやつです。……たぶん、お札に生命力を吸われて死んだんでしょう。
何よりかず彦くんの外見に、違和感を覚えませんでしたか?」
脳裏に未編集テープに映ったかず彦さんの姿がよぎる。
かず彦さんはひどく痩せていた。
長期間何も食べていない人間のように。
生気を吸い尽くされたような――という比喩が似合うほどに。
「ひきこもりの人って……俺も経験あるからわかるんですけど、動かないから太るんですよ。
ましてやかず彦くんは、キャラメルを箱買いさせるほどの甘党だった。普通に食事も摂っていたようだった。
初めから、全部おかしかった」
その場にいたのにどうして気づかなかったんだろう……と、中葉さんはうつむく。
まだ、飲み込めないでいた。
話が一気にオカルトに転じたこと、超常的な現象が現実にあるかもしれないことに。
……とりあえず、仮定してみよう。
このお札を貼った布団で寝ると、その人間の生命力を奪う。
そんなおまじないが本当にあるとして、なつ子さんはそれを知っていたのか?
故意に、かず彦さんにおまじないをかけたのか……?
――そもそも……こんなお札、どうやってなつ子さんは手に入れたんでしょうか。
「お札の出どころについては、俺の友人がヒントをくれました。
そいつはライターで、主にオカルトについての記事を書いています」
中葉さんが、お札の中央にある『生命力』を意味するマークを指す。
「そいつによると、『生命力』を意味するマークは複数あるそうです。
たとえば太陽、水、火、木……その中で、太陽と人間を組み合わせたこれは、くずし文字と同じくマイナーなようで。好んで使うのは、現代だと〈はたえの会〉だとメールに書いていました」
〈はたえの会〉。
そう聞いて、つい原稿をたぐり寄せて1ページ目を開けた。



