【奇妙な点②/あるはずなのにないもの】
〝せっかくだし、かず彦くんの部屋を片づけていってもいいかな?〟
という前島さんの提案から始まった、最後の大掃除。
スタッフと、やっと再生へと手を伸ばしたかず彦さんが協力し合う、感動的な、実に撮れ高の高いシーンだ。
「かず彦くんの部屋はとにかくカビくさかった。マスクをしても無意味でした」
〝うわぁ。これスゴイね〟
後藤さんの素直な所感から始まった、かず彦さんの万年床を動かすシーン。
〝ちょっとめくったんだけど、やばいよ。覚悟しなよ〟
と忠告してから、敷き布団をめくった。
敷き布団の表側は、「月初に換えていたおかげであまり汚れていない」と記したが、実際はうっすらと汗染みやジュースの飲みこぼしで汚れていた。
「敷き布団をベロリとめくった後の記述なんです、けど……ここまで細かく描写していらっしゃるのに、おかしいって思いませんでしたか?」
〝敷き布団の(略)真っ白な裏側と、黒カビや青カビで腐っている畳があらわになった〟
――あっ。
「密着している畳がカビで腐っているのに、……敷き布団の裏は、なんで真っ白なままなんでしょうか?」
――いや、でも、新品ですし……
「カビは1週間もあれば繁殖します。6月の梅雨の時期で、しかもあの年は記録的な高湿気候でした。敷き布団の裏側もカビてないとおかしいんですよ」
ああ……と思わず嘆息する。
たしかに、おかしい。
あって当然の、自然的な現象が生じていない。
まるで、別の大きな現象に覆われて、抹消されているかのような。
だが……
――たしかに奇妙ですけれど……
「言いたいことはわかります。『だから何なんだ』ですよね。この奇妙な点がどうつながるのかわからない……ですよね?」
――はい
正直に言って、ひとつひとつはそれほど大きな異変ではない。
これらがどう関わり合って(ミッシングリンクとでも言うのか)、中葉さんが九重さん親子を探さなくてはいけないという結論に至るのかまだ不明だ。
「それらをつなげるかもしれないのが、……これです」
中葉さんが次に指さしたのは、敷き布団のもうひとつの描写だった。
〝敷き布団の薄く模様が入った(略)裏側〟
「未編集テープを視聴したとき、この『模様』、見えたんですよね」
――はい……かなりうっすらとでしたが
中葉さんがバッグから別のクリアファイルを伸ばす。
画質が荒い写真だ。
全体的に白く、真ん中に薄くぼんやりと模様が見える……これは。
――もしかして、敷き布団の裏側の画像ですか?
「そうです。テープに写っていたのを切り取って、拡大しました。よく見てください。この模様、ごく一部だけなんですよ」
白いシーツからうっすらと透けて見える模様。
一見すると敷き布団自体の模様だが……一部だけ?
「これ、敷き布団の裏側に『何か』貼っているんですよ。それを白いシーツで隠しているんです」
その意味を図りかねているうちに、中葉さんは拡大写真に赤ペンで線を引いた。
模様がある部分の輪郭をなぞると、長方形が浮かび上がった。
まじまじと観察する。
布団のサイズから計算して、短冊や一筆箋ほどの大きさのものだ。
――お札……?
「そうです。この敷き布団の裏には、お札が貼ってあったんですよ」
――何のお札……いや何のために……?
大いに混乱すると、中葉さんがまた別の写真、いや画像を印刷したものを出した。
「お札の画像を切り取って、編集ソフトで拡大、明度やコントラストを調整して加工しましたが……お札に何が書かれてあるのか判別つきませんでした。
仕方なく画像認識AIで解析にかけて、出た結果がこれです。おそらくこう書かれてあります」

くずした筆文字とマークで構成されたお札。
真ん中にマークがあり、くずし文字がふたつずつ並んでいる。
シンプルなのに妙に威圧的だ。
――これは……何なのでしょうか?
ゾワゾワする感覚を覚えつつ尋ねる。
中葉さんは無言で、メールの文面を印刷したものをこちらに差し出した。
「大学に籍を置く民俗学の研究者に、このお札に心当たりがないか聞いてみました」
中葉さんがむかし心霊番組を手掛けた際、知り合いになったそうだ。
〝せっかくだし、かず彦くんの部屋を片づけていってもいいかな?〟
という前島さんの提案から始まった、最後の大掃除。
スタッフと、やっと再生へと手を伸ばしたかず彦さんが協力し合う、感動的な、実に撮れ高の高いシーンだ。
「かず彦くんの部屋はとにかくカビくさかった。マスクをしても無意味でした」
〝うわぁ。これスゴイね〟
後藤さんの素直な所感から始まった、かず彦さんの万年床を動かすシーン。
〝ちょっとめくったんだけど、やばいよ。覚悟しなよ〟
と忠告してから、敷き布団をめくった。
敷き布団の表側は、「月初に換えていたおかげであまり汚れていない」と記したが、実際はうっすらと汗染みやジュースの飲みこぼしで汚れていた。
「敷き布団をベロリとめくった後の記述なんです、けど……ここまで細かく描写していらっしゃるのに、おかしいって思いませんでしたか?」
〝敷き布団の(略)真っ白な裏側と、黒カビや青カビで腐っている畳があらわになった〟
――あっ。
「密着している畳がカビで腐っているのに、……敷き布団の裏は、なんで真っ白なままなんでしょうか?」
――いや、でも、新品ですし……
「カビは1週間もあれば繁殖します。6月の梅雨の時期で、しかもあの年は記録的な高湿気候でした。敷き布団の裏側もカビてないとおかしいんですよ」
ああ……と思わず嘆息する。
たしかに、おかしい。
あって当然の、自然的な現象が生じていない。
まるで、別の大きな現象に覆われて、抹消されているかのような。
だが……
――たしかに奇妙ですけれど……
「言いたいことはわかります。『だから何なんだ』ですよね。この奇妙な点がどうつながるのかわからない……ですよね?」
――はい
正直に言って、ひとつひとつはそれほど大きな異変ではない。
これらがどう関わり合って(ミッシングリンクとでも言うのか)、中葉さんが九重さん親子を探さなくてはいけないという結論に至るのかまだ不明だ。
「それらをつなげるかもしれないのが、……これです」
中葉さんが次に指さしたのは、敷き布団のもうひとつの描写だった。
〝敷き布団の薄く模様が入った(略)裏側〟
「未編集テープを視聴したとき、この『模様』、見えたんですよね」
――はい……かなりうっすらとでしたが
中葉さんがバッグから別のクリアファイルを伸ばす。
画質が荒い写真だ。
全体的に白く、真ん中に薄くぼんやりと模様が見える……これは。
――もしかして、敷き布団の裏側の画像ですか?
「そうです。テープに写っていたのを切り取って、拡大しました。よく見てください。この模様、ごく一部だけなんですよ」
白いシーツからうっすらと透けて見える模様。
一見すると敷き布団自体の模様だが……一部だけ?
「これ、敷き布団の裏側に『何か』貼っているんですよ。それを白いシーツで隠しているんです」
その意味を図りかねているうちに、中葉さんは拡大写真に赤ペンで線を引いた。
模様がある部分の輪郭をなぞると、長方形が浮かび上がった。
まじまじと観察する。
布団のサイズから計算して、短冊や一筆箋ほどの大きさのものだ。
――お札……?
「そうです。この敷き布団の裏には、お札が貼ってあったんですよ」
――何のお札……いや何のために……?
大いに混乱すると、中葉さんがまた別の写真、いや画像を印刷したものを出した。
「お札の画像を切り取って、編集ソフトで拡大、明度やコントラストを調整して加工しましたが……お札に何が書かれてあるのか判別つきませんでした。
仕方なく画像認識AIで解析にかけて、出た結果がこれです。おそらくこう書かれてあります」

くずした筆文字とマークで構成されたお札。
真ん中にマークがあり、くずし文字がふたつずつ並んでいる。
シンプルなのに妙に威圧的だ。
――これは……何なのでしょうか?
ゾワゾワする感覚を覚えつつ尋ねる。
中葉さんは無言で、メールの文面を印刷したものをこちらに差し出した。
「大学に籍を置く民俗学の研究者に、このお札に心当たりがないか聞いてみました」
中葉さんがむかし心霊番組を手掛けた際、知り合いになったそうだ。



