【中葉さんとの会話②】


 市内にある、商店街の隅にある古びた喫茶店。

 奥まった席で、【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ】をすべて書き起こした原稿を渡す。
 中葉さんは軽く目を通した後、時間をかけてじっくり熟読した。

 最後の一枚を読み終えると、中葉さんは長く深い息をついた。

「小説家ってすごいですね。おかげであのときの記憶とか心境がより鮮明になりました」

 誉められたのだろうが、中葉さんに浮ついた様子はない。
 むしろ沈痛が深まったように見える。

 ――ご指示どおり、事前にいただいた『別途資料』も合間に載せました。これはいったい何なんですか?

 『別途資料』とは、【前書き】の前に載せた【新聞記事①】、【妹の日記①】、【企業のホームページ】、【妹の日記②】、【新聞記事②】、【とあるホームページ①】、【とあるホームページ②】のことだ。

 亡くなった九重さち乃さんの日記のコピーを一部だけいただいたのだが、他者の、しかも故人の方の日記を見るのは決していい気分ではなかった。
 中葉さんには「重要な手がかりなんです」と強調されたが……

 他にも問題はある。

 【新聞記事②】はさち乃さんのことなのでともかく、他は九重家になんの関係があるのだろうか。

 大企業の会長の入院を知らせる記事、同人の危篤を知らせるホームページのスクリーンショット、そして誰の、あるいはどこのものかわからない画面のスクリーンショット。
 【とあるホームページ①】、【とあるホームページ②】は特に不可解だ。奇妙な文面。誰に何を伝えたいのかすらわからない。

 この資料たちも中葉さんが指定した順番どおりに合間に挿入したが……

 疑問をすべて口にすると、中葉さんは頭を抱えた。
 コーヒーをぐいと呷ると、彼は佇まいを直した。

「未編集テープの内容を書き起こしてもらったのには理由があります」

 ――はい

「追体験をしてほしかったんです。九重家のことを知った人たちに」

 中葉さんの指が原稿の束をトントンと叩く。

「実際にあの場にいた俺でさえ、あの家の奇妙さには気づかなかった。何年も経ってから俯瞰……っていうのかな、無関係な『外』から眺めるような形で見ないとわからなかったんです。九重家のおかしさに」

 小説で言うところの『神の視点』というやつかもしれない。

「九重家に隠されたものの根深さを肌感覚で感じ取ってもらわないと、俺がどうしてなつ子さんとかず彦さんを探しているのか……納得してもらえないと思いました」

 ――なるほど。その考えは理解できました
 ――けど、再三おっしゃっている『九重家の奇妙さ』とは何なんですか?
 ――たしかに一般的な家庭とは言えませんが、特に何も……

 書き起こしのために未編集テープを何度も視聴したのだ。

 ――まさか幽霊とかオバケとかが映っていた?
 ――いないはずのものがいる……みたいな。

 心霊VTRを扱った某番組が頭をよぎった。「おわかりいただけただろうか」のあれだ。
 しかし、中葉さんは首を横に振った。

「違います、逆なんです。……やっぱり気づかなかったんですね。いるはずのものがいないんですよ」

 中葉さんが原稿をざらりと撫でる。

「あの家には、『生きている虫』が一匹もいなかったんです」