【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑨】
「あ……お世話になっています……よろしくお願いします……!」
撮影初日と同様、なつ子さんが小型犬のピピちゃんを抱えて、番組スタッフを出迎えた。
疲れた様子だったが、前回前々回と違って白のアンサンブルを着ているため、顔色は悪くなかった。
なつ子さんは常と同じ遠慮がちな笑みを浮かべ、家の中へ招き入れる。
かず彦さんの部屋の前に50代前半くらいの女性が立っていた。
白いスーツに身を包んだその女性は、堤さんという名前で、NPO法人『TOE』の職員だ。
若年層・中高年層問わずひきこもりの自立支援を目的としている団体だという。
「これからのことを……相談しているんです……!」
これからのこととは、もちろんかず彦さんの進路だ。
あの日以来、かず彦さんは部屋の外に出るようになり、少しずつではあるが、なつ子さんと会話を交わしているらしい。
数日前から一緒に食事もしていると、なつ子さんがエヘヘと笑いながら報告した。
堤さん本人から資料として残してほしいと依頼され、堤さんと九重親子の話し合いの場も撮影された。
中葉さんたちが掃除し、すっかり綺麗になって広くなった茶の間に、3人は向き合って座った。
かず彦さんは、ますます痩せたようだった。
「こんにちは、堤です。いつもお世話になっています。遠慮せず、なんでも話してちょうだいね」
かず彦さんは初めこそ何から話したらいいのか迷っていたが、堤さんの包み込むような雰囲気と、話し上手で聞き上手であるおかげで、ポツポツと話し始めた。
ひきこもりになった原因も判明した。
中葉さんと同じく、人間関係が原因だった。
中学校で友人とうまくいかず、教師に疎まれるようになり、人とのコミュケーションを恐れるようになった。
ありていな理由と言えばそれまでなのだが、中葉さんは共感したらしい。
「かず彦さんは、今どうしようもなく、ご自分を否定していらっしゃるでしょう?」
「はい……ぼくのせいで、さ、さち……妹が」
かず彦さんが言葉に詰まる。
「わかります。つらいわよね」
かず彦さんが首を横に振った。
「つらいなんて……ぼくに言う資格、ありません……ぼくは、取り返しのつかないことをしてしまった」
「いまさらぼくが、世間や……社会に出ても、きっと迷惑を……かけてしまう……無意味、なんです……」
「ぜんぶ、手遅れなんです……間に合わないんです……」
『間に合わない』
偶然なのかどうなのか、なつ子さんと同じ言葉を使って、かず彦さんは悲嘆に暮れた。
隣にいるなつ子さんも肩を落とす。
気落ちする二人に、堤さんがゆったりとした声調で告げた。
「間に合わない、なんて言わないで。かず彦さんには、まだかず彦さんにしかできないお役目があるわ」
堤さんがかず彦さんへ手を伸ばす。薬指にだけ布製の指カバーをつけた手が、しっかりと彼の手を握る。
堤さんは、まっすぐな目線で告げた。
「すぐに信じられないかもしれないけど、本当よ。いったん信じて、わたしと一緒に外の世界に行きませんか? ……家族のために」
堤さんに誘導されて、かず彦さんはゆっくりと横を向いた。
これまで自らを支えてきてくれた母親をじっと見つめて、小さく、けれどはっきりと、和彦さんは「はい」と答えた。
万感の思いで、中葉さんはそれを見守っていた。
「あ……お世話になっています……よろしくお願いします……!」
撮影初日と同様、なつ子さんが小型犬のピピちゃんを抱えて、番組スタッフを出迎えた。
疲れた様子だったが、前回前々回と違って白のアンサンブルを着ているため、顔色は悪くなかった。
なつ子さんは常と同じ遠慮がちな笑みを浮かべ、家の中へ招き入れる。
かず彦さんの部屋の前に50代前半くらいの女性が立っていた。
白いスーツに身を包んだその女性は、堤さんという名前で、NPO法人『TOE』の職員だ。
若年層・中高年層問わずひきこもりの自立支援を目的としている団体だという。
「これからのことを……相談しているんです……!」
これからのこととは、もちろんかず彦さんの進路だ。
あの日以来、かず彦さんは部屋の外に出るようになり、少しずつではあるが、なつ子さんと会話を交わしているらしい。
数日前から一緒に食事もしていると、なつ子さんがエヘヘと笑いながら報告した。
堤さん本人から資料として残してほしいと依頼され、堤さんと九重親子の話し合いの場も撮影された。
中葉さんたちが掃除し、すっかり綺麗になって広くなった茶の間に、3人は向き合って座った。
かず彦さんは、ますます痩せたようだった。
「こんにちは、堤です。いつもお世話になっています。遠慮せず、なんでも話してちょうだいね」
かず彦さんは初めこそ何から話したらいいのか迷っていたが、堤さんの包み込むような雰囲気と、話し上手で聞き上手であるおかげで、ポツポツと話し始めた。
ひきこもりになった原因も判明した。
中葉さんと同じく、人間関係が原因だった。
中学校で友人とうまくいかず、教師に疎まれるようになり、人とのコミュケーションを恐れるようになった。
ありていな理由と言えばそれまでなのだが、中葉さんは共感したらしい。
「かず彦さんは、今どうしようもなく、ご自分を否定していらっしゃるでしょう?」
「はい……ぼくのせいで、さ、さち……妹が」
かず彦さんが言葉に詰まる。
「わかります。つらいわよね」
かず彦さんが首を横に振った。
「つらいなんて……ぼくに言う資格、ありません……ぼくは、取り返しのつかないことをしてしまった」
「いまさらぼくが、世間や……社会に出ても、きっと迷惑を……かけてしまう……無意味、なんです……」
「ぜんぶ、手遅れなんです……間に合わないんです……」
『間に合わない』
偶然なのかどうなのか、なつ子さんと同じ言葉を使って、かず彦さんは悲嘆に暮れた。
隣にいるなつ子さんも肩を落とす。
気落ちする二人に、堤さんがゆったりとした声調で告げた。
「間に合わない、なんて言わないで。かず彦さんには、まだかず彦さんにしかできないお役目があるわ」
堤さんがかず彦さんへ手を伸ばす。薬指にだけ布製の指カバーをつけた手が、しっかりと彼の手を握る。
堤さんは、まっすぐな目線で告げた。
「すぐに信じられないかもしれないけど、本当よ。いったん信じて、わたしと一緒に外の世界に行きませんか? ……家族のために」
堤さんに誘導されて、かず彦さんはゆっくりと横を向いた。
これまで自らを支えてきてくれた母親をじっと見つめて、小さく、けれどはっきりと、和彦さんは「はい」と答えた。
万感の思いで、中葉さんはそれを見守っていた。



