【テレビ番組:『再生P!』の未編集テープ⑦】
6月20日(金曜日)。
梅雨の晴れ間だった。
早朝7時から撮影が始まったが、一本の電話がかかってきた。
警察から、さち乃さんの死を知らせる電話だった。
現場は騒然とし、ベテランである前島さんも動揺していた。
「さち乃さん、おうちにいないんですか?」
「さっちゃん、ゆうべ遅くにお友達の家に泊まるって出ていって……!」
2階のさち乃さんの部屋へ急ぐ。
もぬけの殻だった。
玄関に戻り、誰もが言葉を失う中、1階の襖が少しだけ開いた。
かず彦さんがこちらを見つめている。
その顔面は蒼白で、明らかにショックを受けていた。
「さち乃……」と小さくつぶやいた後、また襖を閉めた。
なつ子さんが「警察に行ってくる」と力なく支度を始めた。
足元すら覚束なかったので、後藤さんが付き添うことになった。
一旦、撮影は中断された。
再会は夕方になってからだった。
萎れた花のように項垂れて、なつ子さんは後藤さんに支えられるようにして帰宅した。
病院以外の場所で亡くなると、ご遺体は警察による検視が行われる。
さち乃さんはしばらくこの家に『帰って』これないと、呆然とする母親の代わりに後藤さんが報告した。
「なつ子さん、もう今日はおやすみになってください。必要なものはありますか? 買ってきます」
後藤さんは、力強いが決して押しつけがましくない口調でなつ子さんを気遣った。
警察から電話が来て以降、後藤さんの細やかな気配りには、中葉さんも舌を巻いたという。
撮影初日は(この人、大丈夫かな……)と思ったが、現場では総合責任者である前島さんに代わって、中葉さんや他のスタッフに適切な指示を出し、場を回していた。
あいまいに頷いたなつ子さんは、上がり框に足を乗せた途端、ガクッと膝をついた。
「なつ子さん、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、です……あはは……すみません、気が……抜けちゃっ……!」
ふいになつ子さんの瞳から涙がこぼれた。
うぁあああああ……と、なつ子さんは慟哭し、うずくまった。
胸につまされる嘆きに、番組スタッフたちは言葉も出なかった。
「どうして……さっちゃん……どうして……」
「なつ子さん……」
後藤さんが背中をさすり、前島さんにアイコンタクトを送る。
「撮影をやめた方がいい」という提案と思われるが、それが届く前に、なつ子さんは言った。
「……った」
「え?」
「……間に合わなかったっ……!」
なつこさんが頭をふるふると振る。板張りの床に大粒のしずくがいくつも落ちた。
何が――とは、聞くまでもなかった。
「再生、……間に合わなかった……っ!」
なつ子さんがそう続けた瞬間、中葉さんの目頭が熱くなった。
――わたしは、わたしの家族を再生したいんです
撮影当初から提示されていた、なつ子さんの目的。
家族想いのなつ子さんの希望。
誰よりも家族を愛している母親の願い。
切実だったそれが永遠に叶わなくなってしまった――そんな痛みを目の当たりにし、中葉さんは息が苦しくなった。
後藤さんももらい泣きし、前島さんや他のスタッフも沈痛な面持ちとなった。
そのときだ。
ゴンッゴンッ
かず彦さんの部屋からくぐもった音がした。
襖の向こうから押し殺したような泣き声がした。
6月20日(金曜日)。
梅雨の晴れ間だった。
早朝7時から撮影が始まったが、一本の電話がかかってきた。
警察から、さち乃さんの死を知らせる電話だった。
現場は騒然とし、ベテランである前島さんも動揺していた。
「さち乃さん、おうちにいないんですか?」
「さっちゃん、ゆうべ遅くにお友達の家に泊まるって出ていって……!」
2階のさち乃さんの部屋へ急ぐ。
もぬけの殻だった。
玄関に戻り、誰もが言葉を失う中、1階の襖が少しだけ開いた。
かず彦さんがこちらを見つめている。
その顔面は蒼白で、明らかにショックを受けていた。
「さち乃……」と小さくつぶやいた後、また襖を閉めた。
なつ子さんが「警察に行ってくる」と力なく支度を始めた。
足元すら覚束なかったので、後藤さんが付き添うことになった。
一旦、撮影は中断された。
再会は夕方になってからだった。
萎れた花のように項垂れて、なつ子さんは後藤さんに支えられるようにして帰宅した。
病院以外の場所で亡くなると、ご遺体は警察による検視が行われる。
さち乃さんはしばらくこの家に『帰って』これないと、呆然とする母親の代わりに後藤さんが報告した。
「なつ子さん、もう今日はおやすみになってください。必要なものはありますか? 買ってきます」
後藤さんは、力強いが決して押しつけがましくない口調でなつ子さんを気遣った。
警察から電話が来て以降、後藤さんの細やかな気配りには、中葉さんも舌を巻いたという。
撮影初日は(この人、大丈夫かな……)と思ったが、現場では総合責任者である前島さんに代わって、中葉さんや他のスタッフに適切な指示を出し、場を回していた。
あいまいに頷いたなつ子さんは、上がり框に足を乗せた途端、ガクッと膝をついた。
「なつ子さん、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、です……あはは……すみません、気が……抜けちゃっ……!」
ふいになつ子さんの瞳から涙がこぼれた。
うぁあああああ……と、なつ子さんは慟哭し、うずくまった。
胸につまされる嘆きに、番組スタッフたちは言葉も出なかった。
「どうして……さっちゃん……どうして……」
「なつ子さん……」
後藤さんが背中をさすり、前島さんにアイコンタクトを送る。
「撮影をやめた方がいい」という提案と思われるが、それが届く前に、なつ子さんは言った。
「……った」
「え?」
「……間に合わなかったっ……!」
なつこさんが頭をふるふると振る。板張りの床に大粒のしずくがいくつも落ちた。
何が――とは、聞くまでもなかった。
「再生、……間に合わなかった……っ!」
なつ子さんがそう続けた瞬間、中葉さんの目頭が熱くなった。
――わたしは、わたしの家族を再生したいんです
撮影当初から提示されていた、なつ子さんの目的。
家族想いのなつ子さんの希望。
誰よりも家族を愛している母親の願い。
切実だったそれが永遠に叶わなくなってしまった――そんな痛みを目の当たりにし、中葉さんは息が苦しくなった。
後藤さんももらい泣きし、前島さんや他のスタッフも沈痛な面持ちとなった。
そのときだ。
ゴンッゴンッ
かず彦さんの部屋からくぐもった音がした。
襖の向こうから押し殺したような泣き声がした。



