満月の巫女の一族の長女として生まれてきた私は、異能を授からないままこの世に生を受けた。
両親や村のみんなから期待を裏切って生まれた私を疎ましい者として認知されてしまっている。
一緒に生まれた双子の妹の美希は私とは真逆でみんなからとても愛される存在となっている。
本来は私が受け継ぐはずだった浄化の異能を美希が持っていたからだ。
満月の巫女として村のみんなを助けるその姿は救世主そのもの。
それに引き換え、私は無能で災いを引き起こす疫病神だ。
両親からも村のみんなからも愛されず罵倒してくる。石を投げつけられることだって日常茶飯事だ。
美希はいつも綺麗な着物を着ているのに、私はボロの着物しか与えられない。いつも暖かくて美味しいものを食べている美希に対し、私は冷たい粗末な物しか食べた事しかない。
少しでも家事等で失敗があれば容赦なく殴ってくる。酷い時は真っ暗な蔵や座敷牢に閉じ込められる。
双子な妹は虐げられて苦しむ私を助ける事なく楽しそうに笑う。
「可哀想なお姉様。ちゃんとご先祖様から異能を受け継がなかったからよ。まぁ、私に相応しいからそうなったのよね?お母様?お父様?」
「あまり前じゃないか。可愛い美希の方が満月の巫女に相応しいと神様達が選んでくれたんだ」
「あんな出来損ないに継がせるわけないわ。ちゃんと神様も見てくれているのよ。美希は私達の自慢の娘。私達とこの村の希望の光よ」
お母様とお父様は美希を溺愛する。私は小さい頃からずっとこの光景を見てきた。
私もこんな風に愛して欲しいと願っていたが、いつの頃からかそんな期待は消えていた。もう目の前のこの人達に期待しても無駄なのだと分かりきってしまったのだ。
羨ましかった。血の繋がった両親から愛情を受けている妹の幸せそうな笑顔を見る度に私は影で涙を流した。
美希は自分が欲しいと思ったものは全て手に入れなきゃ気が済まない子だった。自分の欲望の為なら奪うことなんて気にしない。
そのせいで屋敷と村から出てゆく人達も何人も見た。
両親達が私をここに住まわせている理由は美希の玩具である事と鬱憤の捌け口にされてあるからだ。
何度も逃げてしまおうと考えた。けれど、逃げようとすればすぐに捕まって酷い目に遭うのは必然だろう。
それでも嫌悪が込められた視線も、蔑む言葉も、暴力もない場所に逃げてしまいたかった。
私もいつか村の外に出た彼等みたいに村の外に出たい。自由になって人気のない山奥で自然に囲まれながら暮らしたい。
私がそんな夢を思い描き始めたのはあの子に出会ったからだ。
私の辛い人生に一筋の光を照らしてくれた可愛い子。初めての友達で愛する家族。
どんな時でも私に寄り添ってくれる不思議なその子との出会いはとても寒い雨の日だった。
始まりはいつもの美希の我儘だった。
両親と美希の元に遠くから来客がやって来た。その来客は病を患った娘を治して欲しいという理由だった。
可愛らしかったその子の名は智尋と言う女の子で私と同い年だった。
病が原因で痩せ細り肌も真っ白。重病で余命幾許もなかった。
私は智尋ちゃんの世話役に自ら買って出た。
他の使用人達は智尋ちゃんの姿を見て気味悪がって誰もやろうとしなかった。さすが馬鹿共に支える奴らは使えない奴らばかりだ。
美希もその子のことを「痩せ細っていて骸骨みたいで気持ち悪い」と陰口を言っていた。
浄化の異能を持つ満月の巫女であろう人が言う言葉ではない。とても怒りを覚えたが口答えをすれば酷い目に遭わされる。勇気のない私は必死に怒りを抑えるしかなかった。
智尋ちゃんにこんな人達の言葉が届かない様に必死になって世話をした。
笑顔の可愛いその子は私の事をとても気に入ってくれて、彼女の大好きな本やよく描く絵や好物などいろいろ教えてくれた。
「真弥さんが満月の巫女だったらよかったのになぁ。ここの人達は真弥さんしか良い人が居ないもの」
異能も霊力も継がなかった私を智尋ちゃんはとても憐んでくれた。私に異能を継がせてくれなかった神様に怒ってもくれた。
けれど、その気持ちだけで十分だと私は微笑んだ。
そして、数日後の力が満ちる満月の晩に浄化の異能の施しを受けて智尋ちゃんは無事身体を治すことができ命の危機を脱したのだった。
病が治った後の智尋ちゃんは本来の姿に戻りさらに可愛らしくなっていた。
美希はその姿を見て「なんて可愛いの!!!!私の妹にしたいわ!!!」と態度を一変させていた。その姿がとても気持ち悪く感じたのは無理もない。
そんな美希を見て智尋ちゃんは呆れた様にため息をついていた。
「貴女、本当に満月の巫女なの?全然その様には見えないのだけれど?」
「え…?智尋様…?」
「巫女はどんな人間でも、妖でも、困っている者に手を差し伸べ光ある道に導く存在。姿を見ただけで蔑みほくそ笑む様な人間がなる者ではない」
「な、何ですって…?!!!」
「本当のことを言ったまでよ。全然教養がない。"お前"には浄化の異能を持つ価値なんてこれっぽっちもないなのにね。片腹痛いわ」
智尋ちゃんに指摘されたことで美希は機嫌を悪くしてしまった。両親達が必死になって彼女を宥めている。
怒りで取り乱す美希を両親は智尋ちゃんの前から下げさせた。襖の向こうから美希の金切り声が響き渡っていた。
美希の機嫌が悪くなった理由はこれだけではない。私が智尋ちゃんと親しく話していたのが気に入らなかったからだ。
今まで世話もせず、ただ通りかかった時だけ可哀想にと呟くだけで何もしていないのに突然姉妹の様な親友になんかになれるわけがない。尚且つ、影で悪口を言う様な人間と誰が親しくなりたいのだろうか。
自分の思い通りにならない美希はすぐに悪知恵を思いつく女。いつもニヤニヤと何かを企んでいるかの様な笑顔を浮かべて私を見ていた。
ようやく美希が居なくなり、部屋には智尋ちゃんと私の二人だけになった。
「真弥さん。これから起きることに絶望しないでね?」
「え?」
「あの妹が愚かな事を貴女に仕掛けてくるけど、その先で貴女の人生にとって大事な子が現れるから」
「え、えっと、どういう…」
「ずっと貴女の側にいてくれる強い子よ。必ず貴女を守ってくれる。あ、そうだった。あとこれを」
すると、挿していた青い彼岸花の簪を私に差し出してきた。
「あの…これは…?」
「弱っていた私の世話をしてくれたお礼と友人の証」
「智尋ちゃん…。いいの?私なんかがこんな綺麗な簪を貰ってしまって…美希に渡すべきなんじゃ…」
「真弥だからあげたの。ずっと私の我儘を聞いてくれて何もお礼もしないで帰るなんてできない。それに」
「それに?」
智尋ちゃんはにこりと微笑んだ。
「アイツは"偽物"だからね。次に会う時にすぐに真弥を見つけられる様におまじないをかけておいたから。あの妹に壊されても大丈夫な様にもしたからね」
「どうゆうこと?」
「まだ秘密。これだけは言えるわね。貴女の未来は希望に満ちているとだけ言っておくわ」
まるで予言の様な言葉を告げると智尋ちゃんは再び微笑む。私がその言葉の意味が分からず問いただそうとした時だった。
突然凄まじい風が吹きつけてきた。周りにあった物は吹き飛ぶ音が鳴り響く。
目が開けられない程の風がようやく収まり、恐る恐る目を開けるとさっきまで目の前にいたはずの智尋ちゃんの姿はなかった。
私にあげると言ってくれた青い彼岸花の簪と置き手紙を残して姿を消してしまったのだった。
私は簪を拾い上げ懐に隠した。
その後は言うまでもないが大騒ぎだった。
あの病弱だった少女と両親達が何も告げずに忽然と消えてしまったのだから。
私は簪のことは告げず置き手紙だけお母様達に渡した。
手紙には満月の巫女様のお陰で娘の病が治り元の元気な姿に戻してくれたことへの感謝と、ここにいる間ずっと側で世話をしてくれた私にも感謝していると書かれていたそうだ。
両親と使用人達は私への感謝なんて書かなくていいのにと鼻で笑っていた。
でも、そんな事気にしなかった。この青い彼岸花の簪が智尋ちゃんの思いが込められているのだから。
智尋ちゃんが言っていた私の人生にとても大事な子ってどんな人なのだろう。もしかして人じゃないかもしれない。この簪を見る度にそう思ってしまう。
だが、あの我儘で悪どい美希が綺麗な簪を見逃すはずがない。私が持っているなら尚更だ。
両親や村のみんなから期待を裏切って生まれた私を疎ましい者として認知されてしまっている。
一緒に生まれた双子の妹の美希は私とは真逆でみんなからとても愛される存在となっている。
本来は私が受け継ぐはずだった浄化の異能を美希が持っていたからだ。
満月の巫女として村のみんなを助けるその姿は救世主そのもの。
それに引き換え、私は無能で災いを引き起こす疫病神だ。
両親からも村のみんなからも愛されず罵倒してくる。石を投げつけられることだって日常茶飯事だ。
美希はいつも綺麗な着物を着ているのに、私はボロの着物しか与えられない。いつも暖かくて美味しいものを食べている美希に対し、私は冷たい粗末な物しか食べた事しかない。
少しでも家事等で失敗があれば容赦なく殴ってくる。酷い時は真っ暗な蔵や座敷牢に閉じ込められる。
双子な妹は虐げられて苦しむ私を助ける事なく楽しそうに笑う。
「可哀想なお姉様。ちゃんとご先祖様から異能を受け継がなかったからよ。まぁ、私に相応しいからそうなったのよね?お母様?お父様?」
「あまり前じゃないか。可愛い美希の方が満月の巫女に相応しいと神様達が選んでくれたんだ」
「あんな出来損ないに継がせるわけないわ。ちゃんと神様も見てくれているのよ。美希は私達の自慢の娘。私達とこの村の希望の光よ」
お母様とお父様は美希を溺愛する。私は小さい頃からずっとこの光景を見てきた。
私もこんな風に愛して欲しいと願っていたが、いつの頃からかそんな期待は消えていた。もう目の前のこの人達に期待しても無駄なのだと分かりきってしまったのだ。
羨ましかった。血の繋がった両親から愛情を受けている妹の幸せそうな笑顔を見る度に私は影で涙を流した。
美希は自分が欲しいと思ったものは全て手に入れなきゃ気が済まない子だった。自分の欲望の為なら奪うことなんて気にしない。
そのせいで屋敷と村から出てゆく人達も何人も見た。
両親達が私をここに住まわせている理由は美希の玩具である事と鬱憤の捌け口にされてあるからだ。
何度も逃げてしまおうと考えた。けれど、逃げようとすればすぐに捕まって酷い目に遭うのは必然だろう。
それでも嫌悪が込められた視線も、蔑む言葉も、暴力もない場所に逃げてしまいたかった。
私もいつか村の外に出た彼等みたいに村の外に出たい。自由になって人気のない山奥で自然に囲まれながら暮らしたい。
私がそんな夢を思い描き始めたのはあの子に出会ったからだ。
私の辛い人生に一筋の光を照らしてくれた可愛い子。初めての友達で愛する家族。
どんな時でも私に寄り添ってくれる不思議なその子との出会いはとても寒い雨の日だった。
始まりはいつもの美希の我儘だった。
両親と美希の元に遠くから来客がやって来た。その来客は病を患った娘を治して欲しいという理由だった。
可愛らしかったその子の名は智尋と言う女の子で私と同い年だった。
病が原因で痩せ細り肌も真っ白。重病で余命幾許もなかった。
私は智尋ちゃんの世話役に自ら買って出た。
他の使用人達は智尋ちゃんの姿を見て気味悪がって誰もやろうとしなかった。さすが馬鹿共に支える奴らは使えない奴らばかりだ。
美希もその子のことを「痩せ細っていて骸骨みたいで気持ち悪い」と陰口を言っていた。
浄化の異能を持つ満月の巫女であろう人が言う言葉ではない。とても怒りを覚えたが口答えをすれば酷い目に遭わされる。勇気のない私は必死に怒りを抑えるしかなかった。
智尋ちゃんにこんな人達の言葉が届かない様に必死になって世話をした。
笑顔の可愛いその子は私の事をとても気に入ってくれて、彼女の大好きな本やよく描く絵や好物などいろいろ教えてくれた。
「真弥さんが満月の巫女だったらよかったのになぁ。ここの人達は真弥さんしか良い人が居ないもの」
異能も霊力も継がなかった私を智尋ちゃんはとても憐んでくれた。私に異能を継がせてくれなかった神様に怒ってもくれた。
けれど、その気持ちだけで十分だと私は微笑んだ。
そして、数日後の力が満ちる満月の晩に浄化の異能の施しを受けて智尋ちゃんは無事身体を治すことができ命の危機を脱したのだった。
病が治った後の智尋ちゃんは本来の姿に戻りさらに可愛らしくなっていた。
美希はその姿を見て「なんて可愛いの!!!!私の妹にしたいわ!!!」と態度を一変させていた。その姿がとても気持ち悪く感じたのは無理もない。
そんな美希を見て智尋ちゃんは呆れた様にため息をついていた。
「貴女、本当に満月の巫女なの?全然その様には見えないのだけれど?」
「え…?智尋様…?」
「巫女はどんな人間でも、妖でも、困っている者に手を差し伸べ光ある道に導く存在。姿を見ただけで蔑みほくそ笑む様な人間がなる者ではない」
「な、何ですって…?!!!」
「本当のことを言ったまでよ。全然教養がない。"お前"には浄化の異能を持つ価値なんてこれっぽっちもないなのにね。片腹痛いわ」
智尋ちゃんに指摘されたことで美希は機嫌を悪くしてしまった。両親達が必死になって彼女を宥めている。
怒りで取り乱す美希を両親は智尋ちゃんの前から下げさせた。襖の向こうから美希の金切り声が響き渡っていた。
美希の機嫌が悪くなった理由はこれだけではない。私が智尋ちゃんと親しく話していたのが気に入らなかったからだ。
今まで世話もせず、ただ通りかかった時だけ可哀想にと呟くだけで何もしていないのに突然姉妹の様な親友になんかになれるわけがない。尚且つ、影で悪口を言う様な人間と誰が親しくなりたいのだろうか。
自分の思い通りにならない美希はすぐに悪知恵を思いつく女。いつもニヤニヤと何かを企んでいるかの様な笑顔を浮かべて私を見ていた。
ようやく美希が居なくなり、部屋には智尋ちゃんと私の二人だけになった。
「真弥さん。これから起きることに絶望しないでね?」
「え?」
「あの妹が愚かな事を貴女に仕掛けてくるけど、その先で貴女の人生にとって大事な子が現れるから」
「え、えっと、どういう…」
「ずっと貴女の側にいてくれる強い子よ。必ず貴女を守ってくれる。あ、そうだった。あとこれを」
すると、挿していた青い彼岸花の簪を私に差し出してきた。
「あの…これは…?」
「弱っていた私の世話をしてくれたお礼と友人の証」
「智尋ちゃん…。いいの?私なんかがこんな綺麗な簪を貰ってしまって…美希に渡すべきなんじゃ…」
「真弥だからあげたの。ずっと私の我儘を聞いてくれて何もお礼もしないで帰るなんてできない。それに」
「それに?」
智尋ちゃんはにこりと微笑んだ。
「アイツは"偽物"だからね。次に会う時にすぐに真弥を見つけられる様におまじないをかけておいたから。あの妹に壊されても大丈夫な様にもしたからね」
「どうゆうこと?」
「まだ秘密。これだけは言えるわね。貴女の未来は希望に満ちているとだけ言っておくわ」
まるで予言の様な言葉を告げると智尋ちゃんは再び微笑む。私がその言葉の意味が分からず問いただそうとした時だった。
突然凄まじい風が吹きつけてきた。周りにあった物は吹き飛ぶ音が鳴り響く。
目が開けられない程の風がようやく収まり、恐る恐る目を開けるとさっきまで目の前にいたはずの智尋ちゃんの姿はなかった。
私にあげると言ってくれた青い彼岸花の簪と置き手紙を残して姿を消してしまったのだった。
私は簪を拾い上げ懐に隠した。
その後は言うまでもないが大騒ぎだった。
あの病弱だった少女と両親達が何も告げずに忽然と消えてしまったのだから。
私は簪のことは告げず置き手紙だけお母様達に渡した。
手紙には満月の巫女様のお陰で娘の病が治り元の元気な姿に戻してくれたことへの感謝と、ここにいる間ずっと側で世話をしてくれた私にも感謝していると書かれていたそうだ。
両親と使用人達は私への感謝なんて書かなくていいのにと鼻で笑っていた。
でも、そんな事気にしなかった。この青い彼岸花の簪が智尋ちゃんの思いが込められているのだから。
智尋ちゃんが言っていた私の人生にとても大事な子ってどんな人なのだろう。もしかして人じゃないかもしれない。この簪を見る度にそう思ってしまう。
だが、あの我儘で悪どい美希が綺麗な簪を見逃すはずがない。私が持っているなら尚更だ。



