名前も無くこの世に生を受ける前のある少女の記憶。まだ母親の胎内にいた頃に起きた出来事。
この記憶はこの世に生まれた瞬間に彼女の頭の中から全て忘れてしまうが、彼女を見守る神々がしっかりと覚えてくれる。
何故、神々が人間の娘である少女を特別視するのかは、 彼女が持つ先祖代々受け継がれている異能に理由があった。
浄化の異能と呼ばれたその力は、穢れを清めるだけでなく怪我や病を治す癒す力も含まれていた。
大昔、神に支えていた巫女が人間界に降りる際に、この力を使って人間や妖の掛橋となって欲しいという願いを込めて神々はこの力を授けた。
異能を授かった巫女は神々の願い通り、傷付いた人間や妖を救い、時には悪しき者から彼らを救った者として崇められる様になった。
その巫女が美しい満月の晩に天から舞い降りたことから満月の巫女と名付けられる様になった。
代々、巫女の一族の長女は必ず浄化の異能を受け継ぐと言われていた。
だが、稀に長女では無くその次に生まれる娘が受け継ぐ事例もあった。受け継がれなかった長女は無能の見なされ、満月と真逆の光の無い夜空の象徴である新月と似ていることから新月の巫女と呼ばれる。
新月の巫女となった少女は、無能な役立たずだと理不尽な扱いを受け、災いをばら撒く存在であるという事実無根な噂が流されたり、不吉な存在であるからと座敷牢に閉じ込められ非業の死を遂げるなどその人生は散々だった。
母親の胎内で生まれるのを双子の妹と共に待つ少女は異能をしっかりを受け継がれていた。
このまま何も問題なく誕生を迎えるはずだった。
まだ名も無き少女に無情にも試練が訪れる。
それは突然のことだった。一緒に成長していた双子の妹の鼓動が止まりかけていたのだ。
母親の身体にも異変が起こっていて苦しみ悶えていた。
《このままじゃかあさまといもうとがしんじゃう…!!》
姉である少女は死にゆく妹と母親を救う術を探る。
だが、まだ異能を発現できない胎児である自分にできることはない。
けれど、彼女自身も危険に晒されている。
少女を見守っていた神々が彼女に語りかける。
『貴女が持つ異能を《《貸す》》しか方法がありません。まだ異能を使えない今の貴女ができることはこれだけだ』
『浄化の異能は癒しの力もある。死にかけてる片割れに渡せば助けられる』
《ほんとうに…?》
『ああ。大丈夫だ。怖がることはない。異能は必ず君の母親と妹を助けてくれるし、すぐではないが君の元に戻ってくる』
『だがなぁ、異能を明け渡せばその代償としてお前は新月の巫女の名を与えられてひでぇ目に遭うぞ?いいのか?』
救える方法はその一つだけしかなかった。
《いいの。わたしのかわいいいもうとをたすけたいから…おねがい。わたしひとりじゃできない。いもうとにちからをわたすのをてつだって…おかあさまといもうとをたすけて…》
『わかったわ。真の満月の巫女よ。早速継承の準備に取り掛かりましょう」
『浄化の異能は妹の中で力を蓄えられる。時が来たら貴女の元へ戻ってくることを忘れないで。どんなに辛いことがあっても諦めてはダメよ。貴女が流した涙は必ず報われるわ。そして、私達神は貴女を見捨てたりしない』
『ずっと見守っているからね』
可愛い妹とまだ見ぬ母親を助けたい一心だった少女は迷いなど無く異能を妹に明け渡す決意をした。
『この世に生を受けたらここで起きたことは全て忘れてしまうことも忘れるなよ?死にかけてる片割れなんて何も知りゃしないのが腹立つがな』
『仕方がなかろう。だが、今後、真の満月の巫女を蔑む様なことをしたら話は違うけど』
『助けられた記憶が無くてもこの子にちゃんと感謝できる人間に育つか怪しいところだ』
片割れの妹を思う少女の気持ちとは対照的に、神々は継承させることに渋っていた。
今まで新月の巫女として生まれた者がどんな扱いを受けたきたのかずっと見てきたこともあるのだろう。
この妹に浄化の異能を明け渡す価値があるのか。まるで神々は見抜いている様にしか見えない。
それでも少女は助ける手を止めない。全ては大好きな可愛い妹の為。
持っていた異能を全て妹に渡した後、さっきまで聞こえていた神々の声が聞こえなくなった。
その代わりに片割れの妹は息を吹き返し生きながらえた。母親も苦しみから解放された様だ。
『真の満月の巫女よ。貴女がこの世に生まれてくるのを心から待っているぞ。我々の声が聞こえずとも側にいるからな』
『然るべき時が来たらまた会いましょう。力を取り戻し正真正銘の真の満月の巫女となった貴女に遭うのが楽しみだわ』
《ありがとう。かみさま。もうあなたたちのこえはきこえないけれどちかくにいるのはわかる。わたしはこうかいしてないよ。だっておかあさまといもうとをたすけられたから》
少女は神々に感謝をしながら再び眠りにつく。次に目覚めた頃には彼女はもう胎内の中で起きたことは完全に忘れてしまうだろう。
そして、浄化の異能を失った彼女に立ちはだかる新月の巫女としての困難が待っている。
それはこの世に生まれてすぐに訪れた。
それから少し経った頃に少女はこの世に生を受けた。真弥と名付けられた少女は満月の巫女の一族の長女として期待されていた。
だが、無情にも生まれたばかりの胎児に現実を突きつけられる。
「残念ですが…真弥様は異能を授かっておりません…」
生まれたばかりの真弥と名付けられた少女が住む村で術士を呼び異能を保持の有無と霊力の高さを調べてもらっていた。
真弥だけでなく、一緒に生まれた双子の妹の美希も同じ様に調べてもらうのを待っている。
だが、村のみんなから期待の目が向けられていた真弥に残酷過ぎる現実が突きつけられた。
真弥を抱き抱えた術士の男はこの子には何も無いと両親や村人達にとても残念そうにそう答えた。
これは胎内にいた頃に死にかけていた妹の美希を助ける為に異能を渡した結果だ。
あの子は巫女の一族の長女はだぞ?、嘘だ、何かの間違いだ、もう一度調べてくれとみんなは必死になって術士の男に詰め寄る。
だが、術士の男は首を横に振った。何度術師が霊力を使って真弥が持っているはずの浄化の異能の保持の有無と霊力を調べても結果は変わらなかった。
普通の親なら例え異能を持たなくても可愛い我が子に愛情を注ぐ筈だ。だが、この親は違った。
美希に浄化の異能が受け継がれていると知った途端、両親は彼女にしか愛情を注がなかったのだ。
可愛らしい顔を持った美希こそ満月の巫女に相応しかったのだ。この子はご先祖様の様な立派な満月の巫女になると期待し、美希の我儘はなんでも聞いていた。
真弥には軽蔑の目を向けた。何も持たない無能である新月の巫女であるお前は私達の家族ではないと虐げ続けている。
血の繋がった家族だというのに我が子とは認めず、使用人以下の扱いで真弥を住まわせている。
少しでも失敗があれば両親や商人達に激しく叱責し、美希の嘘で濡れ衣を着せられ両親達に理不尽に叱られ酷い時には殴られることなんて日常茶飯事だった。
村の者達も新月の巫女である真弥の事を災いを呼ぶ対象としか見ておらず忌子を罵っていた。
何処にも味方がいない真弥は生まれた時から暗くて辛い道を歩まなければならなかった。
可愛い妹を助けた代償が余りにも大きすぎた。
その妹も両親達と混ざって真弥を虐げている。
神々が恐れていた通りになってしまった。
真の満月の巫女である真弥を助ける為に神々が下手に人間に干渉してしまったら秩序が滅茶苦茶になってしまう。神々は目の前にいる悲しい生活を送り泣き続ける少女を優しく見守り続けるしかなかった。
けれど、そんな真弥の人生にある二つの出会いが一筋の光が差す。
それは、明るく暖かい道へ導く出会いと美しい藤の花に囲まれて交わされた約束の始まりでもあった。
この記憶はこの世に生まれた瞬間に彼女の頭の中から全て忘れてしまうが、彼女を見守る神々がしっかりと覚えてくれる。
何故、神々が人間の娘である少女を特別視するのかは、 彼女が持つ先祖代々受け継がれている異能に理由があった。
浄化の異能と呼ばれたその力は、穢れを清めるだけでなく怪我や病を治す癒す力も含まれていた。
大昔、神に支えていた巫女が人間界に降りる際に、この力を使って人間や妖の掛橋となって欲しいという願いを込めて神々はこの力を授けた。
異能を授かった巫女は神々の願い通り、傷付いた人間や妖を救い、時には悪しき者から彼らを救った者として崇められる様になった。
その巫女が美しい満月の晩に天から舞い降りたことから満月の巫女と名付けられる様になった。
代々、巫女の一族の長女は必ず浄化の異能を受け継ぐと言われていた。
だが、稀に長女では無くその次に生まれる娘が受け継ぐ事例もあった。受け継がれなかった長女は無能の見なされ、満月と真逆の光の無い夜空の象徴である新月と似ていることから新月の巫女と呼ばれる。
新月の巫女となった少女は、無能な役立たずだと理不尽な扱いを受け、災いをばら撒く存在であるという事実無根な噂が流されたり、不吉な存在であるからと座敷牢に閉じ込められ非業の死を遂げるなどその人生は散々だった。
母親の胎内で生まれるのを双子の妹と共に待つ少女は異能をしっかりを受け継がれていた。
このまま何も問題なく誕生を迎えるはずだった。
まだ名も無き少女に無情にも試練が訪れる。
それは突然のことだった。一緒に成長していた双子の妹の鼓動が止まりかけていたのだ。
母親の身体にも異変が起こっていて苦しみ悶えていた。
《このままじゃかあさまといもうとがしんじゃう…!!》
姉である少女は死にゆく妹と母親を救う術を探る。
だが、まだ異能を発現できない胎児である自分にできることはない。
けれど、彼女自身も危険に晒されている。
少女を見守っていた神々が彼女に語りかける。
『貴女が持つ異能を《《貸す》》しか方法がありません。まだ異能を使えない今の貴女ができることはこれだけだ』
『浄化の異能は癒しの力もある。死にかけてる片割れに渡せば助けられる』
《ほんとうに…?》
『ああ。大丈夫だ。怖がることはない。異能は必ず君の母親と妹を助けてくれるし、すぐではないが君の元に戻ってくる』
『だがなぁ、異能を明け渡せばその代償としてお前は新月の巫女の名を与えられてひでぇ目に遭うぞ?いいのか?』
救える方法はその一つだけしかなかった。
《いいの。わたしのかわいいいもうとをたすけたいから…おねがい。わたしひとりじゃできない。いもうとにちからをわたすのをてつだって…おかあさまといもうとをたすけて…》
『わかったわ。真の満月の巫女よ。早速継承の準備に取り掛かりましょう」
『浄化の異能は妹の中で力を蓄えられる。時が来たら貴女の元へ戻ってくることを忘れないで。どんなに辛いことがあっても諦めてはダメよ。貴女が流した涙は必ず報われるわ。そして、私達神は貴女を見捨てたりしない』
『ずっと見守っているからね』
可愛い妹とまだ見ぬ母親を助けたい一心だった少女は迷いなど無く異能を妹に明け渡す決意をした。
『この世に生を受けたらここで起きたことは全て忘れてしまうことも忘れるなよ?死にかけてる片割れなんて何も知りゃしないのが腹立つがな』
『仕方がなかろう。だが、今後、真の満月の巫女を蔑む様なことをしたら話は違うけど』
『助けられた記憶が無くてもこの子にちゃんと感謝できる人間に育つか怪しいところだ』
片割れの妹を思う少女の気持ちとは対照的に、神々は継承させることに渋っていた。
今まで新月の巫女として生まれた者がどんな扱いを受けたきたのかずっと見てきたこともあるのだろう。
この妹に浄化の異能を明け渡す価値があるのか。まるで神々は見抜いている様にしか見えない。
それでも少女は助ける手を止めない。全ては大好きな可愛い妹の為。
持っていた異能を全て妹に渡した後、さっきまで聞こえていた神々の声が聞こえなくなった。
その代わりに片割れの妹は息を吹き返し生きながらえた。母親も苦しみから解放された様だ。
『真の満月の巫女よ。貴女がこの世に生まれてくるのを心から待っているぞ。我々の声が聞こえずとも側にいるからな』
『然るべき時が来たらまた会いましょう。力を取り戻し正真正銘の真の満月の巫女となった貴女に遭うのが楽しみだわ』
《ありがとう。かみさま。もうあなたたちのこえはきこえないけれどちかくにいるのはわかる。わたしはこうかいしてないよ。だっておかあさまといもうとをたすけられたから》
少女は神々に感謝をしながら再び眠りにつく。次に目覚めた頃には彼女はもう胎内の中で起きたことは完全に忘れてしまうだろう。
そして、浄化の異能を失った彼女に立ちはだかる新月の巫女としての困難が待っている。
それはこの世に生まれてすぐに訪れた。
それから少し経った頃に少女はこの世に生を受けた。真弥と名付けられた少女は満月の巫女の一族の長女として期待されていた。
だが、無情にも生まれたばかりの胎児に現実を突きつけられる。
「残念ですが…真弥様は異能を授かっておりません…」
生まれたばかりの真弥と名付けられた少女が住む村で術士を呼び異能を保持の有無と霊力の高さを調べてもらっていた。
真弥だけでなく、一緒に生まれた双子の妹の美希も同じ様に調べてもらうのを待っている。
だが、村のみんなから期待の目が向けられていた真弥に残酷過ぎる現実が突きつけられた。
真弥を抱き抱えた術士の男はこの子には何も無いと両親や村人達にとても残念そうにそう答えた。
これは胎内にいた頃に死にかけていた妹の美希を助ける為に異能を渡した結果だ。
あの子は巫女の一族の長女はだぞ?、嘘だ、何かの間違いだ、もう一度調べてくれとみんなは必死になって術士の男に詰め寄る。
だが、術士の男は首を横に振った。何度術師が霊力を使って真弥が持っているはずの浄化の異能の保持の有無と霊力を調べても結果は変わらなかった。
普通の親なら例え異能を持たなくても可愛い我が子に愛情を注ぐ筈だ。だが、この親は違った。
美希に浄化の異能が受け継がれていると知った途端、両親は彼女にしか愛情を注がなかったのだ。
可愛らしい顔を持った美希こそ満月の巫女に相応しかったのだ。この子はご先祖様の様な立派な満月の巫女になると期待し、美希の我儘はなんでも聞いていた。
真弥には軽蔑の目を向けた。何も持たない無能である新月の巫女であるお前は私達の家族ではないと虐げ続けている。
血の繋がった家族だというのに我が子とは認めず、使用人以下の扱いで真弥を住まわせている。
少しでも失敗があれば両親や商人達に激しく叱責し、美希の嘘で濡れ衣を着せられ両親達に理不尽に叱られ酷い時には殴られることなんて日常茶飯事だった。
村の者達も新月の巫女である真弥の事を災いを呼ぶ対象としか見ておらず忌子を罵っていた。
何処にも味方がいない真弥は生まれた時から暗くて辛い道を歩まなければならなかった。
可愛い妹を助けた代償が余りにも大きすぎた。
その妹も両親達と混ざって真弥を虐げている。
神々が恐れていた通りになってしまった。
真の満月の巫女である真弥を助ける為に神々が下手に人間に干渉してしまったら秩序が滅茶苦茶になってしまう。神々は目の前にいる悲しい生活を送り泣き続ける少女を優しく見守り続けるしかなかった。
けれど、そんな真弥の人生にある二つの出会いが一筋の光が差す。
それは、明るく暖かい道へ導く出会いと美しい藤の花に囲まれて交わされた約束の始まりでもあった。



