杏は込み上げる吐き気と共に目を覚ました。
顔を横に向け、ひとしきり吐くと自分が寝ているのが地面だと認識する。生い茂った草が背中や顔に刺さった。周囲は真っ暗で、空を見上げると背の高い木がたくさん見えた。

「あ、吐いてしまいましたか。すみません、やっぱり飲ませすぎちゃったみたいですね。
前回も前々回も、頼んでも居ないのに余計な男が入居してくれたから、追い出すのに時間がかかりましてね。
久しぶりに佐藤さんのような素敵な方が入居してくれたから、嬉しくてつい、」

鈴木は楽しそうに話した。

「な、に……?え?」

「男だと鬱陶しいだけですが、やはりねぇ、わたしが見込んだだけある」

鈴木はやけに興奮していて、部屋にいるときよりも更に饒舌になっていた。
ナイフを持った鈴木が頭上にぬっと顔をだす。温度のない笑顔に全身が震えた。

「お、その表情いいですねぇ。佐藤さんとはもう少し楽しみたかったのに、あなた店に何度も来るから。あんなに騒がれたら、あの部屋を担当してるわたしが疑われちゃうでしょう。だからね、ちょっと早いけど、あなたは終わりにすることにしました」


杏の視界にはぬらりと光るナイフと、おぞましく笑う鈴木が映る。杏は芋虫のように縛られている体を捩った。周囲には部屋にセットされていたはずのカメラが三脚で立てられていた。

(わたしをとってる…?)

「鈴木、さん?な、なんで」

「ああカメラですか。これは趣味ですよ。コレクションにしてましてね。わたしね、恐怖に歪む顔とか悲鳴が好きなんです。佐藤さんはいままでの誰よりも怖がりで、とても可愛らしかった。さぁ、最後に、最高のショーを撮らせてくださいよ」

杏が悲鳴をあげると鈴木は悦んだ。

(誰か、助けーーー……)

ザク、と肉を抉る音を体の内側から聞いたのが最後であった。

***

鈴木は杏の住んでいた部屋で、入念にカメラのチェックをしていた。前回、1つのカメラの目の前に本棚を置かれてしまい、上手く撮影出来なかったのだ。


「鈴木さん、退去のチェックいかがですか?」

玄関ドアから大家が顔をだす。腰の曲がったお爺さんだ。

「ご入居の期間少なかったですからね、掃除だけで次の募集かけれそうですよ」

「そうか。いつもありがとうね。あの女の子失踪しちゃったんだって?まったく、どうしてこの部屋だけみんなすぐ出て行ってしまうのかねぇ」

「ええ、そうみたいですね。幽霊がいるとか不思議なことを言っていたので、精神病だったんじゃないですか」

「ああ、防犯カメラをみせてくれって言ってたの、同じ人だったっけ。録画を観るとかそういうのよくわからないから、あの時はお手数かけてしまったね」

「とんでもない。わたし映像の加工とか編集、好きなんですよ。得意なのでいつでも声をかけてください」

鈴木は微笑んだ。