仕事を終えた鈴木は、一度自宅へ戻ると、カメラやロープ、ガムテープ、工具などの必要な道具を大きな鞄に詰めんこんだ。
途中、コンビニで食事と飲み物を買い込む。ついでに杏の分も用意した。手土産を貰えば、多少気持が緩くなる。これくらいあれば朝まで持つだろう。鈴木は家に一人で帰れないと言う杏と、最寄り駅で待ち合わせをしてから一緒にマンションへ向かった。
杏の部屋は、パステル系の水色に統一され、大学生の女の子らしく可愛らしかった。ベッドの上にはぬいぐるみがたくさんのっており、テレビボードには手のひらサイズの観葉植物と雑貨が並んでいた。
長年この部屋を見てきたが、入居者によって雰囲気が変わるのは面白い。
鈴木はぐるりと見回してから、カメラを設置し始めた。間取りは完璧に頭に入っている。どこに置けばどう映るかなんて朝飯前だ。
玄関ドア前に2つ。部屋全体が映るように、2種類のカメラをセットした。郵便受けには小さなモノをとりつける。手紙が落ちる部分にテープで貼り付けた。
「それはなんですか?」
杏はソワソワとしながら鈴木の側に立っていた。
「マイクロスコープですよ。歯医者とかが使うやつです。小さいのに画像と機能が良いですからね、差し込み口が動いたらバッチリ撮れる筈です」
「手慣れてますね」
「実は大学のサークル、ミステリー研究会だったんです。UFOとか心霊とか好きで。昔はよく廃墟とかに潜り込んで撮影をしたものです」
鈴木は作業をしながら振り返り、にへらと笑った。その笑顔は薄気味悪くはあったが、今、杏が頼れるのはこの男だけしか居ない。「そうですか」と愛想笑いをした。
***
不動産屋の鈴木はコンビニの食事を終えると、テレビを見ながら軽快な会話を続けた。
業務外の仕事であるからか、店で話していた時よりも少しくだけた話し方であった。
夜も更けてきて、時刻は丑三つ時近くとなった。
杏が緊張して口数が少なくなっていくのに対し、鈴木はさらに饒舌になった。居酒屋にでもいるようにテンションが高い。
「最近、事故物件って言葉が流行ってて困るんですよね~。なんでもかんでも面白く騒ぎたてて。そもそも、病気とか事故死は告知義務なんてないんですよ。
孤独死なんて山ほどあるんですから。そんなこと言ってたら住む場所がなくなってしまう。
江戸時代には武士が切られた場所だったかもしれないし、墓だったかもしれない。
この間なんか、裏の家で孤独死あったから住むのやめますだなんてお客さんがいましてね、それを告げなかったとかなんとかでクレームになったんですよ。裏の家の事なんか、殺人事件でもない限り知るかって話なんです。しかもそれ、近所のおばさんが言いふらしてるのを聞いたらしくって、本当迷惑っていうか」
杏は、はぁ、と相づちをうった。彼はアルコールでも入っているのだろうか。仮にも自分も顧客である。
ちょっとした心霊現象で呼び出すなとでも責められているようで、杏は眉をしかめた。しかし、鈴木の愚痴のような話にかき消され、いつものおどろおどろしい空気は今日は感じない。
やはり一人より誰かいてくれるというのは心強いものだ。ちょっと癖のある人だが、色々気をつかってくれて悪い人ではない。杏は鈴木が買ってきてくれたお茶で、喉を潤した。
「ケースバイケースですけど、入居者が入れ替わっていれば、たとえ自殺があった物件でも告知する必要がないってこともあるんですよ」
鈴木は秘密を明かすように、得意げに言った。
「この部屋も入れ替わり激しいですからねぇ」
「え?じゃあこの部屋も何かあったって事ですか?!事故物件じゃないって言ったじゃないですか!」
杏は詰め寄った。
「佐藤さん、落ち着いてくださいよ。この部屋は事故物件じゃありません」
鈴木は心外だとでもいうように真剣な顔をした。
では、なんでこの部屋は入れ替わりが激しいのだろう。やっぱり心霊現象があるからみんな早く出て行ってしまうのではないだろうか。杏は不安のせいか、急に胸が苦しくなった。息苦しい。手足がしびれている。
「事故物件にならないように、わたしはちゃんと、外でやることにしているんです。この部屋はわたしの理想に相応しいかどうか、見極めるための部屋、とでも言いますかね」
「ーーーはい?」
意識が朦朧とし、うまく頭が働かない。貧血のように視界が暗くなる中で、杏は鈴木を見た。
「あの、すみませんちょっと具合が……」
「ああ、もう効いてきました?分量間違えたかな。でも大丈夫ですよ。死にはしませんから」
鈴木はガサゴソと大きなバックを弄って中身を出していた。
「念のためね、暴れたり叫んだりされたら面倒ですから、ちょっと失礼しますね」
鈴木はガムテープを取り出すと杏の口に貼り、ロープで手足を縛った。
杏は指も動かせず、うめき声を出すのがやっとだ。何が起こったのがわからないまま、意識を失った。
途中、コンビニで食事と飲み物を買い込む。ついでに杏の分も用意した。手土産を貰えば、多少気持が緩くなる。これくらいあれば朝まで持つだろう。鈴木は家に一人で帰れないと言う杏と、最寄り駅で待ち合わせをしてから一緒にマンションへ向かった。
杏の部屋は、パステル系の水色に統一され、大学生の女の子らしく可愛らしかった。ベッドの上にはぬいぐるみがたくさんのっており、テレビボードには手のひらサイズの観葉植物と雑貨が並んでいた。
長年この部屋を見てきたが、入居者によって雰囲気が変わるのは面白い。
鈴木はぐるりと見回してから、カメラを設置し始めた。間取りは完璧に頭に入っている。どこに置けばどう映るかなんて朝飯前だ。
玄関ドア前に2つ。部屋全体が映るように、2種類のカメラをセットした。郵便受けには小さなモノをとりつける。手紙が落ちる部分にテープで貼り付けた。
「それはなんですか?」
杏はソワソワとしながら鈴木の側に立っていた。
「マイクロスコープですよ。歯医者とかが使うやつです。小さいのに画像と機能が良いですからね、差し込み口が動いたらバッチリ撮れる筈です」
「手慣れてますね」
「実は大学のサークル、ミステリー研究会だったんです。UFOとか心霊とか好きで。昔はよく廃墟とかに潜り込んで撮影をしたものです」
鈴木は作業をしながら振り返り、にへらと笑った。その笑顔は薄気味悪くはあったが、今、杏が頼れるのはこの男だけしか居ない。「そうですか」と愛想笑いをした。
***
不動産屋の鈴木はコンビニの食事を終えると、テレビを見ながら軽快な会話を続けた。
業務外の仕事であるからか、店で話していた時よりも少しくだけた話し方であった。
夜も更けてきて、時刻は丑三つ時近くとなった。
杏が緊張して口数が少なくなっていくのに対し、鈴木はさらに饒舌になった。居酒屋にでもいるようにテンションが高い。
「最近、事故物件って言葉が流行ってて困るんですよね~。なんでもかんでも面白く騒ぎたてて。そもそも、病気とか事故死は告知義務なんてないんですよ。
孤独死なんて山ほどあるんですから。そんなこと言ってたら住む場所がなくなってしまう。
江戸時代には武士が切られた場所だったかもしれないし、墓だったかもしれない。
この間なんか、裏の家で孤独死あったから住むのやめますだなんてお客さんがいましてね、それを告げなかったとかなんとかでクレームになったんですよ。裏の家の事なんか、殺人事件でもない限り知るかって話なんです。しかもそれ、近所のおばさんが言いふらしてるのを聞いたらしくって、本当迷惑っていうか」
杏は、はぁ、と相づちをうった。彼はアルコールでも入っているのだろうか。仮にも自分も顧客である。
ちょっとした心霊現象で呼び出すなとでも責められているようで、杏は眉をしかめた。しかし、鈴木の愚痴のような話にかき消され、いつものおどろおどろしい空気は今日は感じない。
やはり一人より誰かいてくれるというのは心強いものだ。ちょっと癖のある人だが、色々気をつかってくれて悪い人ではない。杏は鈴木が買ってきてくれたお茶で、喉を潤した。
「ケースバイケースですけど、入居者が入れ替わっていれば、たとえ自殺があった物件でも告知する必要がないってこともあるんですよ」
鈴木は秘密を明かすように、得意げに言った。
「この部屋も入れ替わり激しいですからねぇ」
「え?じゃあこの部屋も何かあったって事ですか?!事故物件じゃないって言ったじゃないですか!」
杏は詰め寄った。
「佐藤さん、落ち着いてくださいよ。この部屋は事故物件じゃありません」
鈴木は心外だとでもいうように真剣な顔をした。
では、なんでこの部屋は入れ替わりが激しいのだろう。やっぱり心霊現象があるからみんな早く出て行ってしまうのではないだろうか。杏は不安のせいか、急に胸が苦しくなった。息苦しい。手足がしびれている。
「事故物件にならないように、わたしはちゃんと、外でやることにしているんです。この部屋はわたしの理想に相応しいかどうか、見極めるための部屋、とでも言いますかね」
「ーーーはい?」
意識が朦朧とし、うまく頭が働かない。貧血のように視界が暗くなる中で、杏は鈴木を見た。
「あの、すみませんちょっと具合が……」
「ああ、もう効いてきました?分量間違えたかな。でも大丈夫ですよ。死にはしませんから」
鈴木はガサゴソと大きなバックを弄って中身を出していた。
「念のためね、暴れたり叫んだりされたら面倒ですから、ちょっと失礼しますね」
鈴木はガムテープを取り出すと杏の口に貼り、ロープで手足を縛った。
杏は指も動かせず、うめき声を出すのがやっとだ。何が起こったのがわからないまま、意識を失った。



