「としこさんいらっしゃい。どうぞ。こちらへ。」

 里桜は、応接間に利子を通す。

「寮の相部屋だと聞いていたけど、随分立派で広いのね。」

 利子は無遠慮な視線を部屋に向ける。

「同じ時期に聖徒になったカンバーランド公爵令嬢のアナスタシアさんと同部屋だから。」
「そう。それにしても寮には見えないわ。」

 利子の眉間にはしわが寄っている。

「ここは、アナスタシアさんのお祖母様が使っていらした部屋なんですって。侍女用の部屋が二部屋あるからちょうど良かったの。この部屋は応接間で、私にお客様がいらした時にはこの部屋を使っているの。」

 里桜は表情を気取られない様に紅茶を飲んだ。

「そう。ちょうど良く聖徒になってくれて良かったわね。」
「えぇ。そうね。」
「としこさん、お茶に誘って頂いていたのに、伺えなくてごめんなさい。」
「私のお茶会を断る人なんて、貴族の中にもいないけど。聖徒の仕事もしているみたいだし、仕方ないわよね。私と違って、働かなくちゃいけないし。」
「えぇ。そうね。」

 里桜の苦笑いに利子は気がつかない。

「それで、舞踏会の準備はどう?進んでる?この前あった時は、ダンスレッスンが出来ていないと言っていたけど。」
「えぇ。オリヴィエ参謀とのレッスンももうないし、少し不安はあるけれど、まぁ、どうにかって感じね。」
「それじゃ、ドレスも決まった?」
「えぇ。仕立て上がっているけど。それが何か?」
「どんなのにしたのかと思って。」

 里桜は笑顔を作る。

「利子さんは?もう出来たのでしょう?」
「えぇ。とっても気に入っているの。レオ様にエスコートして頂く、社交界デビューの日ですもの。ドレスも生地から見せてもらって、何度も染め直してもらって、気に入った色にしてもらったの。着るのが楽しみだわ。」
「そう。それは、私もとしこさんが着ているところを見たいわ。」
「レオ様もきっと驚かれると思うわ。」


∴∵


「あぁ。驚いた。」

 諜報活動に長けた、海軍参謀総長のシモンがレオナールとクロヴィスに今日仕入れたばかりの情報を話すと、レオナールは頭を抱えた。

「どうするんだ?レオナール。」
「どうするも、何も・・・もう一週間前だ。今から更に作り替えるなど出来るわけないだろう。」
「陛下のカラーである深紅を出すのに生地を五度も染め直していると言う話です。」
「誰でもが着られないように深紅と言う染色が難しい色にしているんだ。」

 レオナールは、シモンにトシコ側の動きを探るようにと言っていたが、それは主に政治面と里桜の正体についてのことで、舞踏会のドレスの色は含まれていない。それは当然のこと、この話は偶然仕入れた話だった。

「ハワードやジェラルドは、その事を知っているのか?」
「さすがに、お披露目の舞踏会で深紅のドレスを着ると分かっていれば、変更するよう進言しただろう。」

 クロヴィスは悪戯っぽくレオナールを見た。

「何だ、クロヴィス。楽しそうな顔しやがって。」
「史書の中の渡り人は無味乾燥な印象があったのにな。実際の渡り人は何だか、市井で働きたいとか、洗礼を受けたくないとか言う者もいれば、自分が妃のように振る舞うような者もいて・・・三百年で異世界には何があったんだと思ってね。」
「もう諦めて、エスコートするしかないが、まぁ、これを機に古い慣習を見直す事にするのも良いだろう。」


∴∵


「ねぇ、見て。リンデル。このドレス、レオ様気に入って下さるわよね。」
「はい。救世主トシコ様。」

 利子はベルベットのジュエリーボックスを開ける。

「リンデル見て。このルビーもキレイでしょ?私に似合う?」
「はい。救世主トシコ様。」
「ナイトキャップにウイスキーを頂戴。」
「はい。救世主トシコ様。」

 利子はソファーに傾れかかるように座って口角を上げて笑う。