フェデリーコはプリズマーティッシュの王立学院に留学の為にやって来て、今月の終わりに卒業を迎える。
 十五歳で入学した彼は今年で十九歳になる。
 フェルナンとフェデリーコは騎士団の練習場で剣を交えていた。

「今日もありがとうございました。」

 練習に一区切りを付けた二人は、壁に寄りかかって座る。

「いやっ。構わない。フェルナン殿はまだ十二歳だと言うのに、剣の腕が良いから、私の方が訓練をしてもらっているみたいだ。」
「私は、父と母に小さな頃から鍛えられました。一生、あの二人には敵う気がしません。」

 汗を拭きながらフェルナンが言うと、フェデリーコの明るい笑い声がした。

「諦めるのが早いのではないか?…しかし、私の十二歳の時など、王子に生まれたと言うだけで偉ぶっていた。今思うと恥ずかしいばかりだが…。君は学院に通ったら、騎士になるのか?お父上のように。」
「生物学上の父と母は二人とも魔力が強かったので、私も橙か赤色の魔力を授かるのだと思います。なので…まだ父や母には言っていませんが、魔獣討伐の第一団隊を希望するつもりです。」

 そこに、里桜の侍従のアルフレードがやって来た。

「フェデリーコ殿下。王妃陛下がお呼びでございます。よろしければ、フェルナン様も。」

 フェルナンとフェデリーコ、その側近二人が王宮の応接間に通された。
 しばらくして、アナスタシアと騎士を伴った里桜がやって来た。

「待たせてしまってごめんなさいね。」
「いいえ。何か御用でしょうか?」

 向かいの席に座った里桜にフェデリーコはにこやかに話しかける。里桜はひとつ頷くと、騎士たちに合図した。
 騎士たちはフェデリーコとその側近二人に剣を渡す。

「随分前に作っていたのだけど、殿下も今月で学院を卒業するし、渡すのは今だと思って。私が作った魔剣です。卒業祝いとして受け取ってちょうだい。」

 三人はその剣をまじまじと見つめる。

「あなたたち三人はあまり魔力は強くないから、フェデリーコ殿下には火と風、ベルナルドには水と風、ロドルフォには土と風の魔術を付与しておきました。国に帰っても剣術に励んで下さいね。今、学院で使っている魔剣とは違い、使い慣れるまでコツが必要になるみたいだから、こちらにいるうちに慣れておいた方が良いでしょう。」

 三人は礼儀正しく礼を言った。

「フェルナンも学院へ入って、卒業の時にあなた専用の魔剣を渡しますから、剣術の訓練は欠かさないようにね。」
「私にも頂けるのですか?」

 驚いた様子のフェルナンに笑いかける。

「えぇ。もちろんよ。リナの剣も私が作ったリナ専用のものなの。」
「知っています。母は寝る前に必ず手入れしていて、とても大切にしています。」
「もう随分と昔なのだけど。もうそろそろ新しいものを作り直すと言っても、これを大切に使うと言い張って。」
「母にとっては何よりの宝物なのだと。父も言っています。」
「そう。何だか、照れてしまうけど…でも嬉しいわ。練習中に呼び出してしまってごめんなさいね。それじゃ。」

 里桜は、四人を残して部屋を出て行った。 


∴∵

 
 騎士の声かけに、 ‘どうぞ’ と返事があり、フェルナンが部屋に入ると、ジャンとルネがきゃっきゃはしゃぎながら夢中になって紙をちぎっていた。

「フェルナン。もうそんな時間なのね。」

 フェルナンは午前中に家庭教師の授業を終わらせ、午後に二時間程度、騎士団の練習場で剣の訓練をしてそのまま王宮の図書館で時間を過ごし、夕方にジャンの部屋に行って、仕事を終えたリナとルネと一緒に帰宅するのが最近の過ごし方だった。
 ルネは兄を見つけると、満面の笑顔で兄に抱きついてきた。

「ルネ。なんの遊びをしてるの?」
「ちぎってる。」
「そうか。ジャン様より沢山ちぎったか?」
「違う。ちっちゃくちぎった。」
「小さくしているのか。ほら、ジャン様がもっと小さくちぎってるよ。」

 フェルナンは、ルネと一緒に下に座った。

「先ほど、フェデリーコ殿下と一緒に王妃陛下に呼ばれました。」
「何かあったの?」
「いいえ。フェデリーコ殿下へ陛下がお作りになった魔剣を渡していらっしゃいました。」
「そうなのね。」

 リナはほっとした顔をする。

「私が学院を卒業する年になった時、私専用の魔剣を作って下さるそうです。」
「そう。それは良かったじゃない。」
「母上。学院を卒業したら、騎士団に所属し、第一団隊を希望しようと思っています。」

 床に座ったフェルナンは、椅子に腰掛けているリナに上目遣いの視線を送る。

「私は、良いと思うわ。お父様にはご自分から話しなさいね。」
「反対はされないのですか?」
「反対して欲しかったの?」
「いいえ。されたとしても、希望は曲げないと思います。しかし、多くの第一団隊の騎士が、親から反対を受けていたと聞いたことがありました。」
「反対された親御さんは、子供が怪我しないようにと心配なんだと思う。その気持ちも分かるし、私も心配だけど…王妃様の侍女を長くやっていたせいかしら、反対する気にはならないわ。これからはもっと剣術に励みなさいね。それが自分を守るためでもあるんだから。」
「はい。」


∴∵


 里桜は、自室で一通の手紙を読んでいた。
 それは、アリーチェからのものだった。年に数回、二人はこうして文のやりとりをしている。

「アリーチェ様はお元気ですか?」

 ララが話しかけてきた。

「えぇ。修道院の暮らしにも随分慣れたご様子よ。」

 アリーチェは、帰国した翌年に自らの意思で修道院へ入った。
 里桜は心配し、どんな所なのか調べさせたが、規律の厳格な所ではなく、孤児院のような所だった。アリーチェはそこで子供たちに勉強を教えているとわかった。

「自分の子供を育てられなかったから施設の子供たちが日々成長する姿を見るのが楽しいと書いてあるわ。」
「それならば、修道院ではなく、孤児院で働かれればよろしいのに。修道女になってしまえば、自由はなくなってしまわれるのに。」

 里桜は読み終わった手紙を丁寧に封筒へ戻す。

「マルタを弔ってあげたかったのではないかしら。こちらでもゲウェーニッチでも罪人への供養はしないから。」
「マルタの生家も婚家も彼女との離縁状を出したと聞きましたが。」
「えぇ。私もそう聞いているわ。ゲウェーニッチも自国にいるマルタの縁者をどう処罰するか悩んだみたい。」
「自国民が起こしたと考えれば、普通なら一家はお取り潰し。他国の人間ならば、戦争に発展してもおかしくない出来事でございますからね。」

 ララは慣れた様子で、里桜の目の前にティーセットを並べていく。

「陛下が犯人がマルタだと分かったとき、ゲウェーニッチへ書簡を出してマルタの生家や婚家を咎める考えはないと説明した様なのだけど。」
「そう言われても、ゲウェーニッチだって、起こしたのが王妃殺害未遂では、何も対処しないわけにはいかないでしょう。」

 里桜は淹れたての紅茶の香りを楽しんだ。

「それで普通、実子に対しては使われない離縁制度をむりやりに使ったみたいよ。」
「では、あの国ではマルタは存在しない事になってしまったのですか?」
「親がいないって事になるから…孤児の扱いなのかしらね。アリーチェ様はその処遇にも心を痛めていらっしゃったみたいなの。マルタの婚家はアリーチェ様の侍女として彼女が国を渡った事で陞爵して伯爵位を授かっていたのに、それを返す事もなく離縁状を出して済ませたから。」
「そうなのですか。」
「えぇ。だからせめて自分だけはマルタを弔ってあげたいと思ったんじゃないかしら。」

 里桜は紅茶を一口飲んだ。

「でも、今はアリーチェ様が心安くお過ごしのようで本当に良かったわ。」
「そうですね。」


∴∵


「そうか、アリーチェは元気にしているか。」
「はい。」

 もうすぐ結婚生活も丸八年になろうとしている。
 里桜が里帰りしている時や、公務で家を空けているとき以外は、夜に二人でベッドに座り話すことが今でも続いている日課の一つ。

「来年は、フェルナンの洗礼式が控えていますね。」
「あぁ。早いものだな。」
「えぇ。でもこれから思春期ですから。リナもジルベール様も大変かも知れませんね。」
「ジルベールがうるさいクソオヤジとか言われているところ見たい気もするが…。」
「リナにクソババアとか?」
「あぁ。」

 里桜は控えめに笑う。

「フェルナンはそんな風には言わないでしょうね。今日もフェデリーコ殿下を送別する茶会を開きたいと言って、色々準備しているようでした。とても真っ直ぐなよい子に育っています。」
「色々あって、それを乗り越えて良く育ってくれたな。本当にジルベールのおかげだ。」
「えぇ。有り難いお兄様ですね。」
「たまに、口うるさいのは我慢をするか。」
「えぇ。そうして下さい。私たち、ジルベール様には感謝してもしたりませんから。」
「だけど、この事は墓場まで持っていくぞ。あいつにそんなことが知られたら、何を言われるか…。」
「はい。わかりました。これは、陛下と私だけの秘密ですね。」