時は経ち、里桜がゲウェーニッチに外遊をしてから四年が過ぎた。


 里桜は、あれから一男一女を産み、今第五子を妊娠中だった。
 つわりも終わって、ひさし振りに王宮の庭でレオナールとお茶を飲んでいた。

「リナさんより、届いたハーブティーです。」

 アナスタシアが、フルーツやハーブティーをテーブルに置いてゆく。
 リナは一昨昨年(さきおととし)に男児を出産し、レオナールと里桜の第三子、ジャンの乳母になっている。
 一番長く仕えてくれていたリナを自分の侍女から外すことを決断するのには時間がかかったが、リナが働き続ける事を望んだため、リナが我が子と一緒にいつつ働ける一番矛盾のない選択が、ジャンの乳母だった。

「うん。美味しい。」

 里桜の笑顔に、レオナールも満足げな顔をする。

「懐妊の発表は五月十六日に決まった。」
「はい。分かりました。陛下。」
「しかし、時が経てばリオも食べ物が喉を通るようになると分かってはいても、つわりで苦しむのは見ていてこちらも辛くなる。」
「この子とエリザベートの時は軽かったと思っていましたが。いつも心配をかけてしまい、申し訳ありません。」
「私に謝ったりしなくても良い。」
「ははうえー。」

 自分を呼ぶ明るい声がして、里桜は振り向いた。
 そこには、乳母子のルネと手を繋いで歩いてくるジャンの姿があった。その後に、ルイやマルゲリットもやって来た。

 ルイとその乳母子のフランソワ、ジャンとルネの四人は、庭を走り回り、鬼ごっこをしているようだ。
 レオナールの方針で、命に関わるような怪我でもない限り、子供同士の遊びで起きる多少の擦ったや切ったは、身分に関係なく子供たち同士で悪い方が謝り決着を付けさせることにしている。
 乳母のエステルやリナも必要のない限り子供たち同士の遊びに口を出さないようにしている…が、手触りの良さや縫製の細やかさから最高級品だとすぐに分かる子供服が容赦なく草の汁まみれ、土まみれになっているのを見ると、 ‘静かに部屋の中で遊んでよ’ と言いたくなってしまうのは、庶民の性が抜けきれない里桜からしたら仕方のないことだった。
 今日ももうすでに、ジャンの袖口の可愛くて繊細なレースは何故か土色になっている。

「お母様。今日のお茶とても美味しいです。」

 マルゲリットは六歳になり、今は弟たちと庭を駆けずり回ることも減り、こうして一緒に座り、大人たちに混ざって話したりすることが多くなった。
 そこへ、第四子のエリザベートを抱いたアデライトがやって来た。後ろには乳母になったフルールがいる。初めて会ったとき、十六歳だった彼女は子爵夫人になり、一昨年の暮れに第二子を産んだ。

「遅くなり、ごめんなさいね。」

 そう言って、アデライトはフルールにエリザベートを託した。

「あら、マルゲリットは今日も可愛いわ。」
「ありがとうございます。お祖母様。」

 アデライトはマルゲリットの隣に座った。

「それで、母上。今日は、来年から必要になるマルゲリットの教育係のことで。」
「色々と候補者を見せてもらったけど、どの方も何かが足りないのよね。」

 以前から、レオナールと里桜であの人、この人と何人も候補を出していたが、どの人もアデライトは難色を示していた。

「それで、私も考えたのだけど。歴史の授業は、最も重要でしょう?女性で、身分もあり、博識でないと。最初のうちは言語を中心に教えてもらうことになるのですから、優しく穏やかでもないと。マルゲリットが勉強を嫌いになってしまえば元も子もないのだから。」

 アデライトは、大好きな杏のフリュイ・コンフィをつまむ。

「王妃。あなたのお茶仲間の…侯爵夫人はどうかしら?名前は何だったかしら?アフレ侯爵のご夫人。」
「ジゼルでございますか?」
「そう。彼女はレオタール伯爵のご息女だったわよね?」
「えぇ。はい。」
「レオタール家はこの国の頭脳と呼ばれる一家ですから、良いのじゃなくて?」

 レオナールと里桜は互いに見合わせた。
 二人が家庭教師を考えたとき、ジゼルの名前は真っ先に出ていた。
 しかし、ジゼルの生家レオタール家と婚家アフレ家はどちらともアデライトの生家フロベール家とは政策が対立する事が多く、好意的な関係とは言い難かった。
 そう言った背景もあって、アデライトは良い顔をしないだろうと思い、初めから候補には入れていなかった。

「刺繍や裁縫は、ボラン子爵のご令嬢で…」
「アルーヌですか?」
「そう。王妃の膝掛けを刺繍したのが彼女なのでしょう?」
「はい。そうです。」
「あの刺繍は本当に綺麗だから、彼女が良いんじゃないかしら?」

 アルーヌも、気立てや腕前を考えると適任に思えたが、子爵夫人であることが、アデライトにどう映るかわからず、候補に入れていなかった。

「ダンスの先生は前に決まっていたアネット・オードランで良いでしょう。この子が七つになるまでに一年もないのだから、この三名に打診して早いところ決めてしまいなさい。」
「はい。母上。あと、所作指導はクロヴィスのマリー夫人がしてくださる事になりました。」
「良いでしょう。」

 気が付けば、大人たちの話しがつまらなかったのか、マルゲリットは幼い妹に花冠をかぶせて遊んでいる。
 その姿をしばし、三人で見守った。

∴∵


 少しだけ日が陰り、風が肌寒く感じるようになった。
 里桜がアナスタシアに合図をすると、アナスタシアは、それぞれの乳母たちに合図をする。

「では、ルイ王子。そろそろお部屋に戻るお時間です。お父上様、お母上様、お祖母様にご挨拶して下さい。」

 各々レオナールやアデライトに挨拶をして、乳母たちに手を引かれたりなどして部屋へ帰っていく。

「それじゃ、私も離宮へ帰るとします。王妃、フロベールから届いた果物を運ばせたから、沢山食べなさいね。」
「はい。お義母様。ありがとうございます。」
「それじゃ。」

 レオナールと二人で、アデライトの背中を見送った。

「本当に、母の意向で全て決めて良かったのか?」
「はい。私には何の問題もありません。陛下も良かったのですか?」
「まぁ、母があんなにも真剣に教師について選別するとは思わなかったな。フロベール家(ゆかり)の者を候補者に選んでおけばそれで手を打つと思っていたが…。」

 レオナールはお茶を静かに飲んだ。

「お義母様はマルゲリットや他の子たちの健やかな成長を本当に望んでおられます。そのお義母様の見立てですから、安心です。それに最初に私たちが教師として迎えたいと思っていたご婦人方ばかりでしたし。これで良かったのだと思います。」
「そうだな。結局私たちの第一希望通りになった。」