前回の外遊の時とはまた違った疲労感を味わった午餐会をどうにかやり過ごし、夜の舞踏会の身支度を始めた。

 里桜は深紅のドレスに結婚式でも身につけた第一ティアラを付けていた。
 舞踏会の里桜のパートナーはロベールが務めることになった。

「まさか、この年で誰かをエスコートして舞踏会へ出る事になるとは思わなかった。」

 会場に入ると、ロベールは照れたように言った。

「それを言うなら私の方です。こんなに頻繁に舞踏会に出席することになるなんて…。」

 中年の域に入ってるとは言え、ロベールの持ち前の気品は会場の女性を釘付けにさせた。

「お養父様(とうさま)、とても注目を浴びていらっしゃいますね。」
「いいや、お前の姿が、神々しくて見とれているんだろう。」

 ロベールの冗談を里桜は笑って軽くあしらった。
 後ろから近づく足音がして、里桜が振り返るとウルバーノが立ていた。
 相変わらずそのグレーの瞳には温度を感じない。そして隣にはエシタリシテソージャ滞在中一度も見ることが叶わなかった王太子妃のジュリアもいた。
 里桜はにっこり笑って礼をした。両殿下も礼をする。

「おもてをおあげください。ウルバーノ殿下、ジュリア妃殿下。」

 その言葉で二人は姿勢を戻す。

「両殿下がご息災のようで、何よりです。」
「王妃陛下におかれましては、益々ご健勝のことと、お喜び申し上げます。」
「堅苦しい挨拶など無用ですのに。ご丁寧な挨拶痛み入ります。ジュリア妃殿下とは顔を合わせるのは初めてでございますね。私の外遊中には様々な催しを行ってくださいまして、両殿下には改めて感謝申し上げます。」
「陛下のお言葉、恐縮にございます。」

 ジュリアは目を伏せたままで話した。

「紹介致します。こちら、私の養父のロベール・ヴァロアでございます。」
「ヴァロア公、お目にかかれて光栄です。」
「お初にお目にかかります。ロベール・ヴァロアでございます。以後お見知り置きのほど、願います。」

 ロベールは改めて、ウルバーノとジュリアに礼をした。

「顔をお上げください。ヴァロア公。ヴァロア公のお父上であるアンリ国王と我が曾祖父は友好を深め、エシタリシテソージャとゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンを繋ぐ馬車道を開通させました。幼少期に曾祖父からアンリ国王の話を聞いていましたから、自然とヴァロア公には親しみを覚えます。」

 ウルバーノが自分やロベールに丁寧に対応する姿も、前回の外遊の時とのあまりの違いに里桜はやり場のない気持ちを持つだけだった。
 ウルバーノの後ろには側近のリベルト・アネーリオと外交副大臣のアデルモ・ピエラントーニが控えている。
 アデルモが里桜やロベールとなんとか話しをしようと気を揉んでいるようで、落ち着きない様子を見せている。

「ですから、ヴァロア公の孫娘にあたる、マルゲリット王女をぜひ、私の息子であるヴィットーリオに縁組みさせ、両国の絆をもっと深めたいものと思っています。」

 その時、急な雨雲に雷雲もかかって、仕舞いには直ぐ隣の山頂に雷が落ちた。
 あまりの激しい雷鳴に会場内のあちらこちらで短い悲鳴が聞こえる。

「ウルバーノ王太子殿下。そのような話しはこんな風に立ち話ですぐにまとまる話ではございません。それに、私の娘は今のところ他国に嫁がせるようなつもりもございませんので。それでは。」

 里桜は笑顔のまま話しを遮って、フロアの中央部に向って歩き始めた。