「アナスタシア、リナからは連絡来ている?」

 九月の終わりにリナとジルベールの婚約は正式に発表された。
 里桜が、ヴァロア家へ里帰りしていることもあり、リナは休みを取ってラスペード伯爵家で過ごすことになっていた。

「はい。昨日も手紙が届いておりました。公爵邸で所作指導などを受けているようでございます。ただ、剣術の稽古が出来ないことだけが歯がゆいと書いてありました。」
「人一倍、体を動かすことが好きなリナには我慢の時かもね。」

 アナスタシアと二人で笑った。

「ジルベール様は所作指導など受けなくても良いし、社交界へ出席する必要もないと仰っておいでのご様子ですが、リナさんは公爵夫人の肩書きになる以上はそれ相応のと、思っていらっしゃるようです。」
「そう。」

 里桜は、紅茶を一口飲んだ。

「団長は豪傑なんて言葉が良く似合いそうな容姿だけど、実は細やかな所まで気の利く、人の機微にとても聡い方だから、私たちの前では自分の気持ちを蔑ろにしがちなリナの側にそんな人がいてくれることはとても心強いわね。」
「はい。私もそう思います。」
「アナスタシアは気が付いていた?二人のこと。」
「えぇ。…まぁ。」
「いつから?どうして気が付いたの?」

 里桜はテーブルに乗り出すようにした。

「いつから、どうして…とはとても難しいですけれど。今になってみたらあの時…と思う時はありました。」
「ならば、やっぱり近くにいて気が付かなかったのは、私だけね。」
「いいえ。報告があるまで、陛下もご存じありませんでしたよ。」

 ‘私には偉そうに言っていたのに’と里桜は頬を膨らませた。

「でもそれも、そうよね。リナも団長も仕事に関してはプロ意識が特に強い二人だもの。私や陛下の前で私生活を垣間見せるような事はしないわね。」
「えぇ。私もそう思います。」


∴∵


 年が明けて、二月十一日にルイの誕生百日の祝いが行われた。

 午餐会には公爵夫人としてフェルナンを伴ったリナの姿もあった。
 傍目から見るとまだ、関係性にぎこちなさも感じるが、三人が家族として少しずつでも寄り添い合おうとしているのは感じ取ることが出来た。

「ルイ王子殿下の誕生百日を謹んでお祝い申し上げます。殿下のご健康とご成長、更なるご多幸を心より祈念申し上げます。」
「ジルベールとリナの心遣いに、感謝致す。」
「ヴァンドーム公のお言葉、有り難く思います。」

 ジルベールの挨拶の後、フェルナンが口を開いた。

「両陛下この度はルイ王子殿下の誕生百日、誠におめでとうございます。」
「フェルナン、久方振りだな。少し大きくなったか?剣術はやっているか?」
「はい。陛下。今は養父母(ちち、はは)に剣術を習っています。」
「そうか。二人共、私が誇る剣士だ。二人に習い日々精進するように。」
「ありがとうございます。陛下。」

 続いて、里桜がフェルナンに話しかける。

「本当に久し振りですね。ルイの顔は見てくれましたか?」
「はい。先ほど。」
「ルイがあなたくらい大きくなったら、次はあなたがルイに剣術を教えてやってね。」
「王子殿下に教えられることなど…」
「いいえ。少し年上のお兄さんが側にいてくれたら、あの子はきっと楽しいと思うの。だから、気が向いた時には顔を見せてやってね。」
「ありがとうございます。王妃陛下。」

 里桜とレオナールは、三人が仲睦まじく帰って行く姿を見ていた。