「そう言う訳で、母であるアリーチェ様が昨日、北の塔の幽閉を解かれ、王宮へ戻ってきた。今は少し、お疲れのようだが、一週間ほどすれば面会も出来るようになるだろう。どうする?会いたいのであれば、都合を付けてもらうが。」

 居間でフェルナンを前に、ジルベールは話している。

「いいえ。今は会う時ではないのだと思います。」
「俺やリナに気を使っているのなら・・」
「いいえ、違います。養父上(ちちうえ)。ただ、今は会ってはいけない気がするだけです。」
「…まぁ。アリーチェ様がゲウェーニッチへ戻られるのは、来年の春過ぎだと聞いている。それまでに、心の整理をすれば良い。」
「はい。」

 ジルベールは大きな手でフェルナンの頭を勢いよく撫でる。
 それを嫌がるフェルナンの表情は幼い頃のレオナールにそっくりだった。

「ただ、俺は十歳で産みの母と別れ、王宮へ入った。それから、産みの母とは会っていない。今では育ててくれた養母が唯一の母だとさえ、思ってる。血がつながってはいても、三十年以上途絶えた縁を再び結ぶのは至難の業だ。同じ国にいてもそうなのだから、異国であれば尚のこと。母と子として過ごすのは、これが最後の機会だという事は頭に入れておけ。その上で考え、答えを出せ。」


∴∵


 執務室で、クロヴィスの報告を待っていたレオナールは、クロヴィスが戻るとすぐさま話しかけた。

「どうだった?」
「あぁ。アナスタシア嬢が言うには、食事もきちんと摂って、いくらか元には戻った様だが…。以前と比べるとやはり、やつれた感じは否めないね。」

 レオナールは、心配そうな顔をする。

「そんな彼女に追い打ちをかけるように、フェルナンが王妃を襲撃して臣下になったことを、伝えなくてはいけなかった俺のこと、もう少し労ってくれてもいいけど?」
「それが、宰相の仕事だろう。」
「まぁ。そうだけど。フェルナンの心配をしていたけど、養父がジルベールだと聞いて少しは落ち着いてくれた。」
「フェルナンは、アリーチェに会わないと言っているそうだな。」
「あぁ。俺もジルベールからそう聞いている。彼なりに自分の罪と向き合っているんじゃないの?それと、昨日の王子誕生五十日の祝いのことだけど。」

 ‘あぁ’とレオナールは眉間にシワを寄せる。本来ならば、午餐会を催して、盛大に祝うのが慣例だが、里桜が回復してまだ半月ほどしか経っていないため、神殿で王子の健やかな成長を祈願するだけの簡素な催しになった。
 今回の懐妊で公務を欠席することが多かった里桜に国民の不満が噴出していた。再びお祝い事を縮小したことへの不満は多いだろうと思っていた。

「意外にも不満は出なかったようだよ。フェルナンが王籍から出されたことは、国民にも大きな衝撃となったみたいだけど。その後に王子が誕生したことで、国民の気持ちも少し、上向いてきたみたいだ。」

 クロヴィスは、手元の書類をパラパラとめくる。

「まぁ、フェルナンが王籍を出されたことは、王妃が仕組んだことではないのかって言う噂は消えずに未だ残っているが、前ほどには大きいものではない。」
「そう言う、隠微な噂が後に大爆発などを起こすんだ。引き続き、頼むとシモンに伝えておいてくれ。」

 クロヴィスは、ひとつ頷いて部屋を後にした。