「おはよう。デボラ。」
「おはようございます。陛下。」
「陛下はお戻りではないのね。」
半分だけ乱れていないベッドを見て里桜が言った。
「明け方に一度、湯浴みにお戻りになりましたが、そのままお仕事に行かれました。」
「そう。なら起こして下されば良いのに。」
「王妃陛下はつわりが酷く、眠れない日が長くあったから、気分良く寝られるのであれば、寝かせてやりたいと仰っていたようです。」
里桜は少し微笑んだ。
「そうなの。朝ご飯はちゃんと召し上がっているかしら。」
「執務室へお届けするように他の侍女に伝えております。」
「ありがとう。デボラ。」
∴∵
その日の午後、里桜はレオナールの執務室にいた。侍従たちは別の部屋で待機している。
里桜はそこで、リナには何の処分も下されないこと、フェルナンが里桜を襲おうとしたこと、その発端はベルナルダの侍女セシルにあることなどを聞かされた。
「では…ベルナルダ様は侍女のセシルをかばって自ら毒を?」
「あぁ。紅茶から青葉花の毒が検出された。俺宛の遺書も見つかった。」
里桜は、レオナールにどこか歯切れの悪さのようなものを感じる。
「何か、気に掛かることがあるのですか?」
「いや。ただ…調べた結果、紅茶に含まれていた毒は、里桜の時の半分ほどだったそうだ。」
「そうでしたか。」
「しかし、検査官が言うには、自殺の際、毒の量は過剰になることの方が多いらしいんだ。」
「確実に死にたいから…ですか?」
レオナールは頷いた。
「そうらしい。今回のように少ないことは珍しいのだと。そう考えると…セシルが毒を盛ったのではないかと言い出す者も出てきた。」
「遺書は、ベルナルダ様の筆蹟で間違いはなかったのですか?」
「あぁ。何度も見た字だった。」
「よろしければ、その手紙を私にも見せて頂けませんか?」
‘構わないが…’と言いながらレオナールは机から一通の手紙を取り出した。それを里桜に渡す。里桜は、その手紙を読んだ。
「確かに、私もこの綺麗な筆蹟は何度も拝見しました。陛下。私の意見を言っても構いませんか?」
「あぁ。何だ?リオに遠慮される方が心地が悪い。」
「私がベルナルダ様の侍女、セシルに抱いていた勝手な印象なのですけれど、彼女がベルナルダ様の事をそこまで慕っていたと私には思えないのです。」
レオナールは、眉間にしわを寄せる。
「例えば、アリーチェ様とも何度か茶会で同席もいたしましたが、侍女のマルタはアリーチェ様を慕っているとよく分かる関係でした。マルタはアリーチェ様のどんな細かな動作も見落とすことなく、アリーチェ様の欲しいもの、して欲しいことを常に感じ取ろうとしていました。有り難いことにリナやアナスタシアもそうです。私の趣味嗜好を把握し、私が不快な思いをしないように心を尽くしてくれています。王太后様の侍女も、もちろんデボラやマノンも。それぞれの主に心を尽くしています。しかし、セシルからはその気持ちが伝わっては来なかったのです。」
「よく働く侍女が俺の記憶だが。」
レオナールと里桜は見つめ合った。
「人には色々な面がありますから。私にも、怠けている印象はありませんが…そう、こんな事がありました。」
里桜は人差し指を立てる。
「ベルナルダ様の茶会に呼ばれた時、香りも渋みも強めの紅茶を頂きました。ベルナルダ様はそういうのがお好きなのかと思ったのですが、王宮にお呼びしてお茶をお出ししたときに、つわりが酷かったので私の好きなコクも渋みも控えめな紅茶をお出ししました。すると、美味しいと言って召し上がって、茶葉の種類まで聞いて帰られました。それに、ベルナルダ様のお茶会ではいつも甘めのデザートが沢山並ぶのですが、私は果物を中心にお出ししました。ベルナルダ様はさっぱりとした甘みの物が好きだと仰って喜んで下さいました。私へのお世辞かもしれませんが、その時の表情に嘘はない気がしました。ベルナルダ様のでも私のでもない嗜好のものは、一体誰の嗜好に合わせてセシルは用意しているのだろうと、疑問に思っていました。」
レオナールは、困ったような表情を作る。
「多分、それは俺だ。俺は渋みの強い紅茶に少しだけ砂糖を入れて、甘いデザートを合わせるのが好きだから。」
「そうなのですか?」
「リオは知らないだろうな。初めて一緒にガゼボで茶を飲んだ時から、アニアから聞いていたリオの好みの物しか出さなかったから。リオはさっぱりとした甘さのフルーツを使ったタルトなどが好きだからな。それに、紅茶よりリナのハーブティーを好んでる。」
レオナールは笑った。
「ではセシルは陛下不在の茶会に陛下の好みに寄せた物を用意していたのですね。」
「のようだな…。」
「これで、私の違和感を少しお分かり頂けましたか?」
「あぁ。関係性は納得できた。」
「セシルは?今、どうなっているのですか?」
「今はまだ牢にいる。」
「私にセシルとお話しさせてもらえないでしょうか?」
「ダメに決まっているだろう。」
「陛下。」
「おはようございます。陛下。」
「陛下はお戻りではないのね。」
半分だけ乱れていないベッドを見て里桜が言った。
「明け方に一度、湯浴みにお戻りになりましたが、そのままお仕事に行かれました。」
「そう。なら起こして下されば良いのに。」
「王妃陛下はつわりが酷く、眠れない日が長くあったから、気分良く寝られるのであれば、寝かせてやりたいと仰っていたようです。」
里桜は少し微笑んだ。
「そうなの。朝ご飯はちゃんと召し上がっているかしら。」
「執務室へお届けするように他の侍女に伝えております。」
「ありがとう。デボラ。」
∴∵
その日の午後、里桜はレオナールの執務室にいた。侍従たちは別の部屋で待機している。
里桜はそこで、リナには何の処分も下されないこと、フェルナンが里桜を襲おうとしたこと、その発端はベルナルダの侍女セシルにあることなどを聞かされた。
「では…ベルナルダ様は侍女のセシルをかばって自ら毒を?」
「あぁ。紅茶から青葉花の毒が検出された。俺宛の遺書も見つかった。」
里桜は、レオナールにどこか歯切れの悪さのようなものを感じる。
「何か、気に掛かることがあるのですか?」
「いや。ただ…調べた結果、紅茶に含まれていた毒は、里桜の時の半分ほどだったそうだ。」
「そうでしたか。」
「しかし、検査官が言うには、自殺の際、毒の量は過剰になることの方が多いらしいんだ。」
「確実に死にたいから…ですか?」
レオナールは頷いた。
「そうらしい。今回のように少ないことは珍しいのだと。そう考えると…セシルが毒を盛ったのではないかと言い出す者も出てきた。」
「遺書は、ベルナルダ様の筆蹟で間違いはなかったのですか?」
「あぁ。何度も見た字だった。」
「よろしければ、その手紙を私にも見せて頂けませんか?」
‘構わないが…’と言いながらレオナールは机から一通の手紙を取り出した。それを里桜に渡す。里桜は、その手紙を読んだ。
「確かに、私もこの綺麗な筆蹟は何度も拝見しました。陛下。私の意見を言っても構いませんか?」
「あぁ。何だ?リオに遠慮される方が心地が悪い。」
「私がベルナルダ様の侍女、セシルに抱いていた勝手な印象なのですけれど、彼女がベルナルダ様の事をそこまで慕っていたと私には思えないのです。」
レオナールは、眉間にしわを寄せる。
「例えば、アリーチェ様とも何度か茶会で同席もいたしましたが、侍女のマルタはアリーチェ様を慕っているとよく分かる関係でした。マルタはアリーチェ様のどんな細かな動作も見落とすことなく、アリーチェ様の欲しいもの、して欲しいことを常に感じ取ろうとしていました。有り難いことにリナやアナスタシアもそうです。私の趣味嗜好を把握し、私が不快な思いをしないように心を尽くしてくれています。王太后様の侍女も、もちろんデボラやマノンも。それぞれの主に心を尽くしています。しかし、セシルからはその気持ちが伝わっては来なかったのです。」
「よく働く侍女が俺の記憶だが。」
レオナールと里桜は見つめ合った。
「人には色々な面がありますから。私にも、怠けている印象はありませんが…そう、こんな事がありました。」
里桜は人差し指を立てる。
「ベルナルダ様の茶会に呼ばれた時、香りも渋みも強めの紅茶を頂きました。ベルナルダ様はそういうのがお好きなのかと思ったのですが、王宮にお呼びしてお茶をお出ししたときに、つわりが酷かったので私の好きなコクも渋みも控えめな紅茶をお出ししました。すると、美味しいと言って召し上がって、茶葉の種類まで聞いて帰られました。それに、ベルナルダ様のお茶会ではいつも甘めのデザートが沢山並ぶのですが、私は果物を中心にお出ししました。ベルナルダ様はさっぱりとした甘みの物が好きだと仰って喜んで下さいました。私へのお世辞かもしれませんが、その時の表情に嘘はない気がしました。ベルナルダ様のでも私のでもない嗜好のものは、一体誰の嗜好に合わせてセシルは用意しているのだろうと、疑問に思っていました。」
レオナールは、困ったような表情を作る。
「多分、それは俺だ。俺は渋みの強い紅茶に少しだけ砂糖を入れて、甘いデザートを合わせるのが好きだから。」
「そうなのですか?」
「リオは知らないだろうな。初めて一緒にガゼボで茶を飲んだ時から、アニアから聞いていたリオの好みの物しか出さなかったから。リオはさっぱりとした甘さのフルーツを使ったタルトなどが好きだからな。それに、紅茶よりリナのハーブティーを好んでる。」
レオナールは笑った。
「ではセシルは陛下不在の茶会に陛下の好みに寄せた物を用意していたのですね。」
「のようだな…。」
「これで、私の違和感を少しお分かり頂けましたか?」
「あぁ。関係性は納得できた。」
「セシルは?今、どうなっているのですか?」
「今はまだ牢にいる。」
「私にセシルとお話しさせてもらえないでしょうか?」
「ダメに決まっているだろう。」
「陛下。」

