「ベルナルダお嬢様、本日は大変お美しゅうございます。」
「ありがとう。マリー。でも、お目付役にしてあげられなくてごめんね。」
「それは、良いのです。お嬢様、これで良い縁談がきっと沢山きますよ。こんなに美しいお嬢様を男性が放っておくはずがありませんもの。」
十七歳の私は純白のボールガウンに身を包み、世間の子たちより遅くこの日デビュタントを迎えることになった。
「ベルナルダ。本当に綺麗。」
「ありがとう。お母様。」
「その、ボールガウンを作るために、どんなに苦労したか分かってるの?大切に着なよね。」
「わかってるわよ。ルイ。お父様もありがとう。」
「綺麗だ。自慢の娘だよ。もう迎えが来る頃だ。早くしなさい。」
「はい。」
期待に胸を膨らませていた、十代の私に世間はとても冷たかった。
結局私に良縁はなく、結婚の適齢期と世間で言われる二十歳を超えてしまった。
「伯爵家から縁談が来たの。」
「私は何番目の妾なの?」
「そんな話を私たちが受け入れるはずないでしょう?少し年は上なんだけれどね。奥様を亡くされて、今はお一人で、子供もいないらしいのよ。お年は三十四歳。この前の舞踏会であなたを一目で気に入ったのですって。」
「わかったわ。その方と結婚する。」
「考えて良いのよ。もう少し。」
「お母様も分かっているでしょう?いくら待ったって、これ以上の縁談はもうないって。」
「こんなに髪も艶やかで、美しいのに…家がもう少し…」
「気にしないで、お母様。それより、お返事出しておいてね。」
それから、程なく私と伯爵の結婚が決まった。彼は、結婚をとにかく急ぎ、婚約式も結婚式も行わないと言った。でも、それは逆に我が家としても有り難かった。式の費用は両家で折半が通例になっている。嫁ぐのが伯爵家ならば、それ相応の華やかさが必要になる。その費用を折半する財力が我が家にはなかったからだ。
「式も行わないとは…些か妙じゃないか?」
「我が家のことを慮ってのことでしょう。優しい方ね。それに、沢山のお洋服を贈って下さって。嫁ぐ時に着て欲しいと言って、何着も贈って下さったのよ。」
「だけどこれ、姉上が着るには少し…何て言うか…おばさんくさくないか?」
弟の言う通り、彼が贈ってきたドレスや宝飾品はどれも、二十歳そこそこの娘が着るには落ち着きすぎていた。だけど、私にはそれが返って好感が持てた。三十半ばの男性が、一生懸命に選んだように見えたからだ。
「男性の一人住まいなのだもの、仕方がない事よ。」
今思えば、全てが妙だったのだ。母も私もそれに気が付いていながら蓋をした。お披露目の場を一切持たないことも、好みを無視した沢山の贈り物も。
∴∵
私が、伯爵家に到着すると、彼は優しく私を出迎えてくれた。しかし、家令はみな妙な顔をし、私と目が合えば目を逸らした。私だって、新しい人間関係が直ぐに上手くいくとは思っていない。時間をかけてゆっくりわかり合えば良いと思っていた。でも、彼らが抱いていたのは新参者に対する排他性などではなかった。
執事が私の部屋まで案内してくれた廊下の壁に一枚の肖像画が飾られていた。ゴールドブロンドに珍しいスカイブルーの瞳、白い肌。それはまるで、私だった。
そして、その夜に彼は私を抱いた。耳元で囁いた愛の言葉は私に対してではなかった。体が痛いからなのか、心が痛いからなのか分からず、最中ずっと泣いていた。
彼との暮らしのことは、両親には言えなかった。二人には私が愛されて嫁いだのだと思って欲しかったから。私は必死に良い妻を演じた。そうすれば、いつかは彼が私を愛してくれるのではないかと思ったから。
だけれど、夜ごと行われる、見えていない何かにむしゃぶりつくような彼のその行為を思い出すと、私は吐き気を覚えるようになっていた。そんなある日、
「今朝も、食べたものを戻していたようだね。これを飲んで。」
彼が笑顔で渡してきたのは小さな薬瓶に入った液体だった。尋ねるような私の視線を感じたのか彼は、
「堕胎薬だよ。少し腹が痛くなる程度だと言っていた。人によっては二、三日寝込むようだけど。ちゃんと医師が作った物だから、大丈夫。さぁ、飲んで。」
唖然とする私に彼は続けた。
「ここで、今すぐに飲め。」
彼が亡くなって、多額の借金があることがわかった。その殆どは、前妻の伯爵家令嬢を娶るために使ったお金だった。
「ありがとう。マリー。でも、お目付役にしてあげられなくてごめんね。」
「それは、良いのです。お嬢様、これで良い縁談がきっと沢山きますよ。こんなに美しいお嬢様を男性が放っておくはずがありませんもの。」
十七歳の私は純白のボールガウンに身を包み、世間の子たちより遅くこの日デビュタントを迎えることになった。
「ベルナルダ。本当に綺麗。」
「ありがとう。お母様。」
「その、ボールガウンを作るために、どんなに苦労したか分かってるの?大切に着なよね。」
「わかってるわよ。ルイ。お父様もありがとう。」
「綺麗だ。自慢の娘だよ。もう迎えが来る頃だ。早くしなさい。」
「はい。」
期待に胸を膨らませていた、十代の私に世間はとても冷たかった。
結局私に良縁はなく、結婚の適齢期と世間で言われる二十歳を超えてしまった。
「伯爵家から縁談が来たの。」
「私は何番目の妾なの?」
「そんな話を私たちが受け入れるはずないでしょう?少し年は上なんだけれどね。奥様を亡くされて、今はお一人で、子供もいないらしいのよ。お年は三十四歳。この前の舞踏会であなたを一目で気に入ったのですって。」
「わかったわ。その方と結婚する。」
「考えて良いのよ。もう少し。」
「お母様も分かっているでしょう?いくら待ったって、これ以上の縁談はもうないって。」
「こんなに髪も艶やかで、美しいのに…家がもう少し…」
「気にしないで、お母様。それより、お返事出しておいてね。」
それから、程なく私と伯爵の結婚が決まった。彼は、結婚をとにかく急ぎ、婚約式も結婚式も行わないと言った。でも、それは逆に我が家としても有り難かった。式の費用は両家で折半が通例になっている。嫁ぐのが伯爵家ならば、それ相応の華やかさが必要になる。その費用を折半する財力が我が家にはなかったからだ。
「式も行わないとは…些か妙じゃないか?」
「我が家のことを慮ってのことでしょう。優しい方ね。それに、沢山のお洋服を贈って下さって。嫁ぐ時に着て欲しいと言って、何着も贈って下さったのよ。」
「だけどこれ、姉上が着るには少し…何て言うか…おばさんくさくないか?」
弟の言う通り、彼が贈ってきたドレスや宝飾品はどれも、二十歳そこそこの娘が着るには落ち着きすぎていた。だけど、私にはそれが返って好感が持てた。三十半ばの男性が、一生懸命に選んだように見えたからだ。
「男性の一人住まいなのだもの、仕方がない事よ。」
今思えば、全てが妙だったのだ。母も私もそれに気が付いていながら蓋をした。お披露目の場を一切持たないことも、好みを無視した沢山の贈り物も。
∴∵
私が、伯爵家に到着すると、彼は優しく私を出迎えてくれた。しかし、家令はみな妙な顔をし、私と目が合えば目を逸らした。私だって、新しい人間関係が直ぐに上手くいくとは思っていない。時間をかけてゆっくりわかり合えば良いと思っていた。でも、彼らが抱いていたのは新参者に対する排他性などではなかった。
執事が私の部屋まで案内してくれた廊下の壁に一枚の肖像画が飾られていた。ゴールドブロンドに珍しいスカイブルーの瞳、白い肌。それはまるで、私だった。
そして、その夜に彼は私を抱いた。耳元で囁いた愛の言葉は私に対してではなかった。体が痛いからなのか、心が痛いからなのか分からず、最中ずっと泣いていた。
彼との暮らしのことは、両親には言えなかった。二人には私が愛されて嫁いだのだと思って欲しかったから。私は必死に良い妻を演じた。そうすれば、いつかは彼が私を愛してくれるのではないかと思ったから。
だけれど、夜ごと行われる、見えていない何かにむしゃぶりつくような彼のその行為を思い出すと、私は吐き気を覚えるようになっていた。そんなある日、
「今朝も、食べたものを戻していたようだね。これを飲んで。」
彼が笑顔で渡してきたのは小さな薬瓶に入った液体だった。尋ねるような私の視線を感じたのか彼は、
「堕胎薬だよ。少し腹が痛くなる程度だと言っていた。人によっては二、三日寝込むようだけど。ちゃんと医師が作った物だから、大丈夫。さぁ、飲んで。」
唖然とする私に彼は続けた。
「ここで、今すぐに飲め。」
彼が亡くなって、多額の借金があることがわかった。その殆どは、前妻の伯爵家令嬢を娶るために使ったお金だった。

