「いかがでしょうか?」

 リナが里桜の髪をハーフアップに仕上げて、鏡越しに問いかけた。

「神殿は、洗礼式以来でございますね。」
「少し、緊張しています。」
「アナスタシアさんも一緒ですし、大丈夫でございますよ。」
「それにしても、この聖徒のワンピース(制服)とても肌触りが良くて、形もシンプルで私好みだし。私服として着てはだめですか?」
「大丈夫ですよ。聖徒は子供たちの憧れなので、それを着て歩けば、それだけで人気者です。」
「じゃ、やめておきます。地味に生きていきたいので。」


∴∵


 私の神殿での仕事は “魔力を思い通りに操って、魔術を使う方法を覚える” 事だった。
 本来なら、十三から十五歳のうちに洗礼を受けて、魔力を得たら、王立学院か地域の魔術学校へ行って魔力が暴発したりしないように魔術の訓練をするらしい。
 私はさすがに学院へは通えないので、私の魔力が最強だと知っているシド尊者様やアナスタシアさんから教わる事になった。
 午前中みっちり魔術の練習をして、お昼はダンスレッスン、午後はアナスタシアさんの講習。それがこれからしばらくの間の私の予定だ。

「私との訓練で、魔力が体の中を流れる感覚はもう分かる様になりましたね。」

 聖徒の制服を着たアナスタシアさんが微笑むとまるで聖母のように神々しく見える。お嬢様のオーラって隠せないんだな。こんな地味服着ていても。

「初歩的なことですが、この流れの感覚をつかまずに、魔力をそのままにすると、体調を崩してしまったりします。なので、洗礼を終えてまず、両親や教師が教えるのが、魔力を体内で循環させる方法でございます。初歩的かつ最重要な訓練でございます。」

 アナスタシアとシドは、横並びになって里桜に教える。

「さて、これからは、実践的な魔術の練習を始めます。魔術を操るのに一番重要なのは自分の中で明確に物事を思い浮かべる事です。」

 アナスタシアがそう説明しているうちに、シドはガラス製の大きなボウルを二つ用意してきた。

「ですから、最初は身近な物から練習するのが良いと思います。皆さん大体 ‘火’ か ‘水’ を操るところから始めます。普段から身近なので、思い浮かべやすいですからね。リオ様の場合、魔力が大変強いので、最初に ‘火’ をやってしまうと、暴走して大火を起こしてしまう可能性がありますので ‘水’ からにしましょう。」

 アナスタシアは一つのボウルの前に移動した。

「このボウルに水を満たす事を思い浮かべます。そして精霊に呼びかけます。」

“・・・ ・・・。”すると、ボウルに水が張られていき、五分目くらいで止まった。

「それではリオ様も挑戦してみてください。」

 里桜はふーっと息を吐き、心を落ち着かせる。

「明確に・・・思い浮かべる・・・あそこのボウルに水を満たす。」

 すると、空中から、真下にあるボウルに縦一直線に水が流れ込んで、危うく水が溢れそうになった。

「だめっ。止めてっ。」

 思わず、里桜は蛇口を(ひね)る動作をした。アナスタシアとシドはあっけに取られる。

「どうして、水が縦に?」
「どんな想像ですか?」

 あっ。現代日本人の弊害。水は《《湧き出る物》》ではなくて、《《捻れば出てくる物》》。完全に、湧き水や泉を思い浮かべないで、カランから水を出す方を思い浮かべちゃってた。しかも、我が家が古かったせいで旧式なカランから出てくるようなの想像した私。シャワー式じゃない。

「一番思い描きやすい状態を想像したら、結果こうなりました。次は、ちゃんと湧き出させます。」
「いいえ、まずは、想像しやすい状態から始めるのが良いと思うので、細かい事は後々調整しましょう。」

 シドは優しく言った。

「それにしても、リオ様はやっぱり素晴らしいですわ。初めから無詠唱で。」
「いえ、アナスタシアさんの呪文?詠唱?が長くて聞きとれなくて、でもしっかり想像したら水が出てきちゃったので。」
「詠唱の有無や、水の量などは、魔力と関わりがあるのです。ある程度の所までは訓練を積めば出来たりも致しますが。」

 シドは横に置かれたバケツに水を捨てながら話す。

「少量の水ならば、青や緑の魔力でも出せますが、グラス一杯程度を詠唱して出せると言う具合でしょう。」
「リナさんは何も唱えずにお湯を湯船に出してくれます。」
「リナさんは元の魔力が強くて、侍女になるにあたり、無詠唱で湯を溜められるよう特訓をした様ですよ。生活に関わる魔術を詠唱で行うと不便ではありますからね。魔力が黄なので、お湯が無詠唱で出せるのは火の魔術が得意というのも理由でしょうが。」
「では、もう一度、水を出してみましょう。先ほどのように思い浮かべやすい状態でかまいませんが、先ほどよりはゆっくりと出せるようにしましょう。」