しかも、アリーチェは涙一つ零すことなく、離宮を出て行ったのです。
 渡り人には恨みはありませんが、それでは駄目です。陛下は私を見捨てた責を取らねばなりません。陛下は手に入れたはずの幸せが、こぼれ落ちる経験をしなければなりません。私のように。

 ならば、王子が王妃を殺めたら、どうなるのでしょうか。未遂で終わっても、極刑です。王子が自分のせいで王妃を狙い、大罪を犯す。幽閉中のアリーチェが知れば今度こそ平静ではいられないでしょう。陛下も我が子を断罪しなければならないのです。それは、苦しい選択でしょう。

 そうです。苦しめばそれで良いのです。

 愛して下さらなかった陛下も、傅かれることを当然と思っているアリーチェも、夜伽役だからとずっと私を見下していたマルタも、そして男爵家の生まれだからと私を軽んじていたあなたも。

 先ほど、渡り人に恨みはないと言いましたが、それは嘘です。最後なのに、綺麗事を書く意味などありませんね。
 やはりあの娘も苦しめば良いのです。
 私から奪っておいて、自分だけ幸せにはさせません。


 そうでした。危うく書き忘れるところでした。
 あなたが私のお世話を怠ってくれたおかげでとても自由に歩き回ることが出来ました。久し振りに侍女の服を着て自由に離宮や外を歩き回れて、良い気分転換にもなりました。あなたが勤勉でないことにお礼を言わなくてはなりませんね、いつもありがとうセシル。

 それと、もう一つ。マルタから言われていたことを伝え忘れていました。なかなか第一王子の筆頭侍女に取り立ててあげられず、申し訳ないとのことです。
 セシル、そんな事を夢見ていたのですね。でも、残念。夜に紛れていたと言っても、体格も声も全く違う私が、あなたを装っても、マルタは気づきもしませんでしたよ。顔を出来るだけ見られないようにしていたとしても、忠犬のあなたを人違いするなんてマルタは酷いですね。
 可哀想なセシル。気を落とさないで下さいね。自分の得た情報を言いふらすような侍女が筆頭侍女になるなど、普通に考えればあるはずもないことですけれど、夢見ることは大切な事だと誰かが言っていましたからね。

 でもあなたにもう一つお礼をしなくてはいけません。あなたは相当私の侍女だという事が嫌だったのでしょうけれど、あなたがどこへ行ってもベルナルダ妃付きの侍女と名乗らず、ただの侍女セシルとして振る舞ってくれていたおかげで、陛下もなかなか、私の所へたどり着く事が出来ませんでしたから。本当にありがとう。感謝に堪えません。

 さて、全てが私の企てた事だとそろそろ露見するでしょう。私は、断首刑などにはなりたくありませんから、陛下にお詫びの手紙を書いたら自ら命を絶つことにいたします。だから最後に全てを記しました。

 セシル、ずっとあなたのことを嫌悪していました。特に秀でるところがないのにあなたは、生まれが子爵家と言うだけで、私を軽んじてきた。
 あなたとお別れできて良かった。これから先は、身の丈を弁えた行動をなさいね。これから先、出来ればの話だけれど。それでは、これで長のお別れです。では、ごきげんよう。