私は、何代も遡れば王家にたどり着く事だけが誇りの男爵家に生まれました。それでも、両親に愛され、時には腹が立つこともあるけれどそれなりに可愛い弟もいて幸せでした。
 舞踏会デビューは少し遅く、十七歳になる年でした。私には許嫁などいませんでしたから、舞踏会でどのような方にお会いできるのか期待に胸を膨らませていました。
 知っていると思いますが、我が家は成功した商人の方が良い生活をしているような最下層の貴族。支度金や嫁入りの荷馬車もろくに準備できないような貴族の娘に心が高鳴るような縁組みなど来るはずもありませんでした。
 届く縁談は、我が家の足元を見たような物ばかりでした。

 両親も嫁ぎ先を決めかねたまま私は二十二歳を迎えようとしていました。
 このまま神殿にでも出仕しようかなど考えたりもしましたが、貴族でありながら青の魔力しか持たない私に仕事があるはずもありません。
 私はどう転んでも半端者でした。

 そんな時、伯爵家からの縁談が来ました。その頃には、多少の年齢差があったり、後妻であっても妾でなければ良いと思うようになっていました。
 先方は、私の十二歳年上で、前妻を病気で亡くし子供はいないと言う事でした。舞踏会で私を見かけ、一目で気に入ってくれたと、父宛の書状には書いてあったようです。
 今までは、爵位目当ての商人や、若い慰み者が欲しい老齢の貴族などの縁談ばかりでしたから、両親は喜んでくれました。
 そして私は、貴族らしい華々しいパーティーもなく、両親が苦心して用意した嫁入りの荷馬車一台で、一度も相手に会わないまま伯爵の後添えになりました。

 好色な顔つきの小太りした中年かと思いましたが、伯爵は意外にも端正な顔つきと引き締まった体の方でした。
 けれど、彼が予想外の人物だったのはこれだけではありませんでした。家のありとあらゆる所に前妻の肖像画が飾られていたのです。
 その絵を見た瞬間の事を今でも鮮明に覚えています。絵の中のその人は、私と似ていたのです。彼が、結婚前に送ってきてくれたドレスの数々は肖像画のその人が着ている物でした。
 そして彼は、ベッドの中でも私ではない名前を呼び続けました。

 そうやって、心を削られていく様な結婚生活を一年続けたある日、彼は亡くなりました。狩猟中の事故でした。狩りに使う‘青菜花(あおばな)’毒を塗った鏃を誤って触ってしまった事が原因でした。
 彼が亡くなってから、家計が火の車であることを知らされました。私は家財道具、彼にもらった宝飾品、土地全てを手放しましたが、借金を全て精算することは出来ませんでした。

 私は母方の叔母の伝手で、王宮の侍女になることが出来ました。一応伯爵夫人としての知識があったために、直ぐに当時の王妃だったアデライト様の侍女になりました。
 仕事にも慣れて、やっと心が安らぐ生活を手に入れたと思っていた頃、アデライト様に呼ばれ当時まだ学院を卒業したばかりで十代だったレオナール様の夜伽役に指名されました。私は二十歳を超えた未亡人です。十代のお相手は惨めでした。

 しかし、レオナール様は‘ベルナルダ’と私の名を呼んで下さいました。
 それはとても面映ゆく、だけれどとても愛おしい響きでした。
 最後にレオナール様はシーツで私の頬を拭って下さいました。その時、自分が泣いていたことに気付きました。ただ、嬉しかったのです。自分が自分として見てもらえていることが。
 ところがレオナール様は、‘済まなかった’の言葉だけを残して部屋を出て行かれました。
 私は、そのまま側妃として離宮に住みましたが、レオナール様が夜に私の所に訪れて下さることはそれ以来ありませんでした。