レオナールが、騎士団棟から戻り、廊下を歩いていると、アルチュールが追いかけてきた。

「何だ?」
「ベルナルダ様が、執務室でお待ちです。」

 レオナールはため息を吐いた。

「フェルナン様が王宮へ行ったっきり戻らないと、王宮をお探しでしたので、一旦執務室にご案内いたしました。」
「そうか。しかし、これからリオに今の状況を話して、リナを説得してもらわなければならない。」
「しかしそれでは、事の次第によっては、フェルナン様に処罰を与えなければいけない…なんて事に。」

 レオナールは珍しく顔を歪ませた。

「どちらにせよ、真実が何か分かってからだ。リナの話しが事実だとは思えない。クリストフもモルガンも一切状況を話さなくなった。残るはリオとアニアだ。」

 アルチュールは‘わかりました’と小さく返事して、

「では、ベルナルダ様には?」
「事情は話さず、居場所については正直にクロヴィスの母上のイザベル様のところにいると話せば良い。心配には及ばないと。」
「わかりました。陛下。」


∴∵


 クロヴィスは、下を向いたままのフェルナンにゆっくりと話しかける。

「練習で許可なく真剣を用いたこと。そして、陛下のご子息であるフェルナン殿下を怪我させたこと。特に何の理由もなく王子を怪我させたことは大変重い罪になります。侍女は免職になるでしょう。王宮で侍女として働いていたところを免職になったような者を、今後どこも雇ったりしないでしょう。彼女は多分、王都ではもう暮らすことが出来ない。」

 フェルナンは、拳を強く握りしめている。

「クロヴィス。」

 イザベルは、フェルナンの元に駆け寄ってきた。

「随分あなたの声が大きいから心配していたら。もう。あなたは。こんな小さな王子にそんなに詰め寄ったりして。怖がってしまってるじゃないの。」

 イザベルは、フェルナンをそっと抱きしめて背中を優しく摩る。そして、優しく語りかける。

「王子。今は何も話したくないのならば、話さなくて良いのです。さぁ。ゆっくり呼吸をして。少し甘い物でも食べれば気分が落ち着きますよ。」

 イザベルは笑顔で、フロランタンを一つ差し出した。すると、フェルナンの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
 クロヴィスとイザベルは、黙って視線を合わせた。


∴∵


「フェルナン様はただ今、前国王の離宮へ行っております。」
「えっ?王太后様に会っているのですか?何かありましたか?」

 ベルナルダは、動揺した様子を見せる。

「いいえ。シャルル王の離宮と言っても、クロヴィス閣下のお母上、イザベル様のところにいらっしゃいます。」
「イザベル様の…」

 ベルナルダは、深く息を吐いた。

「はい。ですから、お帰りは遅くなりましても、ご心配には及びません。」
「そう。ありがとう。では、離宮へ戻ります。」