「アルチュール様お見えになりました。」
「入れ。」

 入ってきたアルチュールは、些か不機嫌そうな顔をしている。

「どうした?」
「今日、フェルナン王子の護衛を担当をしている、騎士団第二団隊、第三中隊の第一小隊に王妃陛下がフェルナン殿下殺害を計画していると、密告が。」
「何故、そのような話になる?」
「わかりませんが…。」
「リオがフェルナンの命を狙って、何がある?」
「小隊としては看過できず、王妃様に聞き取りを行う準備をしています。まずは、陛下にご一報を。」


∴∵
 

「王妃様。」

 聞き覚えのある声に、里桜が振り向くと何かを視界に入れる前に金属の音や、ドンと何かが落ちたような音がした。
 里桜は咄嗟に目を瞑ったが、自分には何の衝撃もなかった。

 そして、ゆっくりと目を開けた里桜の視界に入った物は、遠くで明らかに倒された様子のフェルナンに、剣を抜いている状態のリナ。クリストフとモルガンは里桜の前で仁王立ちで盾の様になっている。そして、アナスタシアは里桜を抱きしめながら強力な魔壁を張っている。

「どうしたの?」

 里桜の問いに、アナスタシアは答えない。
 フェルナンは、自身の側に転がった剣を取ろうとしている。里桜は必死に止めるが、魔壁にの外には声が届かない。

「それ以上動かれましたら、王妃陛下への攻撃とみなして、殿下と言えど加減なく対処いたします。」
「・・・」

 フェルナンは、無言で剣を取って立ち上がると、剣を振りかざした。八歳になるフェルナンの背丈は既に里桜と変わりなく、リナの肩程までに伸びていた。そのまま、リナに向ってくる。里桜が必死に止めようとしても、声は届かない。


 一瞬だった。フェルナンは大きく弾かれ、剣も転がった。フェルナンの両方の太ももから血が流れている。
 里桜は小さな声で‘ごめん’と言うと次の瞬間、薄いガラスが割れたような破壊音がした。里桜がアナスタシアの魔壁を破ったからだった。アナスタシアもクリストフたちも少し身構えた。それを見た里桜はアナスタシアを振り切って、フェルナンの所へ走った。

「リオ様、お待ちください。」

 アナスタシアが、里桜を引き留めようとするが、寸前のところで、里桜の手を掴み損ね、そのまま走って行ってしまった。
 里桜は、フェルナンの側へ座ると足に手をかざす。傷口は発光して、やがて跡形もなく治った。

「フェルナン・・」

 フェルナンは、里桜を強く突き飛ばし、剣を取ろうとするが、リナの剣がすでに首元に突きつけられた。

「殺せよ。やれ。僕も、母上やテレーズのように殺せば良いだろ。早く。それを狙っているくせに。」

 里桜は、既にアナスタシアやクリストフらに引き留められていて、身動きが出来ない。そして、里桜はアナスタシアに引きずられるようにして自室に戻らされた。


∴∵


「今のところ、お子様に影響はないようでございます。しかし、治癒の魔術は大変に体力を消耗する術でございますから、ご懐妊中は、施されませんように。良いでしょうか。」
「はい。わかりました。」

 アルフレードは、医師を送るために一緒に部屋を出て行った。

「アナスタシア、フェルナンはどうなったの?」
「私もまだ、存じません。」
「私はここにいるから、少し状況を見てきてくれない?」
「いいえ。私はこのままこちらに侍っております。」

 アナスタシアの揺るがない声色に、里桜は説得を断念した。

「アルフレード様がお戻りになりましたら、お願いするのが良いと思います。」
「そうね、ありがとう。アナスタシア。」

 里桜が笑うと、アナスタシアも柔らかく笑って、頷いた。