十月六日、レオナールの第一王女テレーズが一歳になった日に里桜の主催でお披露目の午餐会が行われた。
この日、レオナールは生母であるアリーチェをエスコートしていた。レオナールに伴われて現れたアリーチェは、深紅に同色の糸で全体に刺繍が施されたドレスを着ていた。そのドレスは持って生まれたアリーチェの気品をさらに高めているようだった。
後宮では、レオナールの唯一の寵妃として長い間、頂点に君臨していたアリーチェだが、里桜が王妃になったことで、後宮での影響力は一気に弱まっていた。その事が原因で、アリーチェ付きの侍女と里桜との関係は理想的とは言えず、今日もレオナールと並ぶアリーチェを褒め、身長の低い里桜とでは釣り合いが取れていなくて陛下が可哀想だなどと聞こえよがしにものを言っている。
「あんまり気にすんな。」
ジルベールは里桜に向って優しく笑う。今日、里桜のエスコート役は正妃のいないジルベールだった。ジルベールが付ける公爵への勲章と釣り合いが取れる様に、里桜も婚約時に公爵令嬢として受勲した中綬だけを身につけ午餐会へ出席していた。その事も何故かアリーチェの侍女たちの虚栄心をくすぐる様で、第一王子を出産したときに受勲した大綬を身につけるアリーチェは立派だと褒めそやしていた。そのあまりの無礼さにアナスタシアが注意しようとするのを、里桜は止めた。
「陛下。こういう事はその度にきちんと注意致しませんと、助長するだけで何の解決にもなりません。」
「そうだぞ。」
里桜の態度をリナもジルベールも諫めた。
「今日の主役はテレーズとアリーチェですから、二人が気分良くこの会を終えることが出来る様に私たちは心を尽くしましょう。侍女への注意はまたの時に。」
「またの時など…」
「リナ。」
里桜が少しだけ語気を強める。
「今日はどうか私の意見を尊重してくれない?」
「…わかりました。」
∴∵
「どうした?食が進んでいないな。平気か?」
「はい。大丈夫です。コルセットの服が苦手で。」
ジルベールは隣に座る里桜を気に掛けた。最近、便秘気味でお腹が張ってしまい食が進まないでいた。レオナールは頻りに医者に診てもらえと言うが、便秘は度々起きているので里桜自身は気に留めていなかった。
午餐会にはテレーズはもちろん、フェルナンも同席している。新調した王子の儀礼服を身につけ、華やかに着飾る母親と、慈しまれる妹を見てどこか誇らしげにしている姿が愛らしかった。
「こうしていると、最近は大きな魔獣討伐もなく平穏で良いですね。」
「あぁ。しかし、今思うと渡り人召喚が行われる前は、ずっとこのような状態だったんだ。トシコ嬢の存在のせいなのか、あの二年足らずが異常な多さだったんだ。」
「そうなんですか?」
「あぁ。」
里桜は少し寂しそうな顔をした。
「なんだ?久々に天馬に乗って魔獣討伐にでも行きたくなったか?」
「それは、陛下が良い顔をしません。でも、治療所へは行きたいと思う事があります。改めて思うのは、私は尊者の仕事がとても好きだったと言う事です。」
最近は何か気が落ち込み気味で、ことある毎に尊者として翔に乗って討伐に出た日や、治療で忙しくしていた頃を懐かしむ自分がいた。王妃の仕事も、日々チャリティーイベントや、会合に顔を出さなければならず忙しくはしているが、尊者の仕事の方が性格には合っているような気がしている。
「王妃になって、少し窮屈に感じるか?」
その問いには笑って曖昧にやり過ごした。
∴∵
その日の夜は、レオナール主催の舞踏会が行われた。これにもレオナールはアリーチェを伴った。
アリーチェは舞踏会も深紅のドレスを纏っている。ジルベールに伴われた里桜は、アップルグリーンのドレスから、山吹色のドレスに着替えていた。
ジルベールと踊り始めた里桜は何故か笑いを堪えている。
「何で笑ってる。」
「ダンスがお上手なことが意外で。」
「これでも公爵で王子だ。ダンスくらいは嗜んでいる。」
「えぇ。ですが、最近はリナと剣を交えている姿しか見ていませんので。なんだか不釣り合いで。」
リナは里桜の警護が国軍から騎士団へ変ったことを機会に騎士団で剣の練習をしていた。国軍での剣の練習相手はシルヴァン、アラン、リュカが主だったのでリナの剣の腕前は格段に伸びていた。そのせいで、騎士団の騎士たち相手では全く練習にならず、ただ騎士たちの自信を喪失させるだけになってしまった。
それで、今はリナの剣の相手をジルベールが買って出ていて、二人が剣を交える姿は既に日常の風景になっていた。女性の中では長身なリナはシルヴァンやアランとは然程の体格差はないが、ジルベールとは頭一つ分の身長差がある。しかも、鍛え上げた体から繰り出される剣は重く、リナを苦戦させている様だった。
「リナは吹っ飛ばされても表情一つ変えず向ってくる。剣術が本当に好きだと顔を見ていればわかる。」
「私の大切な侍女を吹っ飛ばすなんて…」
里桜がわざとらしく目を大きくして怒った様に見せると、ジルベールは苦笑いをした。
「リナが連日大きな痣を腕や足に付けてくることをアナスタシアが心配しています。もちろん私も心配ですから、魔術で騎士団長を吹っ飛ばそうかとアナスタシアと相談していたのです。」
「止めて頂けると有り難い。二人に魔術で応戦されたらこちらは打つ手がない。」
「私やアナスタシアは剣のことには詳しくありませんが、リナが言うには幕僚や参謀とは剣筋の種類が全く異なっていて、とても勉強になると…リナはとても喜んでいます。とても楽しそうにしていますので、怪我は心配ですが、これからも私の侍女を宜しくお願いします。」
「こちらもああやって、純粋に剣が好きな人間と組むのは楽しい。幼い頃のレオナールやシルヴェストルを相手にしているみたいだ。懐かしいよ。」
「陛下とも良く組んでいたのですか?」
「あぁ。ちびっこい癖して負けず嫌いで、勝つまで戦おうとする。しかし、こちらがあからさまに手を抜くと本気で怒って抗議してくる。レオナールは可愛かったが、厄介だった。」
「何だか、想像できます。」
「だろ?」
この日、レオナールは生母であるアリーチェをエスコートしていた。レオナールに伴われて現れたアリーチェは、深紅に同色の糸で全体に刺繍が施されたドレスを着ていた。そのドレスは持って生まれたアリーチェの気品をさらに高めているようだった。
後宮では、レオナールの唯一の寵妃として長い間、頂点に君臨していたアリーチェだが、里桜が王妃になったことで、後宮での影響力は一気に弱まっていた。その事が原因で、アリーチェ付きの侍女と里桜との関係は理想的とは言えず、今日もレオナールと並ぶアリーチェを褒め、身長の低い里桜とでは釣り合いが取れていなくて陛下が可哀想だなどと聞こえよがしにものを言っている。
「あんまり気にすんな。」
ジルベールは里桜に向って優しく笑う。今日、里桜のエスコート役は正妃のいないジルベールだった。ジルベールが付ける公爵への勲章と釣り合いが取れる様に、里桜も婚約時に公爵令嬢として受勲した中綬だけを身につけ午餐会へ出席していた。その事も何故かアリーチェの侍女たちの虚栄心をくすぐる様で、第一王子を出産したときに受勲した大綬を身につけるアリーチェは立派だと褒めそやしていた。そのあまりの無礼さにアナスタシアが注意しようとするのを、里桜は止めた。
「陛下。こういう事はその度にきちんと注意致しませんと、助長するだけで何の解決にもなりません。」
「そうだぞ。」
里桜の態度をリナもジルベールも諫めた。
「今日の主役はテレーズとアリーチェですから、二人が気分良くこの会を終えることが出来る様に私たちは心を尽くしましょう。侍女への注意はまたの時に。」
「またの時など…」
「リナ。」
里桜が少しだけ語気を強める。
「今日はどうか私の意見を尊重してくれない?」
「…わかりました。」
∴∵
「どうした?食が進んでいないな。平気か?」
「はい。大丈夫です。コルセットの服が苦手で。」
ジルベールは隣に座る里桜を気に掛けた。最近、便秘気味でお腹が張ってしまい食が進まないでいた。レオナールは頻りに医者に診てもらえと言うが、便秘は度々起きているので里桜自身は気に留めていなかった。
午餐会にはテレーズはもちろん、フェルナンも同席している。新調した王子の儀礼服を身につけ、華やかに着飾る母親と、慈しまれる妹を見てどこか誇らしげにしている姿が愛らしかった。
「こうしていると、最近は大きな魔獣討伐もなく平穏で良いですね。」
「あぁ。しかし、今思うと渡り人召喚が行われる前は、ずっとこのような状態だったんだ。トシコ嬢の存在のせいなのか、あの二年足らずが異常な多さだったんだ。」
「そうなんですか?」
「あぁ。」
里桜は少し寂しそうな顔をした。
「なんだ?久々に天馬に乗って魔獣討伐にでも行きたくなったか?」
「それは、陛下が良い顔をしません。でも、治療所へは行きたいと思う事があります。改めて思うのは、私は尊者の仕事がとても好きだったと言う事です。」
最近は何か気が落ち込み気味で、ことある毎に尊者として翔に乗って討伐に出た日や、治療で忙しくしていた頃を懐かしむ自分がいた。王妃の仕事も、日々チャリティーイベントや、会合に顔を出さなければならず忙しくはしているが、尊者の仕事の方が性格には合っているような気がしている。
「王妃になって、少し窮屈に感じるか?」
その問いには笑って曖昧にやり過ごした。
∴∵
その日の夜は、レオナール主催の舞踏会が行われた。これにもレオナールはアリーチェを伴った。
アリーチェは舞踏会も深紅のドレスを纏っている。ジルベールに伴われた里桜は、アップルグリーンのドレスから、山吹色のドレスに着替えていた。
ジルベールと踊り始めた里桜は何故か笑いを堪えている。
「何で笑ってる。」
「ダンスがお上手なことが意外で。」
「これでも公爵で王子だ。ダンスくらいは嗜んでいる。」
「えぇ。ですが、最近はリナと剣を交えている姿しか見ていませんので。なんだか不釣り合いで。」
リナは里桜の警護が国軍から騎士団へ変ったことを機会に騎士団で剣の練習をしていた。国軍での剣の練習相手はシルヴァン、アラン、リュカが主だったのでリナの剣の腕前は格段に伸びていた。そのせいで、騎士団の騎士たち相手では全く練習にならず、ただ騎士たちの自信を喪失させるだけになってしまった。
それで、今はリナの剣の相手をジルベールが買って出ていて、二人が剣を交える姿は既に日常の風景になっていた。女性の中では長身なリナはシルヴァンやアランとは然程の体格差はないが、ジルベールとは頭一つ分の身長差がある。しかも、鍛え上げた体から繰り出される剣は重く、リナを苦戦させている様だった。
「リナは吹っ飛ばされても表情一つ変えず向ってくる。剣術が本当に好きだと顔を見ていればわかる。」
「私の大切な侍女を吹っ飛ばすなんて…」
里桜がわざとらしく目を大きくして怒った様に見せると、ジルベールは苦笑いをした。
「リナが連日大きな痣を腕や足に付けてくることをアナスタシアが心配しています。もちろん私も心配ですから、魔術で騎士団長を吹っ飛ばそうかとアナスタシアと相談していたのです。」
「止めて頂けると有り難い。二人に魔術で応戦されたらこちらは打つ手がない。」
「私やアナスタシアは剣のことには詳しくありませんが、リナが言うには幕僚や参謀とは剣筋の種類が全く異なっていて、とても勉強になると…リナはとても喜んでいます。とても楽しそうにしていますので、怪我は心配ですが、これからも私の侍女を宜しくお願いします。」
「こちらもああやって、純粋に剣が好きな人間と組むのは楽しい。幼い頃のレオナールやシルヴェストルを相手にしているみたいだ。懐かしいよ。」
「陛下とも良く組んでいたのですか?」
「あぁ。ちびっこい癖して負けず嫌いで、勝つまで戦おうとする。しかし、こちらがあからさまに手を抜くと本気で怒って抗議してくる。レオナールは可愛かったが、厄介だった。」
「何だか、想像できます。」
「だろ?」

