それからしばらくして、いよいよ出発の時間になった。
 先頭をレオナールの侍従アルチュールが王家の馬車で走り、里桜、ロベール、ホープチェストの荷馬車が続く。護衛の騎士も、里桜の担当になったヴァレリーの他にコンスタンの小隊も加わって、更に花嫁行列は豪華になった。


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 花嫁行列は王族との婚礼の慣例に則って、屋敷を出ると少し遠回りをして中央広場に向い市中を回りながら三十分ほどかけて王宮へ着いた。里桜が馬車回しから、玄関ホールへ入ると、慌ただしい足音がした。

「リオ。」

 その声に反応する前に、里桜は自分の体が拘束された様な感覚になった。

「陛下。みなが見ています。」
「構わない。」
「私が構うのです。陛下。」
「会いたかった。」
「私もです。だから、少しだけ離してください。お顔が見えません。」

 レオナールのため息が聞こえて、体を締め付ける力が緩くなった。

「陛下のお顔、久し振りに拝見しました。」
「リオが帰って来ないから見られなかったんだぞ。」
「はい。そうですね。でも、お元気そうで良かったです。」

 里桜は穏やかに笑う。レオナールは、しっかりと里桜の手を握る。

「ドレス、良く似合っている。リオが初めて深紅(私の色)を纏う時は、私以外の誰にも見せたくなかったのだ。私のつまらぬ独占欲のために、舞踏会では寂しい思いをさせてすまなかった。」
「いいえ。舞踏会のドレスも、とても素敵でした。アルチュールが、これから私の部屋へ案内してくれるそうです。」

 レオナールはアルチュールの方を見る。

「陛下は、執務が残っております。お戻りください。」

 レオナールは聞こえないふりをする。

「陛下。もう私はここにいます。だからお部屋へお戻りください。明日にでもお茶にお誘いください。それでゆっくりとお話しを致しましょう。」
「分かった。」

 レオナールは渋々と言った表情で、返事をして、執務室へ戻る。


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「結局、こうなる。」

 執務室で、書類に追われているレオナールは怒っていた。
 明日が結婚式の日だが、里桜が王宮へ入ってからの二週間、一度も里桜とは会えずにいた。

「お前の執務能力は信頼している。」
「何の話だクロヴィス。」
「しかし、お前の貞操観念は信頼していない。」

 レオナールは視線を上げて、クロヴィスを睨む。

「やっぱり、お前か。」
「やっと会えたんだ。お前が全部取っ払おうとするんじゃないかと…言ったのは俺だが、全員がその意見に同意して、反対意見を出す者はいなかった。一人もな。だから、」
「だから国軍の兵士にリオの部屋の警護をさせたのか?」
「やっぱり、彼女の部屋に行ったのか?」
「行ったが、顔を見に行っただけだ。」

 騎士団の組織のトップはジルベールだが、最高指揮官はレオナールだ。しかし、国軍は最高指揮官が軍務大臣になっている。

「退けと言ったら、軍務大臣から何があっても退くなと命令を受けていると言われた。」
「国軍は原則的にはお前の指揮下にないからな。」

 レオナールはあからさまに嫌な顔をする。

「騎士に警護させていたら、お前は最高指揮官の権限を使うだろう?仕事が進んだおかげで、結婚式が終われば三日間の休みだぞ。逆に俺に感謝して欲しいくらいだ。」
「何がだよ。」
「まぁ、頑張ったおかげで、今日はこれで仕事は終りだ。今日はもうゆっくり休め。明日は大忙しだぞ。」