レオナールの姿はスッと消えた。

「良かったね。と言っていいのかな?」
「うん。戻りたかったから。戻れると知って良かった。それに、りおさんは私がこのままあの世界に戻っても幸せな人生は送れそうにないと知っているんでしょう?」

 里桜は答えなかったが、利子はそれを肯定と捉えた。

「ごめんね。色々と。」

 利子は俯いて話す。

「私こそ。としこさんの事を考えず、勝手な振る舞いばかりだったと思う。でもね、変に聞こえるかも知れないけど、私にとってとしこさんは、大切な人だったの。突然、知らない世界に放り出されてどうしたら良いのかわからない状況で、私と同じように藻掻いて、苦しんでる同士みたいな。」
「うん。急にこんな境遇になれば誰だって自分のことばかりになると思うし。私は、こちらに来る前に読んだり、やったりしていたゲームや話の世界に入ってきたと思い込んでたの。そう言う物語とか多いから。好きで読んでて。だけど、ここで生きている人たちに感情や…それどころか命だってことすらも考えていなかった気がする。」
「そっか…。それでとしこさんは、その物語がどれなのか知りたかったんだ。私にはそれがわかると思ってたんだ。」

 利子は頷く。

「それに私たち、世界を救うとか、国を守るとかそんな事考えられるほど大人じゃないよね。神様は何を思っているんだろう。私たちみたいなの救世主として転生させるなんてさ。」
「なんだか、あれ(・・)には年の感覚がないみたい。何千年とか大した長さじゃないって言ってたし。」
「ふーん。そうなんだ。」
「ねぇ、としこさん陛下のこと好きだったでしょう?そう意味でもきっと私、としこさんを無神経に傷付けていたんだよね。ごめんね。」

 利子は少し首を傾げる。

「実は…そんなに好みではないんだよね。あの、まんまイケメンみたいなのちょっと苦手なの。だから何で、あんなにも王妃になる事に執着していたのか分からないの。好きでもない男と結婚して王妃って。だって王妃って大変そうだとしか思えないよね?愛があっても乗り越えられるかってレベルの話しじゃない?普通に考えたら。誰も好んで王妃になんてならないじゃん?なんで王妃になりたかったんだろう?自分でも分からない。…ただ、あなたがとても恵まれた人に思えて、それを何故だかずるいと思ってたんだよね。ちゃんと考えれば、あなただって、突然無理にこの世界に飛ばされて、一生懸命がんばって、自分の居場所を作ったんだって分かるのに。あなただけずるい。私だって王妃になって、あなたを見返してやるって。」
「としこさん。私たちって、もっと話し合えてれば良かったね。」
「あぁ。それ、彼氏と別れ際にいつも思うやつだ。」
「そうなの?」
「りおさんはそう思ったことないの?最初は好きで始まったのに、なんでこんな考えてることバラバラになったんだろうって。少しのすれ違いの時にもっとちゃんと話しておけば良かったって、思ったことない?」

 今度は里桜が少し首を傾げた。

「私、中学生の時に付き合い始めた人と婚約したから…別れた事がないの。別れたいと思ったこともなかったし。」
「え?りおさんていくつ?」
「二十四になった。」
「本当?じゃぁ十年近く同じ人と付き合ってたの?」
「うん。十四から付き合ってた。」
「じゃぁ、大好きだったんだ。」
「そうだね。好きだった。」

 里桜は、自分の手のひらを見た。

「そっか、辛いね。離れちゃって。人生って色々だね。」
「本当だね。こんな結末が自分にあるなんて思わなかった。」
「今は王妃様だもんね。」
「…。」
「何故黙る?」
「うーん。だって。さっきとしこさんだって言ったでしょう?無理だよ。王妃なんて。私、馬車に乗って手を振ったりとか出来ないし。そんなロイヤルな…。」
「あー分かる。恥ずかしいよね。ガラじゃないよって思うよね。」


 里桜は、利子の方を反射的に見た。

「いやっ、としこさんやってたじゃん。堂々と手を振ってたよ。」
「あれはアブノーマル利子だから。今思うとなんでやったのかさっぱり分からない。」
「そうなんだ。わかんないんだ。ウケる。」
「本当に私たちこうして普通に会いたかったね。本当に色々とごめんね。」
「いいよ。お互い様って事でしょう?心配しないで。ちゃんととしこさんの事は日本へ帰すから。私に任せておいて。としこさん、最後に話せて良かった。ありがとう。」
「お礼を言うのは私の方だよ。りおさん、ありがとう。じゃあ、そろそろ帰ろうか。りおさんも気を失っている状態なんでしょ?みんな心配してるよ。特に王様。きっと仕事が手に付いてないよ。あっそれとも、もっと心配させてやる?」

 ははは。と笑う利子の姿は、年相応の女の子の姿だった。