里桜は一瞬何を言われたのか分からず、反応が出来なかった。
「後宮に貴女の部屋を用意した。今からそちらに移って頂く。側仕えは一人伴うことを許すが、それ以外の者は明日ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ帰って頂く。これまであちらで使っていたドレスなども全て手放し、必要な物はこちらで用意する。彼の国と我が国は何から何まで異なる。肩の露わになる様なドレスを王太子の側妃が身につける様なことはしないで欲しい。」
どこから湧いたのか、三人の騎士が里桜の前に現れた。里桜がそれに驚いていると、里桜と騎士の間に、リュカ、アナスタシア、コンスタンが割り込む様に立ち塞がる。
「ウルバーノ王太子殿下。このお申し出を承ることは出来ません。私は明日、予定通りにゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ帰ります。」
「この国では私の意思が全てだ。」
「私にも気持ちはあり、私はこの国に住むことを望んでいません。」
「この国で私の望みに応えない家は本来ならば没落する。しかしリオ殿には没落させる家などない。しかし、私があの国に攻め入ると言ったら?それに、ここに居ない君の侍女リナが今一人で大人しくハーブティーを淹れていると思うか?」
開いた扉の音に嫌な予感を覚えて振り向いた。そこに居たのは、後ろ手に拘束されたリナだった。魔力が使えないながらも、きちんと抵抗はした様だ。騎士二人の顔には出来たての痣がある。
「なんて事を。」
「貴女が大人しく後宮に移れば侍女は健康に彼の国へ帰ることが出来る。」
「私をそこまでして後宮へ迎えたいのは、魔力の強い子孫のためですか?」
「今回の召喚では二人の女性の渡り人が来て、一人は既にレオナール王の妃になると聞いている。」
「それならば、残りの一人はこちらで貰うと?」
「国境を越えても使えているその魔力にも興味がある。」
「私は、側妃になどなりません。」
リナを拘束していた騎士は、後ろ手に縛られているリナを放り投げるように床に倒し、その首元に剣を突きつける。相手の気持を無視したウルバーノの振る舞いは、虫唾が走るほどに嫌いだが、この国での権力の差は明らか。自分の意思は絶対だと言って憚らない人間に対して、どうやって穏便にあなたの意思には沿えないと伝えれば良いのか。刺激し過ぎて、本当に国際問題にでもなったら、それこそ特使として失態を演じる事になる。里桜は、感情的になりそうなところを堪え、歯を食いしばった。そして、ウルバーノに向って鋭い視線を向け、はめているグローブを外した。折り返していた所を広げるとそこには、深紅の糸で刺繍されたレオナールの紋章があった。
「アナスタシア、私が預けた布袋を出してもらえる?」
小さく返事して、クラッチバッグから出した袋を渡す。
「ありがとう。リュカ、これを殿下へ渡してもらえる?」
袋から出したカードの束とグローブを畳んでリュカへ渡す。グローブを見たアナスタシアは目を見開いて驚く。
紋章を刺繍したグローブはこの辺りの国では寵愛の印として許嫁や婚約者に贈る物とされている。
アナスタシアは里桜の方を振り返る。
「大丈夫。今回はちゃんと意味を教えてもらった。だから今まで表に見えない様に折っていたの。この国の誰かに無体な真似をされたらこれをそっと見せろと言われたの。まさか、王太子相手に使うとは思わなかったけれど。国王の威光は大したものね。」
「では、先々で届けられていたカードもそのためですか?」
里桜は少し笑って見せた。本当はそこまでは言われていない。これは天馬の件の意趣返しだ。まさか、‘早く会いたい’や‘早く戻れ’と書いた直筆のカードを隣国の王太子に見られるとは思ってもいなかろう。
「カルタビアーノ、マルサーノ。侍女を離せ。」
リナは拘束されていた手をほどかれ、解放される。里桜は小走りにリナの元へ近づく。首元には五㎝ほどの切り傷がある。剣を突きつけていた騎士を睨み付けると、騎士は鼻で笑った。
「リナ、首以外は怪我していない?大丈夫?」
「私は何ともございません。申訳ありません。私が不甲斐なく。」
「そんなことないよ(だって…リナより随分大柄な騎士の顔、痣だらけだよ?)。」
そう言って、里桜はリナの傷を瞬間で治した。
ウルバーノは、その様子を見て、無言で里桜の渡したグローブをリュカへ返した。そして、謝罪の言葉などはなく、無言のまま立ち上がった。
「アネーリオ、宮殿へ戻る。」
それだけ言うと、何事もなかった様に部屋から出て行った。
「後宮に貴女の部屋を用意した。今からそちらに移って頂く。側仕えは一人伴うことを許すが、それ以外の者は明日ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ帰って頂く。これまであちらで使っていたドレスなども全て手放し、必要な物はこちらで用意する。彼の国と我が国は何から何まで異なる。肩の露わになる様なドレスを王太子の側妃が身につける様なことはしないで欲しい。」
どこから湧いたのか、三人の騎士が里桜の前に現れた。里桜がそれに驚いていると、里桜と騎士の間に、リュカ、アナスタシア、コンスタンが割り込む様に立ち塞がる。
「ウルバーノ王太子殿下。このお申し出を承ることは出来ません。私は明日、予定通りにゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ帰ります。」
「この国では私の意思が全てだ。」
「私にも気持ちはあり、私はこの国に住むことを望んでいません。」
「この国で私の望みに応えない家は本来ならば没落する。しかしリオ殿には没落させる家などない。しかし、私があの国に攻め入ると言ったら?それに、ここに居ない君の侍女リナが今一人で大人しくハーブティーを淹れていると思うか?」
開いた扉の音に嫌な予感を覚えて振り向いた。そこに居たのは、後ろ手に拘束されたリナだった。魔力が使えないながらも、きちんと抵抗はした様だ。騎士二人の顔には出来たての痣がある。
「なんて事を。」
「貴女が大人しく後宮に移れば侍女は健康に彼の国へ帰ることが出来る。」
「私をそこまでして後宮へ迎えたいのは、魔力の強い子孫のためですか?」
「今回の召喚では二人の女性の渡り人が来て、一人は既にレオナール王の妃になると聞いている。」
「それならば、残りの一人はこちらで貰うと?」
「国境を越えても使えているその魔力にも興味がある。」
「私は、側妃になどなりません。」
リナを拘束していた騎士は、後ろ手に縛られているリナを放り投げるように床に倒し、その首元に剣を突きつける。相手の気持を無視したウルバーノの振る舞いは、虫唾が走るほどに嫌いだが、この国での権力の差は明らか。自分の意思は絶対だと言って憚らない人間に対して、どうやって穏便にあなたの意思には沿えないと伝えれば良いのか。刺激し過ぎて、本当に国際問題にでもなったら、それこそ特使として失態を演じる事になる。里桜は、感情的になりそうなところを堪え、歯を食いしばった。そして、ウルバーノに向って鋭い視線を向け、はめているグローブを外した。折り返していた所を広げるとそこには、深紅の糸で刺繍されたレオナールの紋章があった。
「アナスタシア、私が預けた布袋を出してもらえる?」
小さく返事して、クラッチバッグから出した袋を渡す。
「ありがとう。リュカ、これを殿下へ渡してもらえる?」
袋から出したカードの束とグローブを畳んでリュカへ渡す。グローブを見たアナスタシアは目を見開いて驚く。
紋章を刺繍したグローブはこの辺りの国では寵愛の印として許嫁や婚約者に贈る物とされている。
アナスタシアは里桜の方を振り返る。
「大丈夫。今回はちゃんと意味を教えてもらった。だから今まで表に見えない様に折っていたの。この国の誰かに無体な真似をされたらこれをそっと見せろと言われたの。まさか、王太子相手に使うとは思わなかったけれど。国王の威光は大したものね。」
「では、先々で届けられていたカードもそのためですか?」
里桜は少し笑って見せた。本当はそこまでは言われていない。これは天馬の件の意趣返しだ。まさか、‘早く会いたい’や‘早く戻れ’と書いた直筆のカードを隣国の王太子に見られるとは思ってもいなかろう。
「カルタビアーノ、マルサーノ。侍女を離せ。」
リナは拘束されていた手をほどかれ、解放される。里桜は小走りにリナの元へ近づく。首元には五㎝ほどの切り傷がある。剣を突きつけていた騎士を睨み付けると、騎士は鼻で笑った。
「リナ、首以外は怪我していない?大丈夫?」
「私は何ともございません。申訳ありません。私が不甲斐なく。」
「そんなことないよ(だって…リナより随分大柄な騎士の顔、痣だらけだよ?)。」
そう言って、里桜はリナの傷を瞬間で治した。
ウルバーノは、その様子を見て、無言で里桜の渡したグローブをリュカへ返した。そして、謝罪の言葉などはなく、無言のまま立ち上がった。
「アネーリオ、宮殿へ戻る。」
それだけ言うと、何事もなかった様に部屋から出て行った。

