その日の放課後。
「俺帰ってゲームするから、じゃーなー!」
 翔真くんが私に声をかけてきた。
「うん。バイバイ」
 私は笑顔で手を振りかえす。
廊下に翔真くんが出ていった途端、私は大きくため息をついた。
「、、、、、、」
 私以外、教室には誰もいなくなった。

静かな教室。
大きな黒板に教卓。
誰も座っていない、椅子。
壁に貼られたプリント。

それらを眺めていると、声が聞こえた。
「あーいたいたー!」
 無駄に高い女の声。
来た、、、。
須賀(すが)ちゃーん!」
 教室に現れたのは、髪を茶髪に染めた、問題児、美加子(みかこ)だ。
「今日も逃げないで偉いじゃん!で、今日は何円持ってんの〜?今からゲーセン行くよ〜」
 本当は逃げたいよ!でも、、、逃げらんないじゃん!
内心悲鳴を上げるが、次の瞬間。
「、、、いいですね!」
 私は満面の笑みで頷いた。
「だよね〜!そうこなきゃね〜」

北條(ほうじょう)美加子。
校則違反の染髪やメイク、ピアスは当たり前に学校にしてくる。
さらに、遅刻魔で、他人へのいじめ、カツアゲも日常茶飯事。
そして、そのいじめのターゲットが、今、私なのだ。

 今年、初めて同じクラスになり、いきなりダル絡みされた。
『ねぇ、このあと予定ある〜?ゲーセン行こうよ〜?ほら、もうあたし達友達でしょ〜?』
 と放課後、無理矢理連れて行かれたのが、、、路地裏だった。
いきなり私の胸ぐらを掴み、壁に押し当てた。
屈強な体の美加子を押し返せるほど、私は強くはなかった。
『わかってる?これ断ったら、あんた、、、終わるよ?』
 なにがどう終わるのか、全然わからなかったけれど私に、美加子の指示に従う、以外の選択肢はなかった。
『わ、わかりました。払います』
 必死に頷いた。
そして美加子の手が私の首から離れやっと喉が解放された。
新鮮な空気がなんだか久しぶりなように感じた。
『じゃ、あたし喉乾いたから、なんか買ってきて』
 冷たい、なにも感情のこもっていない声に私は身震いを隠すことができなかった。

その日から、美加子の標的が変わることはなかった。
私を融通のきく、金ヅルだと思っているから。
美加子がそんな私を、すぐに手放すやつだとも私自身思っていない。
でも、、、私は、友達のためならなんでもする、いや、なんでも買ってあげる、そんな女を演じている(、、、、、)
演じようと思えば断固拒否する演技をすることだってできる。
でも、こっちの方が楽。
反感を食らうより、味方だと思わせた方が、よっぽど楽。
だから、自分のお金を潔く出している。
どうせ私には買いたいものがない。
美加子のために金を使うのも悪くない、そう思っている。

 こんな私の気持ちも知らず、美加子は私のお金で、私の目の前で、ジュースを飲んでいる。
「次はクレーンゲームしよ〜!」
 と笑顔を向けてくる。
「頑張ってください!絶対取れます!」
 私は美加子に笑顔を向けた。
私の作り出した、人懐っこい、笑顔を。