『Sky High初のワンマンライブ決定!』

 バックスクリーンにでかでかと黄色の文字で映された瞬間、会場内に大きな歓声が湧き上がった。俺達のメンバーカラーである黄色、水色、紫のペンライトの光が一斉に動き、目の前の景色はまるで星空のようになる。

 これでまた、俺の夢に一歩近づいたような気がする。『世界一、笑顔を届けるアイドルになる』という夢に。

「僕達のことを推してくれてた人も、今日僕達のことを知った人も、みんな絶対に来てね!」
「詳細はSky High公式SNSでお知らせするからフォローして待っててくれ!」

 低くも可愛い声で朝日が、低音イケボで夜空が会場の外まで届きそうな声で告知をした。そしてこのグループのリーダーである俺――真昼が最後を締めくくる。

「それでは最後の曲、聞いてください。『僕らはどこでも輝くんだ』」



 最高に盛り上がったライブも終わり、俺達はいつものようにコンビニで大量の酒とつまみを買って、夜空の家でライブ反省会と称した飲み会を開こうとしていた。見慣れた茶色のフローリングの上に直接置かれた白色の丸テーブルは、夜空のミニマリスト的な性格が出ている気がする。テーブルの上に酒やつまみを置き、足が痛くなるからせめてもと無造作に置かれた、座布団代わりの四つ折りバスタオルの上に座る。

「それでは、ライブお疲れ様&ワンマンライブ発表を祝ってー」
「「「乾杯ー!」」」

 夜空の合図で三人で酒の入った缶をカン、と合わせ、ライブの感想を話しながら各々つまみをつまんだり酒を飲んだりした。俺も適当に枝豆や唐揚げをつなみながらビールを飲む。

「くあーっ! うめえー!」

 ライブ後で疲れた体に、つまみの塩っ気とビールのシュワシュワとした感じがとても染み渡る。これはライブ後でしか味わえない感覚だ。

「真昼くん夜空くん、今日も良いライブになったね!」

 朝日が缶ビールを片手に枝豆を食べながら話し始めた。それを聞いた、顔が真っ赤な夜空が、ぽや〜っとした返事をする。

「そうだな〜。良かったと思う。真昼はどうだ?」
「俺もそう思う。だって今日は俺達の、そしてファンの夢であるワンマンライブを発表できたんだからさ」

 我ながらいい回答をしたと思う。自分からこんなかっこいい言葉が出てくるなんて、二年前のアイドルを始めたばっかりの頃だったら考えられないな。

「真昼〜、お前いいこと言うな〜!」
「うわっ、急に抱きつくなよ! 夜空お前何本飲んだ……!」
「んえ〜? まだ三本だよ〜?」

 まだ始まって一時間も経ってないぞ? 

 抱きついた夜空を剥がそうと肩を押し返すが、全く離れそうにない。その上何故か夜空と反対側に朝日も抱きついてきた。

「朝日まで……ちょっともう……はあ……」

 朝日も剥がそうとしてみたが、全く動かないので俺は諦めて二人から大人しく抱きつかれた。

「だってさー、あの一番アイドルを辞めようとしていた真昼から、こんな言葉を聞けるなんて思ってなかったからさー」
「それはだって、あのときは……」

 続きを言おうとした瞬間だった。

 床に魔法陣のようなものが浮かび上がり、俺達は光に包みこまれた。ライブ会場のスポットライトよりも眩しくて、反射的に目を閉じてしまった。

 光が消えた気がしたので、恐る恐る目を開いてみると、さっきまでの茶色のフローリングとは違って赤色のフカフカの布の上に座っていた。おかしいなと思い、ゴシゴシと目を擦ってみたがそれは一向に変わらない。
 
 下だけを見ても仕方がないので、俺は前後左右、そして上下をぐるぐると見渡した。

 一面が真っ白い壁の、縦に長い部屋。床にはバラのように赤いカーペット。壁際には同じ服装の、手を前に突き出している人たちが左右それぞれ5人ずつ立っている。正面には大きな座椅子に座った、王様と女王様らしき人。その横には、床までつきそうなほど長い白のワンピースを着て、分厚い本を持った女性が一人立っていた。

 そして、王様と女王様らしき人の間には大きな水晶が置いてある。

「ねえ真昼くん、ここどこだと思う?」

 こそっと耳元で朝日が訪ねてきた。しかし、ここがどこかなんて俺のほうが聞きたいものだ。

「分からない。夜空は分かるか……って寝てる」
「もう、こんな大変な時に」

 朝日がムスッとしながら夜空を覗き込むように見ている。小声で朝日と話していると、突然王様が口を開き、話し始めた。

「おお! 勇者召喚の儀が成功したのか!」
「ええ、そのようです」
「よかったわ。この方達によってわが国に平穏でもたらされるのね」

 王様らしき人に続いて白いワンピースの人、女王様らしき人がそれぞれ口を開いた。それと同時に左右に立っている人が、手を胸に当て、俺達に跪くような姿勢になった。

 そして白いワンピースの人がこちらへ向かって歩き、2メートルほどの感覚を空けて彼女も俺達に跪いた。茶色のロングヘアがふわっと地面に舞い降りる。

「お待ちしておりました。勇者様方」

 勇者? 勇者ってあのゲームの中の? それって――

「え、えっと……、勇者って何のことですか?」

 俺が口を開くよりも先に朝日が質問した。

「はい、勇者というのはこの国――アルペジオンで『冒険者』と言われている括りの中でも上位の職業でございます」
「そうなんですか。でも、僕達はその勇者……? とかではなく、普通に生活していた、普通の人間なので、それはないと……」
「いえ、皆さんは『勇者召喚の儀』で呼ばれた紛れもない勇者様達です。それも、他のどの勇者よりも優れた能力を持つ、素晴らしい勇者様です!」
「へ、へえ……」

 朝日が苦笑いするのも分かる。だってこんな話は空想の世界でしかありえないのだから。いつか読んだライトノベルのような設定が、現実であり得るはずがないじゃないか。

「じゃあ、俺たちが勇者だという証拠はあるんですか?」

 俺はなんとなく聞いてしまった。

「はい。今からそれを鑑定したいと思っております。通常、勇者召喚の儀で召喚される勇者様は一人だけなので、このように三人が一度に召喚されることは滅多にないのです。なので念の為、皆様の職業を鑑定させて頂きます」
「もしそれで勇者とかじゃなかったら……いや、もし勇者でも、元の場所に帰ってもいいですか? 今度大事なライブが控えてるんで」
「それはできかねます」
「どうして? 勝手に呼んだのはそっちでしょう? まさか、帰れないわけじゃないですよね?」
「それは……」

 白いワンピースの人は口を閉ざす。そして目線を下に動かした。

「誠に申し訳ないのですが、召喚された勇者様が元の世界に帰る方法は現在、まだ見つかっていないのです」

 そんな事あるか普通? 勝手に呼び出されて、もし違っても帰れないとか、ある意味監禁と一緒じゃないか。

「はあ!? 勝手に呼んだのはそっちだろ!? なのに返せないとかあり得ないだろ……」
「まあまあ真昼くん、怒っても仕方ないよ。この人たちもきっと、何か理由があって呼んだんだろうしさ」

 朝日が俺を諭した。確かに相手にも事情があるかもしれないな。

「あ……そうだな。強く言ってしまってすみません」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」

 急に静かになり、少し気まずい空気が流れる。しかしその静けさを破ったのは女王様のような人だった。

「ミーファ、早くその方達を鑑定して頂戴」
「は、はい」

 ミーファと呼ばれた目の前の女性は焦りながら立ち上がり、俺達についてくるように指示した。彼女が怯えているように見えるのは気のせいだろうか。

 夜空の両腕を朝日と二人で持って、ミーファについて行き、三人で水晶の前に立った。目の前に立ってわかったが、この水晶はかなり大きい。俺の身長と同じくらいありそうだ。

「それでは、こちらの水晶に御手をお触れください」

 ミーファが見本を見せるように水晶に手を近づけた。
 これに手を触れたらどうなるのだろうか。もしかしたら死ぬのではないか。そんな不安が押し寄せる。でもやっぱりリーダーの俺から触ったほうがいいよな……。

「朝日、誰から触る?」
「ここは寝てる夜空くんからでいいんじゃない?」
「……そうだな」

 朝日と納得して、夜空からとなった。

 夜空の右手を無理やり伸ばして水晶に触れさせる。すると、青白い光が俺たちの周りをくるくると回り、すっと水晶に溶け込んだ。そして、水晶の中に見たことのない記号が浮かび上がった。

「これは……やはり……素晴らしいです」

 ミーファが水晶の文字らしきものを読み取る。王様と女王様らしき人もそわそわしながら水晶を見ている。

「どうだ? 勇者か?」
「この方は……上級勇者……です」

 王様と女王様らしき人は驚嘆している。そんなにすごいものなのか?

「……あっ、説明いたしますね。上級勇者というのは、勇者の中でも一番と言われている存在です。世界中探しても一人いるかどうかというくらい、本当に珍しい職業です」

「そんなにすごいものに、夜空が……」

 目の前で繰り広げられていることが夢ではないかと思ってしまう。夜空も寝ている間にこんなことになっているなんて思いもしないだろうな。

「ねえ、次僕がやってみてもいい?」

 朝日が目を輝かせながら質問してきた。さっきまでこの環境に恐れていそうだったというのに、彼は今とてもワクワクしているように見える。断る理由もなかったので、俺は朝日に順番を譲った。

 朝日が触れると、夜空の時と同じような反応が起きた。しかし、水晶の中に現れた文字は夜空のそれとは違っていた。

「こちらもすごいです……! 上級魔法師です……!」
「魔法使いってことですか!?」
「はい! こちらも世界に数人しかいない貴重な職業です!」
「すごい! 僕、魔法を使ってみたかったんだよねー!」

 朝日はるんるんしながら俺に話した。そんな夢があったとは、出会ってもう何年も経つが初めて知った。

 しかし、俺もそろそろ覚悟を決めないといけないようだった。先にやった二人が上級の勇者と魔法師なら、俺は格闘技系かな、とか思ってしまう。

「ほら、真昼くんもやりなよ! きっとすごいのが出てくるんじゃない?」
「そうだといいな」

 俺も朝日や夜空のようになりたいという淡い妄想を抱きながら水晶に触れた。俺も朝日のように、内心とてもワクワクしている気がする。
 
 俺の時も同じように青白い光が回って、水晶に文字が現れた。

「これは……」

 ミーファさんの反応からして、きっと俺もすごい職業に違いない。もう、元の世界に帰れないことは分かっている。だからせめて、朝日と夜空とはこの場所でずっと一緒に過ごしたい。だから……二人の役に立てるものになりたい……。



「この方の職業は……『アイドル』です……」



「え?」