「人は死んだらお星さまになる」と昔誰かに教わった言葉をグレンはふと思い出し、巡洋艦の窓から宇宙を眺めていた。
「石っころばかりじゃねぇか」
そう悪態をつくと唾を吐いた。
「伍長、床はゴミ箱ではないよ」
「艦長。今日も徘徊しておられたのですか」
「そう皮肉を言うな。老人ホームから引きずり出された哀れな老人を少しは労わろうと思わんかね」
「思わないね」
グレンは艦長に手を貸し、折りたたみ椅子にゆっくりと座らせた。そして、自身も椅子に座り、机を隔てて艦長と向かい合う。
「かん……先生。よろしくお願いします」
グレンは深くお辞儀をした。
宇宙戦闘機乗りのグレン伍長は戦闘、戦闘、昇進と同僚曰く紳士淑女が踊るダンスの様な出世をしていると例えられる。その例えに対しグレンは「金持ち共は上品すぎて寒気がする」とワザとらしく身震いした。そして活躍しすぎたせいか、最前線に送られるまでそう時間はかからなかった。
宇宙巡洋艦アジュガに配属されたグレンは要注意人物になるまでそう時間はかからなかった。
最前線でも変わらず戦力として一目置かれる存在になるまでそう時間はかからなかった。
「てめぇ! もう一回言ってみろ!」
グレンは整備兵の襟首を掴み、食って掛かっていた。
「孤児院育ちは頭が悪いって言ったんだ!」
整備兵は「孤児院」を強調し、火に油を注いだ。
「また始まったよ。今度は何だ」
「何でも戦闘機の中で読書をしていたら揶揄われたそうよ」
「くっだらね」
「それより誰か止めないか。うるさくて構わん」
「やだよ。俺、殴られたくない」
兵士たちは口々に「お前が止めろよ」とオブラートに包んだ会話をしながら遠巻きに見ていた。
「二人共やめんか!」
いかにも老人なしわがれた声が響き、一瞬時が止まった。乱闘騒ぎの二人も例外ではなかった。
「艦長!」
そこにいた兵士達は揃って敬礼した。
「関係ない者は各々の仕事に戻れ。グレン伍長。フタ・マル・マル・マルに私の部屋まで来なさい。話がある」
用件だけ言うと艦長は踵を返した。杖をつき、頼りなくよろよろと歩く艦長の後ろを副長がおろおろしながら着いて行った。
「何で俺だけ……」
当然拒否権などなく、グレンは渋々艦長の部屋を訪ねる事になった。
「時間ぴったしだな。よろしい、よろしい」
「ご用件は何でしょう」
グレンはぎこちない敬語で話した。
「まぁ、立ち話は何だからそこに座りなさい」
勧められるがままグレンは座った。艦長は棚から酒瓶を取り出し、二つのグラスに酒を注ぎ、一つをグレンに渡した。
「お、俺はまだ未成年です」
「なんだ、おかしな所で真面目な奴だな。来年二十歳なのだから誤差の範囲だろうに」
「あの、お呼びになった理由が説教なら早く終わらせてください」
「そんなつまらん事で私の大切な時間を浪費する訳なかろうが。単刀直入に聞く。お前、勉強がしたいのか?」
「何故そう思うのです?」
「質問をしているのは私だが、まぁ、答えてやろう。中学生レベルの教科書を持っていればそう思うのが自然だろう?」
「……。そうです。艦長も俺を笑うのですか?」
「そんなことはない。なんなら私が教えてやろうか?」
「何だって?」
「今はこんなんでも、昔は士官学校の先生をしておってな。教えるなんて朝飯前だ」
艦長は誇らしげな顔をし、グレンは予想外の展開に狼狽えた。
「では、あの……お言葉に甘えて」
「学ぶことに早い遅いなんてない。やってみればいいのだよ」
二人だけの艦内学級が始まった。
艦長は「よきにはからえ」ばかりで副長にすべて任せていた。戦闘中も居眠りをし、時には静かすぎて副長が慌てて軍医を引っ張って来る事もあるくらいだ。更に真夜中になると艦内をうろつくものだから陰で「いつからここは老人ホームになったんだ」と言われる始末であった。そんな噂を当然ながらグレンも知っていた。この艦長は俺に一体何を教えることが出来るのだとう好奇心と不安と見下した感情がごちゃ混ぜになっていたが、いざ艦長の授業を受けてみれば驚いたことにストンストンと知識が頭の中に落ちて来た。時には雑談から人生相談になったりと充実した時間を過ごした。
「お前はなぜ軍人になったんだ?」
「学歴のない俺が働ける環境はここしかなかったんです。それにどうせ徴兵されるなら……」
「そうか。ならばここしかないと考えるのなら、なぜ長く軍隊にいられるようにその短気を治そうと思わないのか?」
「孤児院育ちの事実を言われるとついカッとして手が出てしまうんです」
「拳を振るうなら敵に向けなさい。いや、向けてはいるが元気が有り余っているのだな。私に元気を分けてほしいくらいだ」
「ははは……ところで艦長はなぜ艦長をしておられるのです? 年金でのんびり過ごせるお年じゃないですか」
「話をそらしおって。元軍人をまた前線に立たせなきゃいかんほど太陽系連合軍はよろしくない状況になっているのだよ。折角生き残って退役して墓を空っぽにせずに済むと安心しておったのだが」
「やはり、墓に入りたいのですか?」
「死んでしまってはわからないが、やはり形だけの墓を見ると寂しい物を感じる」
「そうですか……もう一つ。なぜ副長に丸投げなんですか? 艦長とは名ばかりじゃないですか」
「グレン。私の全盛期はいつだと思う?」
グレンは艦長の顔を見つめた。七十歳前後だろうかと予想した。
「二、三十年前でしょうか」
「その時期の兵器は現在も使われているかね?」
グレンはその質問の意図が理解できず、唸った。
「使われていないと思います。それと丸投げとどうつながるんですか」
「技術は日々進化している。私は最近の兵器を知らぬまま前線に送り込まれた。過去の成功体験だけで戦争はできんのだよ」
「なるほど。だから最新の知識を持つ副長に任せているのですね」
「そうだな。それに必死になる顔が最高に可愛い。スタイルも性格も抜群。更に良い尻をしている。そんな副長を出世させたいとも思っているのだよ」
艦長は早口で副長について語り始めた。グレンは艦長の噂をもう一つ思い出した。艦長の手が時折副長の尻を触ろうと手を泳いでいるが、いつも失敗に終わっていると。
「な、なるほど」
「グレン。技術が進歩するのだから、お前も進歩出来ないはずはないよ。手を出したくなったら一旦深呼吸して笑え。そうしたらお前を揶揄うやつはいなくなるぞ」
そう教えられた翌日、早速あの整備兵に揶揄われた。
「お前、艦長と徘徊するようになったんだってなぁ? 老いぼれと体力バカを足して二で割って丁度いいんじゃねぇか?」
「……。あぁ、艦長と徘徊は楽しいぞ? お前もどうだ?」
グレンは引きつった笑顔を作り、震える声で言い返した。震える拳を後ろに隠しながら。
「お前、おかしなもの食ったのか?」
「菓子ならお前のプリンを食ってやったぞ」
「お前だったのか! クソ! 俺の名前書いてあったじゃないか!」
「孤児院育ちで頭が悪い物でな。すまなかった」
「クソ! 調子が狂う! 野郎覚えておけよ!」
整備兵は鼻息をスンスンさせながら持ち場に戻った。
「お前、やるなぁ!」
「あの整備兵、お前らの命を握っているのは俺なんだぞと言わんばかりの態度だったからスカッとしたぜ」
いつも遠巻きに見ていた兵士がグレンに次々と声をかけた。
「あいつはあいつで人も物資も足りず、ギリギリの状態で頑張っているんだ。あまり責めないでやってくれ」
「お前、随分丸くなったな」
兵士はグレンの変わりように目を丸くした。
「本当は殴りたいが、この元気は出撃の時まで取っておく」
「艦長と毎晩一体何をしているんだ?」
「色々、だな」
グレンは照れくさそうに笑った。
戦況は悪化の一途たどり、艦長との授業は一週間に一回出来れば良い物となっていった。
「お前が出撃して、結果を出して戻ってくることが嬉しく思うよ。もう立派な撃墜王じゃないか」
「ありがとうございます。艦長が地上に下りられる希望を見せてあげたくて。俺なりの授業料です」
「無茶しちゃいかんぞ。命あっての物種だ」
「無茶なんてしていないです。いつも通り拳を敵に向けているに過ぎません」
「そうか。そうか」
艦長は目を細め頷いた。
「グレン。もしお前が死んだら艦長命令を無視したと軍法会議にかけてやるぞ」
「俺はそう簡単に死にゃしません。撃墜王ですから!」
次の日、出撃したグレンは戻らなかった。
「艦長。本日の不明・戦死者リストです」
副長にリストを手渡され、艦長は震える手でめくった。行方不明リストにグレンの名前があった。紙の束が床に舞い散った。
「畜生! あの世で軍法会議にかけてやる!」
艦長は怒りと悲しみを含ませた叫びを艦橋に響かせ、それきり静かになった。夜中に徘徊と揶揄された見回りをすることもなくなり、副長へのセクハラ未遂もなくなり、ほどなく艦長を罷免され地上に戻り、萎れるように亡くなった。享年七十五歳だった。皮肉にも撃墜王の死により、地上の墓に埋葬される夢が叶ったのだった。
第二次太陽系大戦英雄譚 宇宙歴七〇二年発行 著者 エド・J・メイヒュー
「艦長。交代の時間です。おや? 一体何を読んでいらしたのです?」
「第二次太陽系大戦英雄譚」
「あぁ、昔読んだ事あります。懐かしい。僕、第三章の艦長が不良兵士に勉強を教えるお話、印象に残ってます。人はいつ死ぬか分からないから後悔の無い様にしようって」
「印象に残っていると言えば、俺は第二章の衛生兵が白兵戦で無双する話かな。元気が出る」
「わかります」
あの話が面白かったこれもなかなかと話に花を咲かせ、話題も尽きた頃
「……」
艦長が何かを考える素振りを見せながら、宇宙空間を眺めていた。
「どうしました?」
「戦争、いつまで続くんだろうな」
「その本が出版されて約八十年。同じことの繰り返しですね。もう戦争なんてうんざりです」
「そうだな。贅沢言わない。せめて休戦でもしてくれれば……」
二人の会話に反応するように遠くで一つの星が強く瞬いた。
「石っころばかりじゃねぇか」
そう悪態をつくと唾を吐いた。
「伍長、床はゴミ箱ではないよ」
「艦長。今日も徘徊しておられたのですか」
「そう皮肉を言うな。老人ホームから引きずり出された哀れな老人を少しは労わろうと思わんかね」
「思わないね」
グレンは艦長に手を貸し、折りたたみ椅子にゆっくりと座らせた。そして、自身も椅子に座り、机を隔てて艦長と向かい合う。
「かん……先生。よろしくお願いします」
グレンは深くお辞儀をした。
宇宙戦闘機乗りのグレン伍長は戦闘、戦闘、昇進と同僚曰く紳士淑女が踊るダンスの様な出世をしていると例えられる。その例えに対しグレンは「金持ち共は上品すぎて寒気がする」とワザとらしく身震いした。そして活躍しすぎたせいか、最前線に送られるまでそう時間はかからなかった。
宇宙巡洋艦アジュガに配属されたグレンは要注意人物になるまでそう時間はかからなかった。
最前線でも変わらず戦力として一目置かれる存在になるまでそう時間はかからなかった。
「てめぇ! もう一回言ってみろ!」
グレンは整備兵の襟首を掴み、食って掛かっていた。
「孤児院育ちは頭が悪いって言ったんだ!」
整備兵は「孤児院」を強調し、火に油を注いだ。
「また始まったよ。今度は何だ」
「何でも戦闘機の中で読書をしていたら揶揄われたそうよ」
「くっだらね」
「それより誰か止めないか。うるさくて構わん」
「やだよ。俺、殴られたくない」
兵士たちは口々に「お前が止めろよ」とオブラートに包んだ会話をしながら遠巻きに見ていた。
「二人共やめんか!」
いかにも老人なしわがれた声が響き、一瞬時が止まった。乱闘騒ぎの二人も例外ではなかった。
「艦長!」
そこにいた兵士達は揃って敬礼した。
「関係ない者は各々の仕事に戻れ。グレン伍長。フタ・マル・マル・マルに私の部屋まで来なさい。話がある」
用件だけ言うと艦長は踵を返した。杖をつき、頼りなくよろよろと歩く艦長の後ろを副長がおろおろしながら着いて行った。
「何で俺だけ……」
当然拒否権などなく、グレンは渋々艦長の部屋を訪ねる事になった。
「時間ぴったしだな。よろしい、よろしい」
「ご用件は何でしょう」
グレンはぎこちない敬語で話した。
「まぁ、立ち話は何だからそこに座りなさい」
勧められるがままグレンは座った。艦長は棚から酒瓶を取り出し、二つのグラスに酒を注ぎ、一つをグレンに渡した。
「お、俺はまだ未成年です」
「なんだ、おかしな所で真面目な奴だな。来年二十歳なのだから誤差の範囲だろうに」
「あの、お呼びになった理由が説教なら早く終わらせてください」
「そんなつまらん事で私の大切な時間を浪費する訳なかろうが。単刀直入に聞く。お前、勉強がしたいのか?」
「何故そう思うのです?」
「質問をしているのは私だが、まぁ、答えてやろう。中学生レベルの教科書を持っていればそう思うのが自然だろう?」
「……。そうです。艦長も俺を笑うのですか?」
「そんなことはない。なんなら私が教えてやろうか?」
「何だって?」
「今はこんなんでも、昔は士官学校の先生をしておってな。教えるなんて朝飯前だ」
艦長は誇らしげな顔をし、グレンは予想外の展開に狼狽えた。
「では、あの……お言葉に甘えて」
「学ぶことに早い遅いなんてない。やってみればいいのだよ」
二人だけの艦内学級が始まった。
艦長は「よきにはからえ」ばかりで副長にすべて任せていた。戦闘中も居眠りをし、時には静かすぎて副長が慌てて軍医を引っ張って来る事もあるくらいだ。更に真夜中になると艦内をうろつくものだから陰で「いつからここは老人ホームになったんだ」と言われる始末であった。そんな噂を当然ながらグレンも知っていた。この艦長は俺に一体何を教えることが出来るのだとう好奇心と不安と見下した感情がごちゃ混ぜになっていたが、いざ艦長の授業を受けてみれば驚いたことにストンストンと知識が頭の中に落ちて来た。時には雑談から人生相談になったりと充実した時間を過ごした。
「お前はなぜ軍人になったんだ?」
「学歴のない俺が働ける環境はここしかなかったんです。それにどうせ徴兵されるなら……」
「そうか。ならばここしかないと考えるのなら、なぜ長く軍隊にいられるようにその短気を治そうと思わないのか?」
「孤児院育ちの事実を言われるとついカッとして手が出てしまうんです」
「拳を振るうなら敵に向けなさい。いや、向けてはいるが元気が有り余っているのだな。私に元気を分けてほしいくらいだ」
「ははは……ところで艦長はなぜ艦長をしておられるのです? 年金でのんびり過ごせるお年じゃないですか」
「話をそらしおって。元軍人をまた前線に立たせなきゃいかんほど太陽系連合軍はよろしくない状況になっているのだよ。折角生き残って退役して墓を空っぽにせずに済むと安心しておったのだが」
「やはり、墓に入りたいのですか?」
「死んでしまってはわからないが、やはり形だけの墓を見ると寂しい物を感じる」
「そうですか……もう一つ。なぜ副長に丸投げなんですか? 艦長とは名ばかりじゃないですか」
「グレン。私の全盛期はいつだと思う?」
グレンは艦長の顔を見つめた。七十歳前後だろうかと予想した。
「二、三十年前でしょうか」
「その時期の兵器は現在も使われているかね?」
グレンはその質問の意図が理解できず、唸った。
「使われていないと思います。それと丸投げとどうつながるんですか」
「技術は日々進化している。私は最近の兵器を知らぬまま前線に送り込まれた。過去の成功体験だけで戦争はできんのだよ」
「なるほど。だから最新の知識を持つ副長に任せているのですね」
「そうだな。それに必死になる顔が最高に可愛い。スタイルも性格も抜群。更に良い尻をしている。そんな副長を出世させたいとも思っているのだよ」
艦長は早口で副長について語り始めた。グレンは艦長の噂をもう一つ思い出した。艦長の手が時折副長の尻を触ろうと手を泳いでいるが、いつも失敗に終わっていると。
「な、なるほど」
「グレン。技術が進歩するのだから、お前も進歩出来ないはずはないよ。手を出したくなったら一旦深呼吸して笑え。そうしたらお前を揶揄うやつはいなくなるぞ」
そう教えられた翌日、早速あの整備兵に揶揄われた。
「お前、艦長と徘徊するようになったんだってなぁ? 老いぼれと体力バカを足して二で割って丁度いいんじゃねぇか?」
「……。あぁ、艦長と徘徊は楽しいぞ? お前もどうだ?」
グレンは引きつった笑顔を作り、震える声で言い返した。震える拳を後ろに隠しながら。
「お前、おかしなもの食ったのか?」
「菓子ならお前のプリンを食ってやったぞ」
「お前だったのか! クソ! 俺の名前書いてあったじゃないか!」
「孤児院育ちで頭が悪い物でな。すまなかった」
「クソ! 調子が狂う! 野郎覚えておけよ!」
整備兵は鼻息をスンスンさせながら持ち場に戻った。
「お前、やるなぁ!」
「あの整備兵、お前らの命を握っているのは俺なんだぞと言わんばかりの態度だったからスカッとしたぜ」
いつも遠巻きに見ていた兵士がグレンに次々と声をかけた。
「あいつはあいつで人も物資も足りず、ギリギリの状態で頑張っているんだ。あまり責めないでやってくれ」
「お前、随分丸くなったな」
兵士はグレンの変わりように目を丸くした。
「本当は殴りたいが、この元気は出撃の時まで取っておく」
「艦長と毎晩一体何をしているんだ?」
「色々、だな」
グレンは照れくさそうに笑った。
戦況は悪化の一途たどり、艦長との授業は一週間に一回出来れば良い物となっていった。
「お前が出撃して、結果を出して戻ってくることが嬉しく思うよ。もう立派な撃墜王じゃないか」
「ありがとうございます。艦長が地上に下りられる希望を見せてあげたくて。俺なりの授業料です」
「無茶しちゃいかんぞ。命あっての物種だ」
「無茶なんてしていないです。いつも通り拳を敵に向けているに過ぎません」
「そうか。そうか」
艦長は目を細め頷いた。
「グレン。もしお前が死んだら艦長命令を無視したと軍法会議にかけてやるぞ」
「俺はそう簡単に死にゃしません。撃墜王ですから!」
次の日、出撃したグレンは戻らなかった。
「艦長。本日の不明・戦死者リストです」
副長にリストを手渡され、艦長は震える手でめくった。行方不明リストにグレンの名前があった。紙の束が床に舞い散った。
「畜生! あの世で軍法会議にかけてやる!」
艦長は怒りと悲しみを含ませた叫びを艦橋に響かせ、それきり静かになった。夜中に徘徊と揶揄された見回りをすることもなくなり、副長へのセクハラ未遂もなくなり、ほどなく艦長を罷免され地上に戻り、萎れるように亡くなった。享年七十五歳だった。皮肉にも撃墜王の死により、地上の墓に埋葬される夢が叶ったのだった。
第二次太陽系大戦英雄譚 宇宙歴七〇二年発行 著者 エド・J・メイヒュー
「艦長。交代の時間です。おや? 一体何を読んでいらしたのです?」
「第二次太陽系大戦英雄譚」
「あぁ、昔読んだ事あります。懐かしい。僕、第三章の艦長が不良兵士に勉強を教えるお話、印象に残ってます。人はいつ死ぬか分からないから後悔の無い様にしようって」
「印象に残っていると言えば、俺は第二章の衛生兵が白兵戦で無双する話かな。元気が出る」
「わかります」
あの話が面白かったこれもなかなかと話に花を咲かせ、話題も尽きた頃
「……」
艦長が何かを考える素振りを見せながら、宇宙空間を眺めていた。
「どうしました?」
「戦争、いつまで続くんだろうな」
「その本が出版されて約八十年。同じことの繰り返しですね。もう戦争なんてうんざりです」
「そうだな。贅沢言わない。せめて休戦でもしてくれれば……」
二人の会話に反応するように遠くで一つの星が強く瞬いた。



