教室に漂う五月の陽気が、どこか息苦しく感じた。窓から差し込む光は明るすぎるほどで、黒板に不自然な影を作っている。その影が、これから起こることの予兆のように見えた。
「では、今日から『現代文特別授業』を始めたいと思います」
穏やかな微笑みを浮かべながら、榊原零子は真新しいプリントを配り始めた。着任して一ヶ月。彼女の授業は既に評判になっていた。小説の一節を読ませては、その背後にある登場人物の心理を掘り下げていく。そんな独特の授業展開は、文学好きの生徒たちの心を掴んで離さなかった。
特に女子生徒たちの間では、彼女への憧れが強かった。知的で優雅な物腰、しかし決して威圧的ではない教え方。完璧な教師像とでも言うべき存在だった。だからこそ、私は警戒していた。完璧な仮面の下には、必ず何かが潜んでいる。それを誰よりも知っているのは、この私なのだから。
「今回は少し趣向を変えて、皆さんに作文を書いてもらいます」
私、女子高生の月城蓮は、プリントに目を落とした。テーマは『私の仮面』。思わず眉をひそめる。これは罠だ。そう直感が告げていた。机の上で、左手の指先が小刻みに震える。それを制するように、右手でペンを強く握り締めた。
「人は誰しも、場面や状況によって様々な顔を使い分けています。その『仮面』について、率直に書いてみてください」
榊原の声は柔らかく、しかし何かを見透かすような鋭さを帯びていた。教室の空気が、一瞬凍りついたように感じる。隣の席の神谷が、少し体を強張らせた。彼女の手帳には、既に数行の文字が走っている。きっと本音なのだろうか。
私は深く息を吸い、ペンを走らせ始める。完璧な解答。それが私の身を守る盾になる。
『私たちが着ける仮面は、決して否定されるべきものではありません。それは他者との関係を円滑にし、社会生活を営む上で必要不可欠な要素です。時として、相手を思いやるための優しさとなります』
私は誰もが納得するような、模範的な答えを書き連ねていく。社会学の観点から仮面の必要性を論じ、文学作品からの適切な引用も織り交ぜる。完璧な論理展開で、しかし決して私の本音には触れない。これこそが、私の生存戦略。
だが、書き終えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。榊原の目が、私を見つめていた。その瞳に浮かぶ違和感。まるで実験動物を観察するような、冷徹な眼差し。彼女は何を見ようとしているのか。何を暴こうとしているのか。
「では、いくつか代表的な作文を読んでみましょう」
榊原は数枚の用紙を手に取り、名前は伏せて読み上げ始めた。クラスメイトの言葉が、教室に響いていく。選ばれた作文は、どれも赤裸々な告白だった。
『正直、疲れる。いつも明るく振る舞わなきゃいけないのが。でも、この明るさが私らしさだって言われ続けて、もう後戻りできない』
これは佐々木だ。いつも笑顔の彼女が、こんな本音を抱えていたとは。
『本当の私なんて、もうどこにあるのか分からない。友達によって性格を使い分けすぎて、気がつけば、誰とでも仲良くなれる「いい子」になっていた。どんな時でも他人を思いやる優しさが大切だと信じてきた』
『そしてもしも仮面を外したら、きっと誰も私のことを好きでいてくれない。だから、演じ続けるしかない。それが私の選んだ道』
これは確実に吉岡の文章。彼女の交友関係の広さは有名だった。でも、その裏でこんな苦悩を。要チェックだ。
次々と読み上げられる本音の数々。私は密かにメモを取り始める。携帯ではなく、特別な手帳に。表紙は「学級委員会記録」と書かれているが、中身は全く別物。これらの言葉は、いつか役に立つかもしれない。他人の弱みを知ることで、関係が悪化した際の「切り札」として使える。
その瞬間、榊原と目が合った。彼女の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。その表情が、まるで「見つけたわ」と言っているように見えた。
心臓が早鐘を打つ。額に薄い汗が浮かぶ。まるで、私の心の奥底まで見透かされたような不安感。これが、実験の始まりなのだと悟った時、チャイムが鳴った。
「今日の授業はここまで。特に興味深い視点を示してくれた人には、個別にお話を聞かせていただくかもしれません」
その言葉に、私の手が一瞬止まる。しかし、すぐに完璧な笑顔を作り上げた。
帰りの会で、私は完璧な学級委員長として、いつも通りの的確な指示を出す。宿題の確認、掃除当番の交代、来週の予定連絡。全て滞りなく、完璧に。
「月城さん、さすがね。いつも頼りになるわ」
担任の先生が言う。その言葉に微笑み返しながら、私は深い虚無感に襲われていた。どこか後ろめたさを感じていた。榊原の目が、私の「完璧な仮面」に、確実にヒビを入れ始めていることを、誰よりも私自身が気づいていたから。
下校時、誰もいなくなった教室で、私は窓際に立っていた。夕暮れの光が、机の影を長く伸ばしている。その影が、まるで私の内なる闇のように見えた。明日から、この教室で何が起きるのか。私の完璧な仮面は、どこまで持ちこたえられるのか。
そして、榊原零子という女性は、一体何を企んでいるのか。
鞄を持ち上げ、私は深いため息をついた。明日への戦略を練らなければ。でも、どこか心の奥で、この仮面が壊れることへの期待が、密かに芽生えていることにも気づいていた。

梅雨を前にした空が、どんよりと教室を覆っていた。窓際の植物が、重たげに葉を垂らしている。
「では、芥川龍之介『羅生門』について、皆さんの感想を聞かせてください」
榊原の声が、重苦しい空気を切り裂いた。先週の「仮面」の作文以来、クラスの雰囲気が微妙に変化している。誰もが何かを隠すように、互いの目を避け合っていた。特に、前列の神谷の背中が強張っているのが気になった。彼女の作文は、読まれていない。
「下人の行動について、どう考えますか? 極限状況での人間の選択。これは現代を生きる私たちにも通じる問題かもしれません」
「えっと...」吉岡がおずおずと手を挙げる。クラスの人気者で、誰とでも仲良くできる彼女らしくない、か細い声だった。
「生きるために仕方なかったと...思います」
「なるほど」榊原はゆっくりと頷く。その仕草には、何かを仕掛けようとする者特有の間があった。「でも、先週の作文では、『どんな時でも他人を思いやる優しさが大切』だと書いていましたよね?」
教室の空気が凍る。吉岡の顔が見る見る蒼白になっていく。私は彼女の反応を手帳にメモしながら、私の動揺も隠せずにいた。
「理想と現実は、時として相反する。その狭間で私たちは何を選ぶのか。それこそが『羅生門』の本質ではないでしょうか。吉岡さんは普段、誰に対しても優しく接していますよね」
「は、はい...」
「でも、その『優しさ』は本物でしょうか?それとも、ただの処世術?」
教室に重苦しい沈黙が落ちる。吉岡の肩が小刻みに震えている。
「では、中村さん。あなたの感想も聞かせてください」
中村が体を強張らせる。彼女の隣の佐々木も、微かに顔を歪めた。親友と呼び合う二人。しかし、その関係にも既に亀裂が入り始めていた。
「私は...下人を責められないと思います。誰だって、追い詰められれば...」
「そうですね」榊原が意味ありげに微笑む。
「中村さんも、追い詰められていますよね?佐々木さんへの複雑な感情を抱えながら...」
「え?」佐々木が隣を振り向く。
「作文に書かれていましたよ。『親友と呼ばれる関係が重荷になっている』って」
教室が騒然となる。中村が机から立ち上がり、慌てて教室を飛び出していく。佐々木も後を追おうとしたが、足が縺れて立ち止まる。
「中村さんの本音を、佐々木さんは受け止められますか?」
この瞬間、私には分かった。榊原の「文学分析」は、明らかに生徒たちの心の裏側を暴く罠だった。しかも、残酷なまでに効果的な手法で。
休み時間、いつもの親密そうなグループが、微妙な距離感を保ち始めている。吉岡を中心とした女子グループも、ぎこちない会話を続けるだけ。佐々木と中村は、完全に別々の場所にいた。
私は状況を把握しようと動き回る。でも、誰もが本音を隠し、表面的な会話で防衛している。クラス委員長として、この状況を把握し、記録しなければ。そう焦る気持ちと裏腹に, 私の立ち位置が曖昧になっていく感覚があった。

 ある時間に、月城は保健室に用事があるため行ってみると、ある人物がいたのだ。
「田中...君?」
思わず声をかけていた。不登校気味の田中が、ベッドから身を起こす。青ざめたな顔で、でも妙に透明感のある瞳をしていた。
「月城さん、完璧な学級委員長さんが、こんなところで何を?」
その言葉に、思わず立ち止まる。田中の目には、榊原に似た観察眼が光っていた。でも、そこに悪意はない。むしろ、優しさに似た感情が垣間見える。
「僕も、演じるの疲れちゃって」田中が静かに言う。窓から差し込む曇り空の光が、彼の横顔を柔らかく照らしていた。
「だから、来なくなった」
「演じる...?」
「月城さんだって、完璧を演じてるでしょ?」
田中がベッドに座ったまま、真っ直ぐに私を見つめる。
「いつも誰かの期待に応えて、誰かの望む姿になって」
心臓が跳ねる。初めて、誰かに見透かされた気がした。いや、見透かされることを、どこか望んでいたのかもしれない。
「保健室、自分の秘密基地なんだ。誰も来ないから」
田中が続ける。弱々しい声なのに、芯の強さを感じさせる。
「たまには、仮面を外してみない?」
言葉に詰まる。私の中の何かが、ゆっくりと崩れていくのが分かった。
完璧な仮面の下で、私は誰とも本当には繋がっていなかった。弱みを握ることで、自分が攻撃されない立場を確保し居場所を作ろうとした。でも本当は、誰かに弱みを見せたかったのかもしれない。
「ねぇ、田中君は...どうして学校に来られないの?」
「他人の期待に応えるの、怖くて」田中は窓の外を見つめながら答えた。
「でも、月城さんは逆だよね。応え続けることで、自分を保ってる」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「明日も、来る?」田中の問いかけに、小さく頷く。
保健室を出て、教室に向かう階段で、榊原と目が合った。彼女は何かを見抜いたように微笑む。この出会いも、彼女の実験の一部なのだろうか。田中の存在も、計算済みなのか。疑念が湧く一方で、不思議と心が軽くなっているのを感じた。
夕暮れの教室で、私は手帳を開く。クラスメイトの弱みを記録したページを見つめながら、初めて疑問が湧く。本当に、これが私の望む形なのだろうか。他人の弱みに縋ることで、私の居場所を作ろうとしていた。でも、それは結局、私自身の弱さの裏返しだったのではないか。
 完璧な笑顔を作って頷きながら、どこか虚しさを感じていた。窓の外では、梅雨前の重たい雲の切れ間から、夕陽が差し込んでいた。その光が、少しずつ色を変えていく様子が、今の私の心そのもののように思えた。

 ある日。放課後の教室に、吉岡の嗚咽が響いた。
「もう...無理です...」
机に突っ伏した彼女の肩が震えている。周りの生徒たちは、どこか他人事のように立ち尽くしていた。榊原の「現代文特別授業」が始まって一ヶ月。次々と暴かれる秘密に、クラスの空気は完全に変質していた。
今朝も、また一つの仮面が剥がれ落ちた。親友同士だった中村と佐々木の関係は完全に壊れ、中村は転校を願い出たという噂が広がっている。その影響か、吉岡は今日の授業中、突然泣き出してしまった。
「吉岡さん、大丈夫?」
私が声をかけると、吉岡の肩が一層震えた。今までなら、すぐに相談に乗れたはずなのに。クラスメイトたちの表情が、どこかよそよそしい。
「うん」
吉岡は肩を震わせながらも、懸命に笑顔を作ろうとしていた。榊原の授業での「本音の暴露」が、彼女を追い詰めているのは明らかだった。
私は優しく声をかけた。
「相談に乗ってあげるわ。保健室で話しましょう」
その瞬間、神谷が立ち上がった。
「月城さんには相談できないよね」
神谷の声は、冷たかった。
「だってさ、月城さんって、私たちの弱みを集めて記録してるでしょう?」
教室の空気が凍る。神谷の言葉に、クラスメイトたちが一斉に私を見た。
「この前、保健室で見たの。月城さんの手帳」
神谷は言葉を継ぐ。
「みんなの秘密が、びっしり書き込まれてた」
先週の出来事が、フラッシュバックする。
私が保健室で田中と話していた時、神谷が薬を取りに来たのだ。そのとき、うっかり手帳を開いたまま椅子に置いていた。神谷が目にしたのは、彼女自身の項に書かれた内容だったはずだ。
『神谷 優里。親の離婚を隠している。母親のことを「出て行った」と作文に書く。父親の再婚相手になつけず、家出を考えたことも』
教室の空気が変わる。数人の生徒が、私の方を振り向いた。吉岡も、泣きながら顔を上げる。
「そんな...月城さんが?」
「でも、確かに何でも知ってるよね...」
「あの手帳、いつも持ち歩いてる...」
ささやき声が教室を埋めていく。
その日の「特別授業」は、太宰治の『人間失格』がテーマだった。皮肉な選択だと思った。
「葉蔵は、人々の期待に応えることで私を保とうとした。でも、その仮面は次第に重くなっていく」榊原の声が、妙に耳に残る。
「神谷さん、あなたにとっての『仮面』は重くありませんか?」
「私は...」神谷が立ち上がる。その手が小刻みに震えていた。今度は彼女が暴露される番なのか。そう思った瞬間、予想外の言葉が飛び出した。
「みんなに好かれようとして、誰のことも悪く言わない。でも本当は、クラスの人間関係を把握して、私の立場を守ることに必死だった。そんな私が、吐き気がするほど嫌になって...」
彼女は私のことを言っているのだと、すぐに分かった。

「月城さん」
下校時、田中が保健室の前で私を待っていた。あの瞬間から、私の中で何かが崩れ始めていた。神谷の言葉は、まるで私の心の奥底に潜む本当の姿を暴き出したかのようで、その後の授業中ずっと、胸の奥が締め付けられる思いだった。完璧な学級委員長の仮面の下で、私は誰より必死に私を偽っていたのかもしれない。
「君も、もう限界に近いよ」
「え?」
「仮面を被り続けるの。完璧な学級委員長を演じ続けるの。そして、みんなの秘密を集めることで自分を守ろうとするの」
その言葉で、堰が切れた。
「私...疲れた」声が震える。
「誰かの弱みを握って、私の居場所を作ることに。でも今は、その弱みの記録が全て私の罪となって、クラスメイトたちの信頼を完全に失ってしまって...」
初めて、私の本当の弱さを言葉にした。それは想像以上に痛々しく、でも不思議と、心が軽くなるような感覚があった。
「やっと言えたね、本当の言葉」田中が微笑む。
私は手帳を開く。そこには、クラスメイトたちの秘密がびっしりと書き込まれていた。神谷の項には、新しいメモが追加されていた。
『完璧な私の仮面に、最初に気付いた人』
「これ、全部捨てよう」
田中の言葉に、思わず顔を上げる。
「え?でも、これがないと私は...」
「大丈夫。君には、もう仮面はいらない。神谷だって、君を告発したんじゃない。理解を示そうとしたんだ」
夕暮れの校舎に、チャイムが鳴り響く。私は手帳を胸に抱きしめたまま、動けずにいた。この重さは、本当に手放せるのだろうか。それとも、この重さこそが、私という存在を支えているのだろうか。
「保健室で、ゆっくり話そう」
田中の言葉に、小さく頷く。明日からのクラスのことを考えると不安で胸が締め付けられる。神谷は他の人に話すだろうか。私の秘密は、どこまで広がっていくのだろうか。
でも、この瞬間だけは、仮面を外した私でいられる気がした。手帳の重さが、少し軽くなったような気がする。
窓の外では、夕陽に照らされた雲が、ゆっくりと形を変えていた。まるで、これから変わっていく私たちの姿のように。そして、その変化は既に始まっているのかもしれない。

 廊下を歩くたびに、視線を感じる。ささやき声が背中を刺す。神谷の告白から一週間、クラスの空気は完全に変わっていた。もう誰も私に直接話しかけてこない。学級委員長としての指示にも、ぎこちない反応を返すだけ。
そして、ついに最悪の事態が起きた。
昨日の放課後、机の中に入れていたはずの手帳が消えていた。普段なら絶対に手放すことのない手帳。でも昨日は体育祭の準備で慌ただしく、気が付いた時には既に下校時刻を過ぎていた。
そして今朝来てみると、手帳の内容が誰かによってコピーされ、教室中に散らばっていた。びっしりと書き込まれた級友たちの秘密。私の卑劣な記録が、白日の下に晒された瞬間だった。
『佐々木:明るさは全て演技。実家の借金を気にして毎日バイト。愛想笑いが習慣に』
『中村:親友の佐々木に嫉妬。親に褒められる度に優越感』
『吉岡:グループの中心にいることで私の存在価値を確認。友人関係は計算づく』
次々と目に入る文字の数々。私が密かに記録してきた級友たちの弱み。その一つ一つが、今は私を追い詰める凶器となっていた。
「あれ本当だったんだ、最低だよ...」
「こんなこと、してたんだ...」
「私たちのこと、見張ってたの?」
休み時間、机に突っ伏したまま、私は周りの声を聞いていた。反論する言葉も見つからない。だって、これが私の本当の姿なのだから。人の弱みに付け込んで、私の居場所を作ってきた。完璧な学級委員長の仮面の下で、私は誰よりも卑怯な手段で私を守ってきた。
昼休み、誰もいなくなった教室で、私は窓際に立っていた。校庭では体育祭の準備が進められている。歓声が聞こえてくるのが、妙に遠く感じられた。
「月城さん」
突然、声をかけられて顔を上げると、そこには吉岡が立っていた。私が最も多くの秘密を記録していた相手の一人。彼女の項には、特に多くの観察記録が書き込まれていた。きっと私を責めるのだろう。そう思って身構えた時、予想外の言葉が返ってきた。
「月城さんも、必死だったんだね」
吉岡の声は、不思議なほど優しかった。
「私たちの弱みを集めて、私の居場所を作ろうとして...でも、それって結局、君自身が一番怖かったからじゃない?誰かに見捨てられることが」
その言葉が、心に突き刺さる。今まで誰にも見せたことのない本当の私。弱みを握ることで私を守ろうとしていた、その痛々しいほどの必死さを、吉岡は見抜いていた。
「私ね、実は前から気付いてたの。月城さんの手帳のこと」吉岡が続ける。
「だって、私と同じだもん。人の評価を気にして、関係を計算して...でも、月城さんの方が、もっと必死だった」
「どうして...」声が震える。
「どうして、怒らないの?私、あんなこと...」
「私たちだって、みんな同じだよ。誰かに認められたくて、誰かに必要とされたくて...だから、月城さんの気持ち、分かる。私だって、グループの中心でいようとして、毎日演技してた。でも、それって結局、孤独から逃げるためだったんでしょ?」
目の前が滲んでいく。完璧な仮面の下で、これほど理解されることを求めていたのかもしれない。弱みを握ることで守ろうとしていた私が、実は誰かに理解されることを待っていた。
「もう、一人で背負わなくていいんだよ」
吉岡の言葉に、何かが崩れていく音がした。それは私の殻。完璧でいなければならないという呪縛。弱みを知ることでしか人と繋がれないと思い込んでいた、歪んだ防衛本能。