この世界から消えてしまった君に百万回のありがとうを

 プロローグ
「ねぇねぇ星矢?…生きてる意味ってなんだと思う?」

「…急に言われても、そんなの知らねぇよ。俺に聞いてどーすんの?」

「…いや、ちょっと…。なんかごめ」

「美味しいもん食って、目がすっきりするまで寝て、友達と腹抱えるぐらい笑って、遊園地とか水族館とか楽しいとこ行って」

「知らないんじゃなかったの?」

「生きることが楽しいと思えるまで楽しむためなんじゃね?俺はそう思うけど。何?なんか悩みでもあんの?」

「そういうわけじゃ…」

「お前なら言わなくても分かると思うけど、一応言っとくわ。悩み抱えてもいいことないぞ。いつまで経っても楽しいって思えないし、俺、嘘つき嫌いだから」

「別に嫌いでもいいし」

「じゃあお前は今、悩みがないんだな?毎日が楽しいと思えてるってことだよな?」

「…星矢には分かんないよ!私の苦しみも…悩みも」

「…」

「生きてて…なんにも、楽しいことなんてない。だから別にもう…死んでも」

「それ以上、先を言ったら俺が怒る。簡単に死っていう言葉を使うな!」

「なんであんたに怒られないといけないのよ!」

「今の俺なら、怒る資格がある。死の怖さも分かる」

 …今の、俺?何言ってんの。

「まぁ、悩みがあるんなら早めに解決して、楽しい人生送ったほうがいいぞ。あとで後悔しても遅い知らないからな。もう俺は…」

 第一話 隠された仮面、憂鬱な日々 
 
「理科は九十二点ね…。もっともっとお勉強頑張って、授業に集中して、先生の話を聞けば百点を取れるはずよ。お母さん、いい成績が見てみたいわ。だから次のテスト、もっと頑張りなさい」
「…うん」
 もっと頑張って…?
 私は、私なりにどんな時でも、頑張ってるつもりだよ?
 何が足りなかったの?お母さんは、百点を取らないと褒めてくれないの?百点以外は0点と一緒なの?
 苦しい苦しい苦しい。
 もう限界。
 お願い、誰か、私の頑張りを認めて。
 
 如月凛花…私が今、頑張ってる理由ってなんだろう。
 どうして私は大きな机に向かって、本屋さんで買ってきた分厚い参考書に問題集、学校の教科書、すでに終わってるのに解答欄を赤シートで隠してるテキスト、塾の宿題とにらめっこしてるのだろう。
 ただ聞こえるのは二時間後にアラームが鳴る小型の時計だけ。
 まだ一時間近く残っていたが、頭がボーッとして集中できそうにない。
 無意識のうちに小さな引き出しから出した傷だらけの手鏡。じーっと見つめて、ふと思った。
「…なんか、死人みたい。いや凛花のかは花だから枯れ切れた花かな…。…まぁ、どうでもいいけど」
 ボソリとつぶやいたひとりごとは誰かに言ったわけでもなく、ただ空間に消えていく。
 意味もないことをしたなと思いつつ、元の引き出しに手鏡を戻した。
 回転式の椅子をカラカラと動かし窓に近づいてみる。
 窓の外の空は雲一つなく晴れてて、新鮮な空気を吸うために開けた戸の隙間から公園で遊ぶ子ども達の声が聞こえる。
「そういえば家の前に公園があったな…」
 自分の家は近所との絡みもなく、特に知っている子もいないけど、些細なことで無邪気に笑い、天真爛漫な姿を、なぜかとても羨ましく感じた。
 何かを作ったのか、幼い子どもが手に持ったものを見せ、母親が微笑む。頭の上に柔らかく優しそうな手を乗せ左右に動かす。
 その光景を目の当たりした私は、自分のものにして奪いたいと思った。
 奪おうとしたのか、自分ではない誰かに操られたのか分からないけど、手を伸ばそうと思い近づけた指がガラスにあたり我に戻る。
「なに、考えてるんだろ…」
 羨ましい羨ましい羨ましい。
 奪いたい奪いたい奪いたい。
 我に返っても私の脳内をグルグルグルグル回る言葉達。
 目の前にいる子ども達は笑ってるのに
「私は笑ってない…」
 私が今、頑張ってる理由ってなんだろう。
 どうして今私は、笑えてないのだろう。
 毎日毎日、同じことを考えては、自分を納得させる為に同じ答えに辿り着かせる。
 自分の将来の為に、お母さんを喜ばせる為に、私は頑張ってる…頑張らなきゃいけないんだ。
 あの時の恐怖、絶望感。忘れたくても忘れられない。あんなのもう、二度と味わいなくない。そうならないようにする為に、死ぬ気で頑張らないと…。
 信頼してくれて、褒めてくれて、認めてくれるのには相当な苦労と時間何かかるのに、もうこいつはダメだと見放されるのは、ほんと一瞬だ。
 一度見放されたらお終い。どん底に落とされて、また深い深い谷の下からボロボロになって動けなくなるまで這い上がらなければいけない。
 でも、自分の努力不足でこうなったんだから、あの時、自分がもっとちゃんとしてたらこんなことにはならなかったのに。
 自業自得なんだ、全部全部自分が悪いんだ。
 もう一度チャンスをもらう為に、元通りに戻したい、だから私は諦めない。
 またあの幸せが戻ってくるなら、寝る間を惜しんでもいい。自分の精神を削られて、どれだけ心身がボロボロになってもいい。
 私はただ、自分のできる限りのことをすればいい。そんなことしかできないんだから。
 
 ー月曜日、迎えたくもない朝がやって来た。
 また始まる、憂鬱な日々。別に学校が嫌いなわけじゃない、友達がいないわけでもない。ただ単にあの事件が起きてから、少し精神的に辛いだけ。
 私の家では朝起きてリビングに行っても誰もいないのが普通。父は私が幼い頃に、持病で亡くなったと母から聞いている。母は毎朝早くに家を出て、帰ってくるのも時計の針が十時を回る頃。誰とも顔を合わせずに一日が過ぎる。それがいつかは当たり前になっていた。
 寂しいのか、悲しいのか分からない複雑な心境。
 お母さんは帰ってくるのが遅いから学校から帰ったら買い物に行って、夜ご飯を作って、洗濯物して、食器を洗って、勉強もする。朝は自分で弁当を作って、朝ご飯も自分で用意する、かなりハードなスケジュール。
 それに比べて心菜と美彩は…
「いいなぁ…羨ましい…」
「ちょっと凛花!なにさっきからボーッとしてんの?一人でゴニョゴニョ言ってるし、ウチの話も聞いてないんでしょ?」
 もぉーと頰をぷくっとさせ、少しお怒りの姿を見せるのは背が低くて、いつもニコニコしてる心菜。
「もしかして、気になる人のこと考えてたとか!?とうとう凛花にも恋する時期が来たか!」
「ち、違うよ!ただ考え事してただけ!て言うか、とうとうって何よ、私がモテないみたいな言い方!」
「それはごめんだけど、考え事してたってほんと〜?」
「ほんとだよ!嘘なんかつかないって!美彩はすぐ勘違いするんだから〜困るなぁ」
「ごめん、ごめん!凛花が嘘つかないのは私たちが一番知ってるから!」
 手を合わせて、ごめんのポーズをした後、胸に拳をポンと当てるのは小学校からずっと一緒にいる、大人っぽい美彩。
 二人とも私の親友、大親友だ。趣味も、出身地も何もかもが違うけど、話せば話すほど、仲良くなっていて今にあたる。
「それで!さっきの続きなんだけど、ウチ朝は苦手なんだよねぇ。今日も中々起きれなくて、ママに起きなさい!って叩き起こされちゃった」
「心菜はほんと、いっつも!集合場所に最後に来るよね〜」
「朝起きれない証拠だよ〜!寒いから布団から出たくなくてつい、二度寝しちゃうんだよね」
「その二度寝がよくないんだよ!そういえば、凛花、クマがすごいよ?顔色も悪いし寝不足?具合悪いの?」
 えっ…。
 微かに出た声。二人には聞こえてないはず。
 ドクンと跳ね上がりだんだんと大きく響く鼓動、一瞬にして滲み出る冷や汗。
 どうにか誤魔化さないと…。
「どうせ真面目な凛花だから、夜遅くまで勉強してるんでしょ?」
「ち、違うよ!実はハマったアニメがあって…!次で終わろうと思っても「あとちょっと!」みたいな感じでになって、そんなことない?私はしょっちゅうあるんだよね〜」
「分かる分かる!それあるあるじゃない?」
「そうそう!美彩もそれで何回怒られたか…。無限ループていうか!」
 ……バレてた、化粧下地にもなる日焼け止めを塗って、スクールメイクでちゃんと隠したのに。心配かけないように工夫して、今まで一度もバレたことなかったのに。
 でも二人の言う通りだ。ここ最近、ずーっと頭が痛くて、集中できない。鏡を見るたびに嫌になる、自分の目よりはるかに大きな紺藍色のクマ。食欲もなく、少しだけ痩せだと思う。
「とにかく、私は大丈夫だから、心配しないで。二人ともありがとう」
 「何かあったらすぐに言ってね」と気遣いをしてくれる二人に、涙が出そうになった。
 おかしいな。優しくされると泣きたくなる。
 これはただ二人の優しさに感動してるのかな。
 それとも
 
 ———にたいと思ってるからなのか。
 
「-それじゃあ一時間目も頑張るように。日直。挨拶」
「起立、気をつけ、礼」
「ありが…うご…いました」
 挨拶とともにロッカーに荷物を取りに行く生徒、すでに準備を済ませ、友達のところに行く生徒。
 朝自習の時のおとなしさとは一転、教室の雰囲気がガラッと変わった。どんな内容の会話をしてるのかいきなり叫ぶ男子たちに思わず肩を震わせる。
「朝からみんな、元気だな…」
「なのにお前は」
「ちょっと!急に話しかけないでよ!びっくりして心臓止まるかと思ったじゃん!」
「昔っから凛花は大袈裟すぎなんだよな。びっくりしての後に続く言葉は大抵「心臓止まるかと思った!」な。しかも俺ひとりごと言ってただけでお前に話しかけてないし」
「あんたは昔から紛らわしいことばっかりするよね?」
 そう。白川星矢、昔から憎たらしいガキで、運動馬鹿で、うるさい。ちょっとおまけしたら勉強も馬鹿、恋愛音痴。何年経っても、なんにも変わってない。それを私が一番分かってる。だって保育園も幼稚園も小学校も中学校も。同じ場所に通ってた、いわゆる幼馴染ってやつだから。
 周りの女子は幼馴染が同じ学校ではないからか、よく恋愛小説であるような幼馴染に恋して、デート行って、将来結婚したりするんじゃない!?とか言われてお互い気まずい空間になるのがオチ。
 仲が悪いわけじゃなくて、ほんとにどこら辺にでもいそうな普通の普通の幼馴染だからそんな非現実的なことが起こり得るわけがないのだ。
「で?なのにお前はの続きは?言ってみなさいよ!」
「勉強馬鹿だから夜遅くまで勉強して寝不足だからこんなに大きなクマができるんだよ」
 私の目の下に人差し指を差し、馬鹿にしてくる。
「やっぱり星矢君もそう思う?さすが幼馴染だね〜!」
「違うよ心菜、星矢君は凛花のことが好きだから分かるんだよ!」
 後ろから飛びついてきた心菜と美彩がニヤニヤしながら話に入ってくる。さては盗み聞き…?
「マジで今の女子高生はすぐ好きって決めつけるよな。幼馴染だからって関係なくね?こんなデカいクマがあったら誰でも分かるだろ。あと、誰がこんな勉強馬鹿好きになるんだよ。俺は決めてるし、恋愛はしないって」
「その言葉そっくり返してあげる。恋愛しないんじゃなくて、モテないだけでしょ」
「凛花知らないの?星矢君意外とモテてるんだよ?好きバレしてないだけでこのクラスにも何人かいるし、隣のクラスの菅田さん。バスケがうまいって子、知ってる?」
「聞いたことあるかも。愛莉って名前の子?あの顔が美人さんで、三年生からも人気があるって言う…」
「そう!美彩の恋愛情報が正しかったら、菅田さんも星矢君のこと好きらしいよ。星矢君には内緒にしてっ仲良い男子が言ってるから目の前では言えないけどね」
「そっそうなんだ…」
「今の反応…!もしかして凛花、嫉妬した!?」
「凛花が嫉妬?無い無い。こいつが俺のこと好きなわけないし、迷惑だからやめろって感じ。そろそろ席戻れよ」
「そうやって照れ隠しして〜。星矢君、普段はやんちゃなのに可愛いとこあるじゃん」
「二人とも!早く戻らないと、先生来ちゃうよ!」
「「ヤバっ!」」
 二人が同時に同じ言葉を重ねたことに小さな笑いが漏れた。
「一時間目…か」
 今日はいつになく、眠たくて、頭がボーッとしてる気がする。めまいも若干あるし、動悸が激しい。もしかしたら風邪をひいてるのかもしれない。
 テストの前なのに風邪なんか引いてられない。とにかく授業に集中しないと。置いていかれないように気合いを入れなきゃ。
 眠気覚ましに両手で頬を叩き、チラッと斜めの席にいるはずの星矢を見る。
「ねぇねぇ、児嶋君。星矢は?」
「星矢?星矢なら、今日は授業を受ける気分じゃないからサボってくるとか言ってたぞ。あいつ、一学期の時は授業中もいたのに、最近様子がおかしいよな。まぁ、あいつのことだし、放っておくのが一番」
「そっか。ありがと」
「おぅ」
「星矢は自由気ままで、楽しそうでいいなぁ」
 ポツリと呟いた私の声は、挨拶の声に掻き消されて、何もなかったことのようになった。

「……さん。…んかさん。凛花さん」
「あっはい」
「もう七時半過ぎたけど、帰らなくて大丈夫?」
「えっ嘘。もうそんな時間、ですか…?」
 感覚的にはまだ、一時間も経ってないのに。
「あら、よほど真剣に取り組んでいたのね。さすが凛花ちゃん、凄いわ。他のみんなはとっくに帰っちゃったのに。満足するまで待とうかなぁって思ったけど、凛花ちゃんいつも六時頃には帰ってるでしょ?だから声かけたほうがいいかなって思って。親御さんも心配するだろうし…」
「お気遣いありがとうございます。じゃあ失礼します」
 あまりにも時間を気にしすぎてなかった。早く買い物して帰らないと、お母さんが帰ってきちゃう。
 とにかく時間がなかったから、いつもなら整理して通学バックに入れるはずのバインダーノートや学校の課題をぎゅうぎゅうに詰め込み、足早に塾をあとにする。
 背後から先生が「またね」と手を振ってくれているだろうに、振り返らなかった。
 違う、振り返る時間ないんだ。
「無視したみたいになっちゃった…。感じ、悪くなっちゃったよね…」
「あぁもう…」と誰もいない夜の街に一人、罪悪感を抱きながら、色々な失敗に涙が出そうなのを必死に堪えた。
 
「今から作れるご飯…時短簡単なご飯…野菜炒めにしよう」
 カット済みの野菜を買い物カゴに入れて、肉もあったほうがお母さん喜ぶだろうと思い精肉コーナーに向かう。
 お目当ての肉が見つからなく、探し回ってると、奥のアイスコーナーに人がいることに気づいた。
「恥ずかしい…めっちゃひとりごと言ってたし、変な人って思われたかな…。でもこんな時間からアイスって体に悪いのに…」
「なに?俺に言ってる?」
「へ?」
 びっくりして思わず変な声が出てしまった。
 オーバーサイズのパーカー、加えて帽子の上からフードを深々と被ってるので顔がよく見えない。
 怖い。
 ヤバい人に絡まれた時ってどうしたらいいの?だんだん近づいてきてるし、走って逃げる?
 でも足がくすんで動けない。
 まさに蛇睨まれた蛙状態。
「って星…矢?」
「お前、もしかして気づいてなかったのか?」
「だって帽子にフードに、オーバーサイズの服だから…分かんないよ」
「ふつー声で分かるだろ?てか、お前こそこんな時間に何してんだよ」
「別に何も。あんたに教える必要ないから」
「なんで買い物?お前、母ちゃんは?もしかしてお前が夜ご飯作んの?」
「…違う。ただ頼まれだけ」
「ふーん。まっ、どーでもいーけど。お前の家庭事情なんてきょーみないし」
 コイツ腹立つ。興味ないってお前が話題提供したんだろ。全部棒読みだし、マジなんなのコイツ。
 落ち着いて、落ち着くの。確かに悪いのは全部星矢よ。だからと言ってブラックなるのはよくない。笑って、穏やかに、優しくしなきゃ。
「せ、星矢こそ、こんな時間にアイスって体に良くないよ。今日授業サボりに行ったんでしょ?児嶋君から聞いたよ。ただでさえ最近調子に乗ってるんだから、勉強しないとダメだよ」
「…なんでお前のいうこと聞かなきゃいけないんだよ。つーか、勉強するかしないかは俺が決めることだし、口出しすんの腹立つ。まっ、優等生ちゃんには分かんねーよ」
 頭のどこかでカッチーンとピキッという音が聞こえたのは私だけ?
「あっそ!私急がないといけないから!あんたに付き合ってる暇なんかないの!バーカ!」
 少し言い過ぎたような、あいつにはこのぐらいがちょうどいいというか。
「お前頑……ぎて…なよ」
 レジに向かう途中、背後から星矢が何か言ったような気がするのは多分私の勘違いだ。

 教科書がみっちり詰まったカバンを背負い、指が千切れそうなぐらい重たいレジ袋を片手に持ち走ったが遅かった。
 家の中に入るのが怖いなと怯えながら、ゆっくりとオートロック式の鍵を開けた。
 ドアの目の前に立っていたのは仕事から帰ってきたばかりで疲れ果てたお母さん。
 その顔を見た瞬間、終わったと思った。
「ただいま…」
「凛花!こんな時間にどこ行ってたの!?…もしかして、テスト前なのに遊びに行ってたんじゃないでしょうね?」
 帰ってきたのにおかえりの一言がないのは普通?お母さんが私のこと大事な娘だと思ってるのかな。そうだとしたら、こんな夜遅くに帰ってきたら心配してくれるはずなのに。でも私のことなんかどうでもいいから?私はお母さんために、学校が終わってみんなが遊んでる時も、体調が悪くても、どんなに疲れてても、我慢して塾で勉強してるのに。
「塾が遅くなっただけだよ。遊びになんか行ってないよ」
「今日塾の日だったのね。勉強しに行くならいくらでも遅くなっていいわ。平日にカラオケとかゲームセンターに行くなんて、勉強に関係ないことはしなくていいの、凛花なら分かるわよね?とにかく凛花は勉強頑張って、テストで百点を取ることだけに集中すればいいの。夜ももう少し勉強したほうがいいんじゃない?」
「…そうだよね。じゃあ私夜ご飯作るから。お母さん、疲れてるでしょ。お風呂入っていいよ。私がお母さんの分も全部するから」
「じゃあそうするわ。水の無駄遣いだけしないようにね」
 そう言ってお母さんは「疲れた疲れた」とため息を吐きながらお風呂場に消えていった。
「……私ももう疲れたよ」
 レジ袋がクシャクシャと音を立てるぐらい力強く握りしめた。誰も見てないことを確認して、バックをソファに放り投げた。いらない古紙を見つけては粉々になって原形が分からないほど破いた。
「もういいや…」
 深く、深く、深呼吸をして、乱れていた心情を一旦戻した。
「戻ってくる前に終わらせよ」
 買ってきた野菜を出して、肉を切った。
 この包丁、よく研がれてるな。これだったら硬い野菜でも肉でもスパッと簡単に切れそうだな。切ったら痛いのかな。切ったことないから分かんないや。どんぐらい出血するんだろう。死ぬのって痛いのかなって。
「何、考えてるんだろ……」
 …そんな簡単に-なら、なんの痛みもなく眠るように-なら、何も怖いとがないなら…

 私はとっくに-。

 夜ご飯を作り終え、少し休むために自分の部屋に戻った。
 シーンとしてて、静かで薄暗い場所が好きだな。
 それは昔からではない。昔はワイワイガヤガヤした場所が好きで、極端に一人でいることが怖かった。一人でいる時間が大の苦手だった。
 でもそれは昔の話。今はずっとずーっと一人でいたいなと思う。
 そうなれる方法が、一つだけある。

 死ねばいんだ。

 なんなら今、全てを捨ててしまってもいんじゃないか。この辛くて辛くて憂鬱な日々に切りをつけよう。苦しい苦しい生活とはさようならをしよう。
 自分が楽になるように、自分の手で解放してあげよう。
 これは私の人生…、私の人生だから…。
 ゆっくりと伸ばした両手を首に近づけ、思いっきり締めた。
 苦しい。すごく苦しい。
 でもこれで…。
 多分、手が震えてるのは解放される喜びで、目から涙が出るのはこの人生に手を触れる嬉しさだ。
 死ぬのが怖いんじゃない、怖くて泣いてるんじゃない、きっとそうだ。
 何回も何回も力強く締めたのに、あとちょっとのところで手が緩んで首から離れてしまう。             
「…なんで死にたいのに死ねないのよ!私はただ楽になりたいだけなのに…」
 
 ねぇ星矢…助けて。私はもう限界だよ。

 ねぇ星矢、星矢なら知ってるでしょ?
 私に教えて。

 生きなきゃいけない理由を。
 
 生きる意味を。

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